「〜マブ」ってどんな薬?【命名法から読み解く抗体医薬の基本①】

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抗体医薬の基礎知識

近年、がん治療薬などをはじめとして、「~マブ」という名前の有効成分を含む薬が増えてきていることをご存知でしょうか?
今回は、「抗体医薬」とも呼ばれるそれらの薬について、名前の付け方のルールを解説しながら、知っておきたい基本知識をご紹介します。

1.抗体医薬の命名法

(1)医薬品の一般名と商品名

医薬品の名称には、「一般名」と「商品名」という2種類の名前が存在します(例: トラスツズマブ(一般名)、ハーセプチン®︎(商品名))。
一般名は医薬品製剤の中に含まれる主な有効成分の名称であり、商品名はその有効成分を配合した製剤について製薬会社が付けた販売名のことです。今回は有効成分の名称である「一般名」について解説します。

[※関連ページ:医薬品の一般名とは?命名ルールや申請方法等の要点解説はこちら]
 

(2)抗体医薬の名前の付け方

医薬品の一般名は、WHO(世界保健機関)が決定した一定のルールによって命名されます。このような名称を国際一般名(INN)と言い、世界共通の名称として使用されます。
例えば、現在販売されている抗体医薬品は下記のようなルールで命名されています(表1)1)

一般名 接頭語 標的を表す部分 由来する種を表す部分 接尾語
Trastuzumab
トラスツズマブ
Tras tu
腫瘍細胞
zu
ヒト化抗体
mab
モノクローナル抗体
Adalimumab
アダリムマブ
Ada lim
免疫細胞
u
ヒト抗体
mab
モノクローナル抗体
Rituximab
リツキシマブ
Ri tu
腫瘍細胞
xi
キメラ抗体
mab
モノクローナル抗体

【表1 代表的な抗体医薬の命名法】

 

抗体医薬はいずれも読み難い名前で、舌を噛みそうになることもありますが、いくつかの意味を持つ部分の組み合わせで命名されることを理解すれば少し分かりやすくなりますね。

以下、この命名法に沿って抗体医薬の基本を見ていきたいと思います。

 

2.モノクローナル抗体とは?

抗体医薬の一般名に含まれている「マブ(mab)」は、モノクローナル抗体(monoclonal antobody)の略称「mAb」に由来しています。

抗体は、免疫細胞の一種であるB細胞が産生する「免疫グロブリン」というタンパク質です。
抗体は細菌やウイルスなど外部から侵入した病原体に特異的に結合して、病原体の排除や感染の防止の役割を担っています。その抗体の中でも、一種類の抗体を作り出す細胞を人工的にクローン(クローナル)増殖させることで作製されたものを、「モノクローナル抗体」と呼びます。

 

3.抗体医薬はモノクローナル抗体技術を応用した「分子標的薬」

抗体の主な特徴として、病原体や、がん細胞のような異常細胞だけが豊富に持つ細胞表面の分子(抗原)を見分けて選択的に結合する作用を持っていることから、医薬品として用いた場合に私たち自身の正常な細胞への影響を減らして副作用を防止することが期待できます。このような特定の分子に選択的に結合する医薬品のことを「分子標的薬」と呼びます。

分子標的薬は、抗体医薬が登場する前から、上皮成長因子受容体のチロシンキナーゼを選択的に阻害するゲフィチニブ(商品名: イレッサ®︎)に代表されるような低分子医薬品がいくつか開発されています。

低分子量の分子標的薬は、細胞内に取り込まれてシグナル伝達に関わる分子に結合して作用するのに対して、モノクローナル抗体は分子量が15万を超えるため細胞内には入らず、膜タンパク質などの細胞外分子を標的とするという違いがあります(図2)。

分子標的薬の作用メカニズム
【図2 分子標的薬の作用メカニズム】

 

4.キメラ抗体、ヒト化抗体、ヒト抗体とは?

1.(2)では、抗体医薬の一般名には「xi(キメラ抗体)」や「zu (ヒト化抗体)」、「u(ヒト化抗体)」など、抗体が由来する生物種を表す文字が入っていることを図示しました。

医薬品に用いられる抗体の基本的な構造は、H鎖(Heavy Chain)とL鎖(Light Chain)が各2本ずつ、ジスルフィド結合により結合したY字の形をしています(図3)。

Y字の上部先端には、H鎖とL鎖のそれぞれに可変領域と呼ばれる部分があり、各鎖の可変領域に3個ずつある相補性決定領域(Complementarity determining region: CDR)と呼ばれる短いアミノ酸配列が多様に変化することで、抗体が様々な抗原を見分けて選択的に結合することを可能にしています。抗体の可変領域を除く部分は、定常領域と呼ばれ、抗体が抗原に結合した後の免疫反応に関連しています。

抗体の基本構造
【図3 抗体の基本構造】

抗体医薬は、一般的にマウスに抗原分子を注射して免疫することで生成する抗体の遺伝子を培養細胞に導入して製造されますが、マウス由来の抗体はそのままではヒトにとっては異物であるので、免疫システムによって効力が失われたり、アレルギー反応など好ましくない副作用を起こしたりする危険性があります。

そのため、遺伝子工学技術を用いて、抗原に結合する最小限の領域(可変領域またはCDR)だけマウスの抗体を残して、残りをヒトの抗体に変えたキメラ抗体」や「ヒト化抗体」が開発されたことで、抗体を医薬品として安全に使用することが可能になりました(表2)。

また、最近ではヒトの抗体を作る遺伝子改変マウスを用いる技術や、多くの種類のヒト抗体フラグメントをバクテリオファージの表面上に提示させたライブラリーを用いて、標的分子に対して親和性を有する抗体を選択する技術(ファージディスプレイ法)の登場によって、完全な「ヒト抗体」も開発できるようになってきています。

抗体の種類 抗体の作製方法 マウス由来部分の割合
キメラ抗体 マウス抗体の定常領域の遺伝子をヒト抗体遺伝子に組み替えて作製する 約33%
ヒト化抗体 マウス抗体のCDR(相補性決定領域)以外の部分をヒト抗体遺伝子に組み替えて作製する 約10%
ヒト抗体
(遺伝子改変マウスによる方法)
ヒト抗体遺伝子を導入した遺伝子改変マウス細胞から、目的のヒト抗体を産生するハイブリドーマを作製する 0%
ヒト抗体
(ファージディスプレイ法)
ヒト抗体の可変領域を融合させたコートタンパク質を発現させたバクテリオファージのライブラリーから、目的の抗原と特異的に結合するファージを選別する

【表2 ヒト由来部分を含む抗体の作製方法】

 

5.進化を続ける抗体医薬

現在、日米欧で100品目を超える抗体医薬品が承認されています(2022年3月現在)。
抗体医薬は、下記のような多くの優れた利点があり、今後も新薬が次々と開発されていくものと思われます。

 

(1)抗体医薬のメリット

  • 抗体は標的の抗原にだけ結合するので、狙った効果だけが得られる
  • 体内での安定性が高く、一回の投与で長期間(数日〜数週間)効果が持続する。
  • もともと生体内に存在する物質であるので毒性が低い
  • 低分子医薬品と比較して最適な抗体を得ることが容易
  • どの抗体でも基本的な構造が同じであるので、同じ製造プロセスで複数の品目を生産可能

 

(2)抗体医薬のデメリット

一方で、現在の抗体医薬には、デメリットもあります。

  • 抗体医薬は、製造にCHO (Chinese Hamster Ovary)細胞などの動物培養細胞を使用するので、品質を担保する体制や製造設備に多額のコストが掛かる(患者の経済的負担が大きい)。
  • 投与方法が点滴や注射剤に限定される。

これらのデメリットを克服するために、少量の投与で効果を発揮するように抗体の効果を更に高める改良技術や、効率的な新しい製造方法の研究が積極的に行われています。
 

(3)抗体医薬の研究トレンド

  • 抗体薬物複合体(Antibody Drug Conjugate: ADC
  • 二つ以上の抗原を同時に標的とする抗体(バイスペシフィック抗体、マルチスペシフィック抗体)
  • 改変抗体(タンパク質に結合している糖鎖やアミノ酸配列の改変)
  • バクテリアを用いて製造可能な低分子化抗体

 
ということで今回は、抗体医薬の命名法に着目して基本知識を解説しました。

次回は引き続き、抗体医薬開発の歴史と、抗体医薬がターゲットとする様々な標的を解説します。

 

(アイアール技術者教育研究所 A・S)

 


《参考サイト》


 

医薬品関連の特許調査なら日本アイアール

 

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