3分でわかる技術の超キホン 水素の貯蔵方法と貯蔵材料
水素は、脱炭素社会でのエネルギーキャリアとして期待されていますが、その貯蔵にはまだ課題があります。
水素を効率良く、安全に貯蔵する手段として期待されている水素貯蔵材料の概要を解説します。
目次
1.水素の性質
水素は原子番号1の最も軽い元素です。
通常、水素原子の状態では存在せず、水素原子Hが2つ結びついた水素分子H2や、他の元素との化合物として存在します。水素とは、一般的には水素ガスH2を意味し、軽い、拡散しやすい、燃えやすいという性質を持っています(表1)。
【表1 水素の性質】
2.水素貯蔵の課題
現在流通している水素の大部分は、圧縮水素または液化水素として貯蔵されています。
水素はエネルギーの体積密度が低いため、同じエネルギー量の貯蔵において、メタンやプロパンよりも大きな貯蔵容器が必要となります。さらに、水素は漏洩しやすく燃えやすいため、安全上の対策も課題となります。
(1)圧縮水素
水素を加圧、圧縮することで体積を減らして貯蔵できます。
しかし、貯蔵容器が圧力に耐えるため厚肉となり、重くなる課題があります。
また、水素は圧力が高くなると水素浸食や水素脆化といった金属材料の劣化を引き起こします。そのため高圧ガス保安法のもと、圧縮水素の貯蔵容器に使用できる材料と構造が定められています。
例えば水素ステーションでは、元素の成分範囲が限定されたオーステナイト系ステンレス鋼が使用され、自動車用水素タンクでは、金属、樹脂、炭素繊維など特性が異なる材料を組合せた複層構造が使用されます。
(2)液化水素
水素を-253℃以下に冷却、液化すると体積が約800分の1となり、圧縮水素より高密度に貯蔵できます。
貯蔵容器には低温で使用可能なステンレス鋼やアルミが使用され、-253℃を保持するために、外部からの熱侵入を低減する真空断熱材や多層断熱材等が使用されます。
しかし、熱侵入による蒸発は完全に防げないため、蒸発した水素を圧縮水素として貯蔵する、または安全に排気する付帯設備が必要です。
3.水素貯蔵材料
水素貯蔵材料とは、材料中に水素を様々な形で取込み、貯蔵する材料です。
圧縮水素や液化水素で発生する水素分子間力の影響(反発力)が無く、水素を高密度に貯蔵できます。
圧縮水素や液化水素の代替として、多様な水素貯蔵材料が検討されています。
(1)水素吸蔵合金
水素吸蔵合金は、水素と親和性が高い金属と親和性が低い金属を合金化することで、水素の吸蔵、放出を可能にした材料です。代表的な材料にニッケル水素電池の負極に使用されるLaNi5H6があります。
水素吸蔵合金では、加圧すると合金中に水素が吸蔵され、水素を吸蔵した状態から減圧すると水素が放出されます(図1)。水素吸蔵合金は、圧縮水素よりも低圧で水素を貯蔵できる、水素放出速度が緩やかといった特徴があり、安全性の向上も期待できる材料です。
【図1 水素吸蔵合金の模式図 ※引用3)】
[※関連記事:水素吸蔵合金の特徴と課題は?はこちら]
(2)水素化マグネシウム MgH2
MgH2は、マグネシウム(Mg)に高温高圧化で水素を反応させて得られます。水素の質量密度が高く、常温常圧の大気下でも安定な物質です。水素放出には400℃前後まで加熱する必要がありますが、近年の材料開発で加熱温度が低温化しています。
また、式(1)のようにMgH2と水を反応させて水素を発生させる材料が開発されており、移動体向けの水素貯蔵材料として注目されています4)。
MgH2 + 2H2O → Mg(OH)2 + 2H2 ・・・(1)
(3)錯体水素化物
「錯体水素化物」は、水素を含む錯イオンと金属イオンが結合した材料で、高密度な水素貯蔵が可能です。代表的な物質の一つがLiBH4で、全個体電池の電解質材料としても利用が期待されています。
錯体水素化物は体積密度、質量密度ともに高い密度で水素を貯蔵できる一方、水素が他の構成物質と強く結合しているため、水素放出時に高温加熱が必要です。
(4)アンモニア NH3
NH3は、工業原料として従来から使われている物質です。NH3は液化水素に比べて、高い温度で液化貯蔵が可能です。NH3から水素を取り出すためには高温化での触媒反応が必要ですが、NH3をそのまま燃料として燃やすことが可能なため、火力発電の燃料としてNH3の直接燃焼利用が検討されています。
(5)メチルシクロヘキサン MCH
MCHは、トルエンに水素を付加して得られる物質です。MCHとトルエンは常温常圧下では液体で、水素を約500分の1の体積で貯蔵できます。MCHとトルエンは消防法の危険物第4類第1石油類に該当し、ガソリンと同等の設備で貯蔵可能です。水素放出には、MCHを300℃以上で触媒反応させる専用設備が必要です。
【図2 トルエンへの水素付加反応とMCHからの水素放出反応】
4.水素の貯蔵技術 今後の展望は?
これまでに説明した材料の水素貯蔵密度を図3に示します。
水素貯蔵材料は、圧縮水素や液化水素よりも高い体積密度で水素を貯蔵できる事が分かります。
これらの材料以外にも、多孔質体の表面に水素を吸着貯蔵する金属有機構造体(Metal Organic Framework 略称:MOF)などの研究が進められています5)。
【図3 水素貯蔵材料の水素貯蔵密度 ※引用3)】
また、水素貯蔵においては、水素の貯蔵と放出に使用するエネルギー低減も重要な課題であり、課題解決の一例として、水素吸蔵合金を用いた高効率な水素昇圧技術が研究されています6),7)。
水素貯蔵材料の研究開発と並行して、材料の特性を活かした用途開発が期待されます。
(アイアール技術者教育研究所 技術士(機械部門) T・I)
《引用文献・参考文献》
- 1)繁森「水素の物性と安全な取り扱いについて」低温工学 55(2020)59-61
- 2)佐藤「安全に関わる水素の性質」安全工学 44(2005)378-385
- 3)佐藤、折茂「安全かつ高密度に水素貯蔵を実現する材料」応用物理 90(2021) 570-573
- 4)バイオコーク技研株式会社
http://www.biocokelab.com/product/mgh2.html - 5)藤原「多孔質材料への水素貯蔵技術」ENEOS Technical Review 53(2021) 13-17 など
- 6)広島大学プレスリリース
https://www.hiroshima-u.ac.jp/koho_press/press/2015/2015_144 - 7)榊、布浦「水素昇圧機能を有する高効率水素貯蔵・供給システム技術開発」NEDO水素・燃料電池成果報告会(2022)
https://www.nedo.go.jp/content/100950523.pdf