水素キャリア用の有機ハイドライド|メチルシクロヘキサン以外はどうなのか?

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水素キャリア用の有機ハイドライド

資源エネルギー庁は水素を次世代燃料と位置づけ、大規模水素サプライチェーン構築の構想を2022年1月に発表しています1)

以前のコラム「水素を効率的に輸送する方法は?《水素キャリアの比較》」においても、水素の本格導入には製造拠点から利用拠点まで大量の水素をいかに効率的に輸送するか、換言すれば、効率的な水素キャリアの開発が必要となることをご説明しました2)

そして水素キャリアの候補として、水素(液化)やアンモニア(液化)と並んで有機ハイドライドがあること、有機ハイドライドとして具体的にはメチルシクロヘキサンという炭化水素が日本で検討されていることも紹介しました2)

しかし、メチルシクロヘキサン以外の化合物はどうなのか? もっと良い有機ハイドライドはないのか?という疑問をお持ちの方もおられると思います。そこで今回は、この点に焦点をあてて解説します。

 

1.有機ハイドライドによる水素輸送とは

メチルシクロヘキサン(MCHと略記)のケースを例に、有機ハイドライドによる水素輸送の概要を図1に示します2)
水素製造拠点からMCHの状態で水素利用拠点まで輸送し、そこで水素を取り出します。
利用拠点で生成したトルエンを水素製造拠点に戻し、そこで水素と反応させて再びMCHとします。
MCHもトルエンも常温で液体であり、ガソリン中の成分でもあるので、既存の出荷設備が転用できるのがこの方法の最大のメリットです。液化するための冷却設備は不要です。

 

有機ハイドライド法
【図1 有機ハイドライド法】

 

2.メチルシクロヘキサンと他の有機ハイドライド

メチルシクロサン(MCH)以外にも有機ハイドライドとして利用される可能性がある化合物、即ち有機ハイドライド種が複数報告されています3)

表1は、有機ハイドライド種の基本物性に関して、他の代表的な化合物とMCHを比較したものです。

まず有機ハイドライドにおいては、吸収形(H2を分子内に取り込んだ状態)と放出形(H2を分子外に放出した状態)があることをご理解ください。
メチルシクロヘキサンMCHのケースではMCH自体は吸収形であり、MCH分子から3個のH2分子が放出されたトルエンが放出形です。

表1中で、放出可能なH2比率とは、吸収形分子中における放出可能H2の重量比率を表しています。
この値が大きいほど輸送できるH2量が多いことを意味しますので、高いことが望ましい値です。

有機ハイドライドでは、吸収形→放出形の際に発熱し、放出形→吸収形の際に吸熱します。表1中のエンタルピーはその熱量の大きさを表しています。この値が大きいほど熱の出入りに伴うエネルギーロスが大きくなりますので、小さいことが望ましい値です。

有機ハイドライドは常温で液体であることが必須ではないものの、望ましい要件となります。従って融点が室温以下であること、更には0℃以下であることが望まれます。また、放出形とH2との分離を容易にするために放出形の沸点は高いことが望まれます。

 

【表1 有機ハイドライド種の基本物性の比較】
有機ハイドライド種の基本物性の比較

 
表1中のシクロヘキサン→ベンゼン)は放出可能H2比率でMCH系を上回りますが、融点と沸点に難があることが分かります。

デカリン→ナフタレン)は放出可能H2比率・エンタルピー・沸点でMCH系を上回りますが、放出形であるナフタレンの融点が79℃と高いのが問題です。もちろん溶剤で希釈して融点を下げることも出来ますが、放出可能H2比率の低下を招きます。

(放出形が「ベンジルトルエン」と呼ばれる)はエンタルピー・沸点でMCHをしのぎ、劣る点はなく総合的にバランスがとれていると言えます。実際、ドイツのHydrogenious Technologies 社はdを用いたシステムの実用化を目指しています4)。MCHと並ぶ有機ハイドライドの有力候補です。

は、分子内に窒素原子が導入されており、このためにエンタルピーが小さいのが特長です。その反面、放出可能H2比率では劣り、更には融点が高いという問題も抱えています。

 

3.実用化に向けて

有機ハイドライド間での優位性や競争力は、上述の基本物性だけで決定されるものではありません。
各々の有機ハイドライドにおいて、吸収形→放出形、放出形→吸収形の反応を高速かつ低温で長期間安定して行うための、触媒を含むプロセス開発もカギを握っています。
有機ハイドライドの基本物性を把握し、そのポテンシャルを十分に発揮させることができるか否かが重要と考えられます。

 

(日本アイアール株式会社 特許調査部 N・A)

 


《引用文献、参考文献》


 

 

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