3分でわかる技術の超キホン 「FT合成」とは?FT合成触媒の注目研究事例も紹介!

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FT合成とは

FT合成」(フィッシャー・トロプシュ法、Fischer-Tropsch Synthesis)は古くからある炭化水素合成法ですが、環境対策が世界の喫緊の課題となる中で、この方法に新たな役割が期待されています。

 

1.FT合成とは

FT合成とは、式1に示すように、一酸化炭素COとその2倍モルの水素H2とから触媒を用いてパラフィン系炭化水素を合成する方法です。発見以来ほぼ100年の歴史を有しています。

 

FT合成
FT合成の反応機構

 

触媒としては、鉄Fe、コバルトCo、ルテニウムRu等の活性金属をシリカやアルミナ等の担体に担持したものが使用されています。

 

《CO2削減へ》環境技術として期待されるFT合成

これまで、21世紀初頭までは、FT合成は石炭や天然ガスのような非液体の化石燃料を液体燃料に転換するための手段として利用・検討されてきました。非液体の化石燃料を合成ガス(COとH2とからなる混合ガス)へとガス化した後に、これをパラフィン系炭化水素に転換するプロセスにおいて、FT合成は中核を担ってきました。

しかし現在では、CO2排出量削減が人類の重要課題となるなかでFT合成の役割は変化し、再生可能エネルギー由来のCOとH2から液体燃料を製造する手段として期待されるに至っています。

 

2.FT合成の課題(ワックスへの対応)

FT合成は連鎖成長反応です。上記式1において炭素数の長さを表すnは一様ではありません。生成するパラフィン系炭化水素の炭素数nに必ず分布が発生します。これは避けられません。
何故ならば炭素数nは、連鎖成長確率(その長さで止まらずに成長を続ける確率を表し、αと表記される)によって、いわば数学的に支配されるからです。

図1にαが0.87の場合の炭素数分布を例示します1)
nが1から50以上まで広く分布していることがお分かりになると思います。
この分布は「ASF(Anderson-Schulz-Flory)分布」と呼ばれています。

 

FT合成における生成炭化水素の炭素数分布
【図1 FT合成における生成炭化水素の炭素数分布(ASF分布の例)1)

 

炭素数18以上のパラフィン系炭化水素は室温で固体です。したがってFT合成の生成物には固体であるワックスが通常含まれることになります。
ワックスは液体燃料の製造を目的とする際には障害となります。そのため図2に示すように、FT合成の工程の後段に、ワックスを分解して液体を得るための水素化分解・異性化工程を別途設けることが必要になります。

 

液体炭化水素を得るためのプロセスフロー
【図2 液体炭化水素を得るためのプロセスフロー】

 

ワックスの副生については2通りの考え方があります。
一方は、後段の水素化分解・異性化によって解決するのだから副生しても構わないというものです。
他方は、FT合成の炭素数分布を狭くして、即ちASF分布という制約を緩和して、FT合成のみの一段で液状生成物を得るのが望ましいというものです。
後者の考えはFT合成の研究者の間に根強くあり、ASF分布よりも狭い分布を実現するのが大きな開発目標となっています。

 

3.ASF分布よりも狭い分布を目指す試み(FT合成触媒の工夫)

「ASF分布則に従わない分布のFT合成」の実現を目標に、これまで多くの検討が行われ報告も多数出ていますが、決定的に有力なものはまだないのが実情です。

その中で一定の効果が確認されている手法があります。
それは、ワックス分の水素化・異性化工程で使用される触媒の機能(固体酸性質)を、FT合成触媒に組み込んで複合化するというものです。FT合成で副生するワックス分を、後段工程で水素化分解・異性化するのではなく、ワックスが生成するその場で分解する手法です。

この手法の中にも多数の方法があるのですが、代表例として、富山大学の椿教授らのものを図3に紹介します。
椿教授らはFT合成触媒であるCo/Al2O3ペレットの表面を、固体酸性質を有するβゼオライトの膜でコートした複合触媒を用いて、液体生成物を得たと報告しています2)

 

富山大学の椿教授らによる複合触媒
【図3 富山大学の椿教授らによる複合触媒 ※引用2)

 

 

4.新たな分子量分布制御法

フランスのリール大学からは従来とは異なる試みが報告されています。
同大学は、活性金属Ruのナノ微粒子をシリカの膜で囲むタイプのFT合成触媒を製造しました3)。そしてRuナノ微粒子とシリカ膜の間隔を図4に示すように数nmの極微小サイズに制御しました。これは、FT合成の反応場を間隔数nmの微小空間内に封じ込むことによって、炭素数nが増大するのを物理的に制約することを意図したものです。同大学はこの微小空間を「ナノリアクター」と呼んでいます。

図4に示す通り、間隔が2.4nmのケースBでは生成炭化水素は通常通りの広い分布でしたが、間隔が1.2nmのケースAでは炭素数nは25以下であり、液体であったと報告しています。
ASF分布則からはずれた狭い炭素数分布のFT合成が達成されたことになります。この方法には実用性等の検討すべき課題があるとみられますが、興味深い報告です。

 

FT合成(リール大学の研究)
[触媒の前駆体 ⇒ FT合成触媒(Ruナノ粒子をシリカ膜で囲む) ⇒ FT合成生成物の炭素数分布]
上:ケースA 下:ケースB
【図4 リール大学によるナノリアクター内でのFT合成 ※引用3)

 
リール大学をはじめとして、FT合成のみで液状炭化水素を製造する研究が今後も継続されると予想されます。

 

(日本アイアール株式会社 特許調査部 N・A)

 


《引用文献、参考文献》

  • 1) Kristian Melin etc., Evaluation of lignocellulosic biomass upgrading routes to fuels and chemicals, Cellulose Chem. Technol. 44 (4-6), 117-137 (2010)
    https://www.cellulosechemtechnol.ro/pdf/CCT44,4-6(2010)/117-137.pdf
  • 2) Jun Bao etc., A Core/Shell Catalyst Produces a Spatially Confined Effect and Shape Selectivity in a Consecutive Reaction, Angew. Chem. Int. Ed.47, 353-356(2008)
  • 3) Yanping Chen etc., Ruthenium silica nanoreactors with varied metal–wall distance for efficient control of hydrocarbon distribution in Fischer–Tropsch synthesis, J. Catalysis 365, 429-439(2018)

 

 

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