3分でわかる 可視光応答型光触媒とは?太陽光を有効利用する仕組みと用途

1.可視光応答型光触媒が必要な理由
光触媒に関する前回の記事「3分でわかる 光触媒とは?」では、光触媒が光を利用して電子と正孔を生成し、酸化還元反応を引き起こす仕組みについて説明しました。
代表的な光触媒として広く利用されているのが酸化チタン(TiO₂)です。
酸化チタンは、
- 比較的安価である
- 化学的・光化学的に安定している
- 比較的毒性が低い
- 光励起によって強い酸化力を発揮する
という優れた特徴を持っています。
しかし、酸化チタンには、太陽光に豊富に含まれる可視光をほとんど利用できないという問題があります。
これを解決するため、可視光を利用できる「可視光応答型光触媒」の開発が進められています。
2.なぜ酸化チタンは可視光を利用できないのか?
光触媒反応は、半導体が光を吸収して電子を励起することで始まります。
酸化チタン(アナターゼ型)のバンドギャップは約3.2 eVです。
このバンドギャップ以上のエネルギーを持つ光が照射されると、電子が価電子帯から伝導帯へ励起されます(図1)。

【図1 光照射による電子・正孔対の生成】
「光と電子遷移」の記事で説明したように、光のエネルギーと波長には次の関係があります(式1)。
E = hc /λ ・・・(式1)
ここで、Eは光子のエネルギー、hはプランク定数、cは光速、λは光の波長です。
3.2 eVに相当する波長は約387 nmであり、可視光との境界に近い紫外域に相当します。そのため、未修飾のアナターゼ型酸化チタンは、主として波長約387 nm以下の紫外光、なかでも太陽光に含まれる近紫外光によって励起されます。
地表に届く太陽光のうち、可視光は大きな割合を占めます。一方、酸化チタンを励起できる紫外光の割合は限られているため、可視光を利用できれば、太陽光のより広い波長域を活用できる可能性があります。
つまり、未修飾のアナターゼ型酸化チタンでは、太陽光エネルギーを十分に活用できないのです。
3.可視光を利用するための代表的な3つの方法
光触媒に可視光応答性を持たせるため、さまざまな材料設計が研究されています。
ここでは、代表的な方法として、ドーピング、色素増感、ヘテロ接合の3つを取り上げます。
(1)ドーピング
「ドーピング」とは、半導体中に微量の元素を導入する技術です。
酸化チタンの場合、窒素(N)、炭素(C)、硫黄(S)などの非金属元素がよく利用されます。
これらの元素を導入すると、不純物準位の形成や電子構造の変化によって、光の吸収波長域が可視光側へ広がる場合があります。
特に窒素ドープ酸化チタン(N-TiO₂)は、可視光応答型光触媒の代表例として知られています。
(2)色素増感
色素増感は、可視光を吸収しやすい色素分子や金属錯体を光増感剤として利用し、その励起状態から生じる電子移動によって反応を進める方法です。
色素増感には、励起した色素から酸化チタンなどの半導体へ電子を注入する方法と、光増感剤が電子供与体や電子受容体との間で直接電子をやり取りする方法があります。前者では、酸化チタン自体が可視光を十分に吸収できなくても、色素が吸収した可視光のエネルギーを利用して反応を進めることができます。この仕組みは、色素増感太陽電池にも利用されています。
光増感剤としては、ルテニウム錯体や有機色素のほか、比較的安価な銅錯体など、さまざまな化合物が研究されています。
ここでは、代表的な光増感剤であるトリス(2,2′-ビピリジン)ルテニウム(II)錯体([Ru(bpy)₃]²⁺)を例に、光増感反応における電子移動の仕組みを説明します(図2)。

【図2 Ru(II)錯体を用いた光増感反応の概念図】
Ru錯体が可視光を吸収して励起状態となり、電子供与体や電子受容体との間で電子移動を起こすことで反応が進みます。
【詳細機構の説明】
[Ru(bpy)₃]²⁺が可視光を吸収すると、金属から配位子への電荷移動(MLCT)を伴う励起状態が生成し、速やかに比較的寿命の長い三重項励起状態へ移行します。励起したRu錯体は、電子受容体へ電子を渡す「酸化的消光」または電子供与体から電子を受け取る「還元的消光」を起こします。
酸化的消光では、励起したRu錯体から電子受容体Aへ電子が移動し、Ru(III)と受容体のラジカルアニオンA•⁻が生成します。一方、還元的消光では、電子供与体Dから励起したRu錯体へ電子が移動し、Ru(I)と供与体のラジカルカチオンD•⁺が生成します。その後の電子移動によってRu錯体は元のRu(II)状態へ戻り、光増感サイクルが成立します。
(3)ヘテロ接合(複合化)
異なる半導体同士を組み合わせる方法も広く研究されています。
例えば、WO₃、BiVO₄、g-C₃N₄などの可視光を吸収する半導体と組み合わせることで、複合系全体として可視光を利用できる場合があります。
適切なバンド配置と界面構造を設計することで、電子と正孔の分離を促進し、再結合を抑制できる場合があります。
4.可視光応答型光触媒開発の難点
可視光応答型光触媒の開発は、単に光の吸収波長域を可視光側へ広げればよいというものではありません。
ドーピングや欠陥導入によって可視光の吸収範囲を広げられる一方、導入された準位が電子と正孔の再結合中心となる場合があります。再結合が増えると、表面反応に利用できる電子と正孔が減少し、光触媒活性が低下します。また、バンド位置が変化すると、酸化還元反応を進めるための駆動力が低下する可能性もあります。
そのため、現在の研究では、
- 可視光の吸収範囲
- 電子と正孔の分離効率
- 十分な酸化力・還元力
- 表面反応の速度と選択性
- 長期安定性
を同時に実現する材料設計が重要な課題となっています。
5.可視光応答型光触媒の応用
可視光応答型光触媒は、従来の紫外光応答型光触媒に比べ、利用できる光源や環境が広がる可能性があります。
主な用途として、次のようなものが研究されています。
- 室内照明下での抗菌・抗ウイルス
- 空気浄化
- セルフクリーニング材料
- 水処理
さらに近年では、光触媒による水分解と水素の製造、二酸化炭素の資源化、人工光合成などの研究もされています
可視光を利用する光触媒には、半導体材料を利用するものだけでなく、可視光を吸収する光増感剤と、化学反応を進める分子触媒を組み合わせた光触媒システムもあります。
国内では、Cu(I)錯体を光増感剤、Mn(I)錯体をCO₂還元触媒として組み合わせ、可視光照射下でCO₂を一酸化炭素(CO)やギ酸(HCOOH)へ還元する光触媒システムが報告されています。
貴金属や希少金属を用いず、比較的豊富に存在する銅とマンガンを利用した、人工光合成につながるCO₂資源化技術として注目されています(図3)。

【図3 銅錯体とマンガン錯体を用いたCO₂還元光触媒反応】
6.まとめ
未修飾のアナターゼ型酸化チタンは優れた光触媒ですが、主として紫外光しか有効利用できないという課題があります。可視光応答型光触媒は、可視光を利用して光触媒反応を進められるように設計された材料です。現在では、ドーピング、色素増感、ヘテロ接合などの技術を利用し、太陽光のより広い波長域を活用できる光触媒の研究が進められています。
可視光応答型光触媒は、環境浄化だけでなく、水素製造や人工光合成など、次世代エネルギー分野への応用も期待されています。一方で、光を利用する技術には、化学反応を促進する光触媒のほか、光エネルギーを直接電気エネルギーに変換する太陽電池もあります。
次回は、太陽電池の発電原理と種類・特徴について解説します。
(日本アイアール株式会社 特許調査部 H・L)


































