《工業触媒の基礎①》触媒の役割、分類、用途、生産規模等をわかりやすく解説

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【工業触媒を理解する①】産業の発展と人類の繁栄を支える工業触媒

豊かな生活にとって、化学製品は欠くことができない存在です。
触媒の発見と利用によって、これら製品が安価で豊富に供給されるようになりました。

この連載では、3回に分けて工業触媒の産業上の成果と触媒の基礎技術を解説し、最後に今後の触媒の発展性について考察します。

1.触媒で何ができるのか

触媒について、化学辞典第2版には「熱力学的には進行できるが、現実には反応が極めて遅い系に加えることにより、反応速度を増し、あるいは可能な反応のうち特定の反応のみを促進する作用をもつ物質を触媒といい、その作用を触媒作用という」と記されています。

原料Xを反応させて生成物Yを製造する場合を考えましょう。
ある程度反応が進んでYができると、今度はYがXに変化する逆反応が起き始めます。
このような反応を「可逆反応」といい、正反応と逆反応の速度が等しくなって、見かけ上反応が停止する状態を「平衡状態」と呼びます。

これは熱力学によって支配される化学反応の鉄則です。
平衡は非常に0%に近い場合も、100%に近い場合もあります。
また、温度や圧力という条件によっても変化します。触媒は平衡を変化させることはできません。
化学平衡が0%に近い反応は、いくら触媒を加えても進まないのです。1)

 

2.触媒の役割 ~触媒は人類を救う

20世紀初頭、肥料の重要な原料であるアンモニアが、画期的な触媒の発見によって大量に製造できるようになりました。これは世界の人口増加が貧困を招くという、マルサスの人口論を克服する科学技術の成果でした。大量のアンモニアで化学肥料が製造され、食物の収穫量が飛躍的に伸びることによって、人口の増加による貧困は避けられてきました。

現在でもアンモニアは当時の方法を基本として製造されています。
具体的には、大気の窒素を化石燃料から得られる水素で還元する触媒反応です。

 

触媒1

 

ドイツの化学者、ハーバーとボッシュは1906年に酸化鉄を触媒として用いると、1気圧の下、1,020℃で窒素と水素の混合ガスからアンモニアが収率0.01%で得られることを報告しました。2)
その後、酸化鉄へのカリウム塩などの複合化による触媒活性の向上が図られ、工業化されました。

現在はさらなる触媒改良が進んだ結果、触媒活性はさらに向上し、250~350気圧、500℃という比較的温和な条件の下で操業されています。
触媒研究はその後も進み、東京工業大学の秋鹿教授らによって、ルテニウム触媒を用いると従来の鉄触媒の10倍以上の反応速度が得られるようになり、現在は世界7カ国で工業化されています。2)

また、還元剤として水素ではなく水を用いる式(2)の反応は、モリブデン錯体が触媒となることが東京大学の西林教授らによって見出され、実験室レベルながら常温常圧の下でモリブデン1原子当たり60,000分子のアンモニアが合成できることが分かりました。3)

 

触媒1

 

このように触媒は化学産業の事業収益改善のみならず、人類の繁栄に直接寄与する科学技術となっています。

 

3.触媒の分類

形態の違いから、「不均一系触媒」と「均一系触媒」に大別されます。
前者は触媒が不溶性の固体であって、反応原料は気体あるいは液体(原料が溶媒に溶けたものを含む)というように、触媒と原料が異なる相に存在している系です。
後者は触媒も原料も同一の液相に存在する系です。

 

(1)不均一系触媒の特徴

原料分子と接触できる触媒の表面が反応に与り、内部は使われないことになるので、触媒と原料の接触効率は低くなります
しかし、多くの固体触媒は熱安定が高いため、高温条件下で反応速度の向上を図ることができます。

また、表面積を向上させる目的で、多孔質担体に吸着させた担持型触媒も開発されています。担体の表面積は非常に広く、例えばアルミナ(酸化アルミニウム)は約300㎡/g、活性炭は1,000~2,000㎡/gにも及びます。原料や生成物が触媒とは別の相に存在するので分離が容易です。

 

(2)均一系触媒の特徴

反応原料と触媒が溶液中に共存しているので、接触効率は100%です。
一般的には低温でも反応が進行することが多く、熱に不安定な原料でも効率よく反応を進めることができます。後に述べるように、原料分子と触媒分子が正確な化学反応を繰り返すことができるので、1分子の触媒によって数百万分子の生成物が得られる可能性があります。

一方、原料、生成物、触媒が同一相に共存することが多く、生成物の分離に工夫が必要という欠点があります。ただし、生成物が不溶性の場合は、原料・触媒溶液から、ろ過などの簡便な操作で分離できます。

 

4.触媒の用途

石油化学の隆盛期には多くの主な化学品が触媒を用いて製造されてきました。
これらの製品の製造チャートを図1に略記します。

 

主要な化学品の製造チャート
【図1 主要な化学品の製造チャート】

 

原油の蒸留によって得られるナフサは、800℃以上の温度でエチレン、プロピレンなどに分解されます。

エチレンからはポリエステルやポリ塩化ビニル、ポリスチレン、ポリエチレンなどが製造されますが、その工程を見ると、どの製品もいずれかの製造工程に触媒が使われています

ポリエチレンは無触媒、高温高圧条件下で製造される低密度ポリエチレン(LDPE)と、触媒を使って温和な条件で製造される高密度ポリエチレン(HDPE)があります。

LDPEはしなやかで柔らかく、加工性に優れ、印刷し易く透明です。
ただしHDPEに比べて耐熱性に劣り、コストがかかります。
ラップフィルムや透明のポリ袋・包装材、電線やケーブルの被覆材などの原料になっています。

一方HDPEは剛性が高く、乳白色で強度があります。
安価でLDPEに比べて耐熱性に優れる反面、バリバリした感触で印刷しにくい短所があります。
レジ袋やビールケース、灯油・ガソリンタンク、雑貨用品などの用途があります。4)

このように、同じポリエチレンでも触媒を使うか否かで異なる商品向けの材料になることがあります。
プロピレンからも、日常よく目にする材料が触媒を用いて製造されています。

 

5.触媒を使用する化学品製造の規模

図1の中間体や製品の枠内色は、その化合物を製造するに当たって使用される触媒の形態を表しています。
均一系触媒より不均一系触媒が多く利用され、表1で見られるように該当製品の生産量も多くなっています。

 

【表1 主要な化学品の世界生産量(2017年) 4)
主要な化学品の世界生産量(2017年)

 

表1では図1に示す製品の一部について、世界の年間生産量を示しました。5)
アンモニアは約2億トン。
ポリエチレンはLDPE、HDPEあわせて約1億トンも生産されています。
これら製品を見ると衣服や建材、産業用機材に至るまで、現代では不可欠の多種多様な材料であることがわかります。

 

6.おわりに:最適な触媒を求めて

石油から誘導される化学品の多くは樹脂製品です。
これらの樹脂は性質や機能が異なっていて、用途に応じて使い分けされています。

ポリエチレンやポリプロピレンは包装材として安価な樹脂です。
メタクリル樹脂やポリカーボネートはガラスに代わる加工性の良い光学材料として有用です。
フッ素樹脂は200℃を超える耐熱性があり、調理器具の撥水性コーティング材料などとして、なくてはならない存在です。

これらの樹脂の製造では、その原料であるモノマーを含めて、各製品に最適な触媒が使用されます。
このように工業触媒の開発では、触媒作用の原理に基づいた目的反応ごとの触媒探索が必要です。
 

次回は、触媒の反応機構や原理について解説します。

 

(アイアール技術者教育研究所 O・G)

 


《引用文献、参考文献》


 

 

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