工業触媒の基礎とスケールアップ技術および触媒劣化対策
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世界は喫緊の技術課題を抱えています。
なかでもエネルギー問題やケミカルリサイクルなどは触媒技術の活躍場と考えられています。
ここでは工業触媒研究の時系列的変遷を概観し、大学等を中心として進められている触媒技術の上記分野への挑戦を紹介します。
目次
工業触媒が貢献している主な分野は石油化学製品の製造ですが、近年この分野は成熟期に達しています。
国内では石油化学の出発原料であるエチレンがコスト競争力を失い、2014年から2016年にかけてエチレンプラントの統合や停止がなされました。
その結果、エチレン生産量は780万トンから600万トンにまで削減されました。1)
図1の国内における主要石油化学品の生産量推移2)を見ると、2008年の世界同時不況ではポリプロピレンとポリ塩化ビニルが大きな影響を受けました。
その後は各製品とも一定の生産量を保っていますが、閉塞感は否めません。
【図1 主要化学品生産量の年次推移】
このような状況下で、触媒研究の分野にパラダイムシフトが起きています。
化学品製造分野やケミカルリサイクル分野においても、「これでもできる」ではなく、「これならできる」技術が注目されるようになりました。
サステナブル社会の実現に寄与する分野、例えば「人工光合成」などにも挑戦しています。
液相反応の多くは有機溶媒が使用されます。VOCやCO2課題解決手段のひとつとして、工業規模で消費されている有機溶媒の水への転換は重要なテーマです。その一例を紹介します。
層状イットリウム水酸化物の層間内塩化物イオンを、陰イオン交換反応によって酢酸イオンに置換したときに、水中で特異的に層間隔が拡張することが見出されました(リフトアップ現象)。
水による層空間のリフトアップは数十秒で完了し、酢酸イオンと多量に存在する水分子とが層間内で複合体を形成することで基本層を持ち上げ、拡張された空間は反応場を提供していると考えられています。この触媒は式1の縮合反応を水溶液中で効果的に進め、活性化エネルギーは他の触媒の約半分とされています。3)
アンモニア合成におけるルテニウム触媒が、従来のハーバー・ボッシュ法の鉄触媒より10倍以上高活性であることが知られています。4)
しかし、ルテニウムのクラーク数は0.0000005で、金と同程度の希少金属です。
窒化ランタン(ランタンのクラーク数:0.0018)上にニッケルナノ粒子を固定化した触媒(Ni/LaN)は、1気圧400℃という温和な条件で一般的なルテニウム触媒より高活性であることが見出されました。
ニッケルで窒素は活性化されませんが、窒化ランタンで活性化され、ニッケルで活性化された水素が活性化された窒素を還元するというメカニズムが提唱されています(図3)。5)
【図3 Ni/LaNによるアンモニア合成の反応メカニズム】
廃プラスチックのリサイクルとして、一般的にサーマルリサイクル(燃焼して熱エネルギーとして回収)、マテリアルリサイクル(熱分解油として回収)が実施されています。
ケミカルリサイクルで最も効果的なものは、解重合で元のモノマーとして回収する方法です。
300℃で焼成した酸化カルシウムはエステル交換反応の良好な触媒となることが見出され、これを用いてポリエステルの解重合が達成されました(式2)。
生成物は原料モノマーで、反応はほぼ定量的に進行します。6)
電解質水溶液に2本の白金電極を入れ、両電極間の直流電源から電気を印加すると陰極側で水素、陽極側で酸素が発生する電気分解はよく知られています。
燃料電池の原理はその逆反応で、電源に代えて外部負荷(電球など)とし、陰極側に水素、陽極側に酸素を与えると電気が流れて電球が点灯します(図4、式3)。7)
【図4 水の電気分解と燃料電池】
白金の含有量を80%削減した電極触媒が開発され、燃料電池の寿命が大きく延ばせることが示されています。8)
電極材料の調整法を式4に示します。
亜鉛塩、鉄塩、2座配位性の2-メチルイミダゾールのメタノール溶液から鉄が添加された多孔質なFe-ZIF-89)が得られます。アルゴン雰囲気下1000℃で熱分解するとFe-N-C10)が得られ、これに白金塩を含浸するとナノ粒子担持触媒となります。
この触媒は従来の触媒の約4~5倍の性能があり、過酸化水素の副生も抑制されるので、電解質の劣化による電池劣化や発電効率の低下を抑えることができます。
また、パナソニックは燃料電池と太陽電池、リチウムイオン蓄電池を組み合わせた工場(実証実験)を建設し、2022年4月に小型燃料電池の工場として稼働を開始しており11)、今後、大型燃料電池の実用化を目指しています。
石油由来の化学品を水と二酸化炭素から製造することが、人工光合成のゴールと考えられます(式5)。
水素および一酸化炭素の製造研究について、最近の成果を例示します。
水の光分解は1986年に報告されて今日に至るまで、非常に多くの研究が行われています。
従来の白金電極の代替として、各種の複合金属酸化物が報告されており、ウェブサイトには研究の歴史を説明している動画があります。12,13)
電極材料の開発経緯が分かり易く解説されています。
電極寿命の大幅な改善など、今後のさらなる改良が期待されます。14)
二酸化炭素の水素還元反応を一般的な還元触媒で行うためには、700℃以上という高温が必要になります。しかも多量のメタン副生という問題もあります。
二つの研究チームから、特殊反応場における触媒作用について報告がなされています。
一方では、Ru-ZrTiO4 触媒を電界の下で用い、150℃程度の低温でも反応が進行し、90%以上の選択率で一酸化炭素が得られています。15)
他方では、Pd2Gaをシリカに担持した触媒を用い、低温プラズマ中で反応させると、室温でも一酸化炭素が得られています。16)
勿論両者とも実用化には多くの課題がありますが、ブレークスルーを遂げた成果と言えるでしょう。
資源の枯渇や環境破壊などは深刻な課題です。
これを解決するためには科学技術の総力が必要で、とりわけ触媒は強力な解決手段の一つです。
光で触媒が機能することが初めて見出された経験を想起すれば、「二酸化炭素の水素還元」で紹介したように、技術の複合化によって飛躍的な発展を期することは夢ではないかもしれません。
触媒を用いて電気化学的に二酸化炭素からエチレンを直接合成した画期的な報告17)もあり、このような挑戦は既に始まっています。
(アイアール技術者教育研究所 O・G)
《引用文献、参考文献》