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2024/12/3(火)9:30~16:30
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今回のコラムでは、材料の熱膨張とその制御に関して基本的な事項を解説します。
材料の熱膨張の制御は古くから私たちが対策を講じてきた課題です。
線路のレール間で隙間を持たせているように、形状の工夫で対応できる例もありますが、多くの場合、熱膨張係数が低い材料を開発して対応してきました。
身近な例では、土鍋用の耐熱陶器として低熱膨張係数の素材が使用されています1)。
装置やデバイスが近年高精度化する中で、熱膨張を制御する必要性が高まっています。熱膨張による位置のずれ、材料間の熱膨張係数の差による剥離等が従来よりも大きな問題となってきたためです。
そもそも熱膨張はなぜ起こるのでしょうか?
図1は、固体の温度を上昇(T0<T1<T2<T3<T4)させた際における、固体中の原子間距離とポテンシャルエネルギーの関係を示した模式図です。
両者の関係は非対称(原子間距離大の方向に広がった形状)であることが分かります。
この非対称性のために、温度が上昇すると原子間の振動が大きくなり平均原子間距離rが増加します2)。
これが熱膨張の発生機構です。
【図1 固体中の原子間距離とポテンシャルエネルギーの模式図】
この機構はすべての材料に共通していますので、低膨張かまたは負の膨張(収縮)の材料を開発するためには、収縮をもたらす別の機構を働かせて膨張を打ち消す必要があります。
この点を以下の具体例で検証します。
「Invar(インバー)」と呼ばれる低熱膨張の金属材料があります。
その代表的なグレードであるInvar36(鉄64%とニッケル36%からなる合金)は、図2に示すように、その線膨張係数は構成元素である鉄およびニッケルよりもはるかに低い値です。この材料のキュリー温度である230℃よりも低温の領域で特に低い値を示します。では、何故そうなるのでしょうか?
【図2 Invar36・鉄・ニッケルの線膨張係数の比較 3)】
強磁性の合金であるInvarは、温度が上昇すると磁化が減少するので、磁気体積効果により体積が収縮します。
この機構は学術的には「磁気体積効果を伴う相転移」という範疇に属します。
この磁気体積効果が、原子間振動による通常の熱膨張を打ち消す方向に働くので、熱膨張が低減されます。
「ZrW2O8」という組成のセラミックがあります。その構造を図3に示します。
【図3 ZrW2O8の構造 ※引用4)】
図3においてピンク部分はZrO6の八面体、緑と青の部分はWO4の4面体であり、八面体と4面体が酸素を共有する構造です。
このZrW2O8の線膨張係数の温度依存性を図4に示します。
160℃-180℃での相変化領域をはさんだ幅広い温度で負の線膨張係数を持つことが分かります。これは1996年に初めて報告された比較的新しい知見です。なぜこんな現象が起こるのでしょうか?
【図4 ZrW2O8の線膨張係数 ※引用5)】
この現象の解釈として、図5のものが提示されています。
即ち、Zr-OやW-Oの結合は固くて加熱時の伸縮が起きにくいために、加熱時には結合距離の増大よりも構造内の空間を利用したフレームワークの変形が優勢になり、体積が収縮するというものです6)。
このZrW2O8は樹脂に配合され、熱膨張制御用フィラーとして利用されています。
【図5 ZrW2O8の挙動の解釈 ※引用6)】
今回紹介したもの以外にも、多様な熱膨張制御剤が開発されています。
より高次の精密制御を実現するためのキー材料として活躍の場が拡大すると予想されます。
(日本アイアール株式会社 特許調査部 N・A)
《引用文献、参考文献》