スパッタリング薄膜の品質について
目次
スパッタリング薄膜とは?
スパッタリングは、いわゆる薄膜技術の一つで、しかも代表的な技術といえます。
半導体のウェハプロセスで使われる膜の多くがスパッタリング膜です。
また液晶ディスプレイやLEDで使われる「透明導電膜」もスパッタリングでつくられています。
そもそも「薄膜って何?」という方は、こちらのコラム(「薄膜」とは?)をご覧ください。
このコラムでは、スパッタリング薄膜の品質をどうやって実現しているのかを、少し覗いていきましょう。
スパッタリング薄膜で、電気のコントロール?
薄膜はそれぞれその膜をつける目的があります。
代表的なものに「電気の流れをコントロールする」という目的があります。
簡単にいうと、電子回路をつくるための材料になるということです。
電気の流れは、電子部品や半導体などで、薄膜によって電子回路を作ることで実現します。
このとき、電気の流れやすさが大切な性能になります。
電気抵抗が高いと、電子部品の信号処理速度が遅くなりますし、発熱する問題が起こります。
電気が流れさえすればよいということではなく、電気を止める=絶縁することも大切です。
電子回路は、非常に細かい回路が、基板上にびっしりと形成されます。
回路同士がくっついてしまうと、ショート=短絡といって、信号処理を間違えてしまい、電子部品が正しく動作しません。また故障の原因にもなります。
細かい回路に正しく電気を流すのは難しそうですが、それをしっかりできるかどうかは、薄膜の品質しだいという事になります。
電子回路の電気的性能ってどうやって決まる?
電子回路の電気的な性能は、薄膜の物質としての「電気の流れやすさ」以外に、2つの要素が関係します。
それは、「膜厚」と「線幅」です。
膜厚は、文字通り、薄膜の厚さです。線幅は、薄膜をパターニングして作った線の幅という事になります。
電子回路の導電性能 = 薄膜の導電性(電気伝導度) × 薄膜の膜厚 × 薄膜のパターニング幅
なお、導電性が高ければよい、とも限りません。例えば、タッチパネルでは透明な導電膜がパネル全体をカバーしてセンサー機能を持たせていますが、タッチパネルが抵抗膜方式と呼ばれるタイプのものでは、導電膜はあるていど電気抵抗が高くないとうまく機能しません。
つまり、狙った導電性のレベルにちゃんとコントロールする必要があるという事になります。
導電性をコントロールする
薄膜の導電性は、薄膜に用いる材料の種類によって決まってきますが、成膜するときの条件によっても調整されます。
一例として、ITO(酸化インジウムスズ)という透明導電膜材料をみてみます。
この材料は、酸化インジウムと酸化スズの化合物ですが、酸化スズが全く入っていないと、電気が流れません。酸化スズの量によって、膜の導電性が変化します。
成膜の条件については、スパッタリングで成膜するときに使うガスの種類によって、導電性が変化します。
ガスは通常はアルゴンを使いますが、多少、酸素を入れると、導電性がよくなります。
酸素を入れすぎると今度は導電性が悪くなりますので、酸素ガスの量を調整することで、この膜の導電性を制御することができるということになります。
さらに、化合物材料の組成と、加熱条件も複雑に関係します。
膜厚と、線幅もコントロールする
ここまでは薄膜の導電性の話でしたが、先ほどの話のとおり、電子回路の電気的性能については、膜自体の導電性以外に、「膜厚」と「パターンの線幅」が影響します。
膜厚は、スパッタリング成膜を行うときの、出力パワーや処理時間でコントロールできます。
では線幅はというと、一つには「パターンをつくる方法」に依存します。
パターンをつくるのは、リソグラフィという技術を使います。リソグラフィの条件によって線幅をコントロールしますが、そのときに、膜によって、加工のされやすさや、加工後の断面形状が変化します。あまり知られていない事ですが、薄膜の材料種やスパッタリングの成膜条件も影響します。
薄膜にも「信頼」が必要です
以上から、薄膜でつくった電子回路の電気的性能には、スパッタリング薄膜の材料や成膜条件が複雑に関係してそうだ、ということが分かってきました。
しかし、電子回路においては「信頼性」が大切だということも忘れてはいけません。
信頼性というのは、長期間その製品を使っても、劣化したり故障したりしないという性能です。
薄膜は大変薄く、また回路パターンは大変細いため、外から物理的な力を受けると、切れたり剥がれたりしてしまいます。そのような力がなくても、電気を流し続けることによるストレスや、熱や、湿気による影響が、長期間使う中でじわじわと影響していきます。
電子回路になった気持ちで考えると、電気を流したり止めたりしているときに、水分がしみてきたり、高温になったりすると、正しく動作できなくなることが想像できると思います。
特に、熱と湿気が同時に来ると、水分が気化して膨張してしまうため、回路を壊してしまうこともあります。
以上から、信頼性を評価する技術ノウハウも重要となります。
基板あっての薄膜・・剥がれてはいけない
薄膜で起こる代表的な不具合の一つに、「剥がれ」があります。
薄膜は、基板の上に堆積して初めて薄膜になります。もし、基板の表面が、ゴミだらけだったら、膜はうまくくっつきません。
目に見えるゴミがなくても、基板の表面に水分子がくっついていたり、最表面が変質していたりしたら、成膜した膜自体はよくても、その基板との界面のせいで剥がれてしまうことがあります。
基板と成膜する材料に合った前洗浄処理を選ぶ必要があります。
状況によっては密着力を向上させるための表面改質や、密着層の付与も必要となります。
スパッタリング技術の利点として、表面改質や密着層を1つの装置で同時に付与する方法があります。
また薄膜の宿命として、「応力」の問題を抱えています。
・・分かりやすい例えとして、セロテープを顔に貼り付けることを考えてみましょう。
テープを思いっきり引き延ばして貼り付けると、どうなるでしょうか?
テープがちぢもうとして肌が引っ張られるでしょう。薄膜や、基板にも、そのような力が発生します。
これを膜応力、略して応力といいます。
膜応力が強いと、ちょっとしたきっかけで、せっかく付けた膜が剥がれたり割れたりしてしまうのです。
強く引っ張りすぎたテープは、切れたり剥がれたりすることと同じです。
膜応力は成膜条件によって調整しますが、様々な要因で変化しますので、簡単ではありません。
性能と信頼性を両立して、さらにコストも抑えるには?
ここまで、薄膜の「電気的性能」に着目してきましたが、薄膜の性能に加えて信頼性も確保するとなると、技術的に色々な難しさがあると想像できます。
そしてさらに、製造業として利益を生むためには「コスト」も考えなくてはなりません。
スパッタリングなどの真空成膜技術は、塗装やめっきといった技術と比べて、装置の価格や、ランニングコストが高くなります。
スパッタリングの材料であるターゲットも、材料の種類によっては高額になってきます。
従来の技術からスパッタリングに変更しようとしても、コストが何倍も高くなってしまうのであれば、簡単に採用することはできませんし、むしろもっと安価な技術への置き換えが必要となるでしょう。
また、薄膜は常に基板とともにあるという点も考えなくてはなりません。
例えば部品単体を製作する工程であれば、仮に不良品ができてしまえば、1つ分の不良ロスという事になります。しかし薄膜の場合は必ず基板の上に行いますので、品質不良は、基板、つまり前工程全ての製造コストのロスになってしまいます。
スパッタリング工程でコストを改善する方法は様々なアプローチがあり、方法も十種類以上はあります。高コストで高付加価値の技術であるからこそ、コスト改善効果も大きいものになります。
そのような改善活動は技術者にとって大変やりがいのあるものでしょう。
性能、信頼性、コスト。それらを高いレベルで適正化することが、薄膜技術の鍵となります。
(アイアール技術者教育研究所 大薗剣吾 )
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