温度測定回路の基本と設計・実装のポイントをやさしく解説

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温度測定回路

温度は、あらゆる工業製品や電子機器において、制御・保護・モニタリングの対象となる最も基本的な物理量の一つです。特に高精度な制御を求められる分野においては、温度測定回路の設計はシステムの信頼性や安全性を大きく左右します。
本記事では、温度センサの基礎からアナログ信号処理A/D変換実装上の注意点まで包括的に解説します。

1.温度測定の重要性

温度は物理現象の基盤であり、エネルギー管理、反応速度、安全確保といった多くのプロセスに影響します。
例えば半導体の動作保証や電池の劣化防止、医療現場での体温監視、冷却ファンの制御など、正確な温度情報は多くの判断材料となります。
このような要求を満たすには、単なるセンサの選定だけでなく、信号処理回路、A/D変換精度、ノイズ対策、物理的配置など、複合的な設計力が求められます。

 

2.温度センサの種類と特徴

温度測定回路の出発点は「センサ」です。
温度を電気的な信号に変換するセンサにはいくつかの種類があり、それぞれ特性や用途が異なります。

 

サーミスタ

サーミスタ」(Thermistor)は酸化物系の材料を使い、温度に応じて抵抗値が変化する素子です。
NTC型(温度上昇で抵抗減少)が主流であり、安価で応答が速く、小型です。衝撃や振動にも強く、温度に対する感度が高いため、私たちの暮らしを支えるさまざまな製品に使われています。
非線形特性のため、精密測定には補正が必要です。

[※関連記事:3分でわかる サーミスタの種類・原理・使い方(NTC,PTC等)

 

RTD(抵抗温度検出器)

RTD」(Resistance Temperature Detector) は、温度変化によって内部の抵抗値が変化するセンサです。
センサの温度が上昇すると、抵抗値が大きくなります。抵抗と温度の関係はよく知られており、長期的に再現されます。
RTDは受動デバイスであるため、それ自体は出力しません。外部電子装置を使用して、低レベルの電流をセンサに流して電圧を発生させることにより、センサの抵抗を測定します。通常1mA未満の測定電流が使われ、最大5mAまで自己発熱のリスクはありません。
プラチナ製のRTD(Pt100、Pt1000など)は、抵抗値が温度に対してほぼ線形に変化する高精度センサです。
広い測定範囲と安定性を持ち、工業用途で重宝されていますが、構造がやや複雑であり価格も高めです。

 

熱電対(Thermocouple)

熱電対」(サーモカップル)は、2種類の異なる金属を利用し、その温度差から電圧(熱起電力)を生じさせて温度を測定するセンサです。構造がシンプルで、非常に高温まで対応できるため、工業用途を中心に幅広く使用されています。
異なる2種類の金属Aと金属Bの両端を接続して、両端の接点に温度差を与えると、金属間に温度差T1−T2に応じた熱起電力(電圧)が発生し、電流が流れます。この現象は、「ゼーベック効果」と呼ばれています。
また、異なる2種類の金属Aと金属Bの一端のみを接続して、多端を開放すれば、熱起電力(電圧)を検出することができます。実際に熱電対を使用する際には、金属の一端を温度測定箇所、他端を計測器に接続し、温度差T1−T2に応じた熱起電力(電圧)を温度に換算しています。

-200〜1300℃までの広い温度範囲をカバーし、応答性にも優れていますが、微小な出力電圧のため増幅と冷接点補償が必要です。このような特性から、熱電対は溶鉱炉、ボイラー、排気管、発電プラントなどの高温・過酷な環境で安定した温度測定が求められる場面に適しています。RTDやサーミスタと比較すると高温対応には優れていますが、絶対温度の測定精度はやや劣る傾向があります。

 

半導体センサ(ICタイプ)

LM35やTMP36など、ICタイプの温度センサは出力が電圧またはデジタル信号で扱いやすく、小型で汎用性に優れています。
温度制御機器や電子機器内蔵用で広く使われますが、動作温度範囲が狭く、高精度用途にはやや不向きです。

 

3.温度信号処理とアナログ回路設計のポイント

(1)微小信号の取り扱い:増幅回路の構成と選定

たとえば熱電対の出力は数μV/℃と非常に小さく、このままではA/Dコンバータに入力できません。また、配線長が長い場合には、ノイズによって信号が埋もれてしまう可能性もあります。そのため、まずは適切なゲイン(増幅率)を持つアナログ増幅回路で信号を引き上げる必要があります。

 

差動アンプの設計

差動アンプ」は、2つの入力端子間の電圧差のみを取り出して増幅する構成です。
電源ノイズやGNDの電位差など、共通に重畳する信号(コモンモード成分)を除去できるため、熱電対やRTDのような微弱信号の増幅に適しています。

ゲイン(増幅率)は、入力抵抗とフィードバック抵抗の比によって決まり、設計時には抵抗値の誤差(±0.1%以下推奨)が出力精度に直接影響する点に注意が必要です。

 

オペアンプを用いた差動アンプの基本回路
【図1 オペアンプを用いた差動アンプの基本回路】

 

図1は、オペアンプを用いた差動アンプの基本回路の図です。
(※オペアンプの基礎知識についてはこちら

出力Voは、
Vo={(R1+R2)/R1}{R4/(R3+R4) × (Vi+) − (Vi− × R2/R1)
となります。

ここで、この式を簡単にするために、R1=R3、R2=R4 とすると、
上の複雑な式は、Vo = (Vi+ − Vi−) × R2/R1 となります。

この式より、この差動アンプは プラス入力Vi+ と マイナス入力Vi― の差電圧を抵抗 R1(=R3) と R2(=R4) の比で増幅した値が出力電圧Voになることが分かります。

 

インスツルメンテーションアンプ(INA)

より高精度な増幅が求められる場合は、専用のインスツルメンテーションアンプが有力な選択肢となります。
インスツルメンテーションアンプ」は、3段構成のオペアンプを内部に持ち、非常に高いコモンモード除去比(CMRR)を実現しています。(図2参照)
インスツルメンテーションアンプは、「計装アンプ」ともいわれ、生産設備や製造装置における温度や圧力などの測定にアンプ回路を最適化しています。つまり、センサが検出した小振幅の微弱信号を、発生する雑音を低く抑えながら増幅する用途に最適化されています。

代表的な製品として、Texas InstrumentsのINA333、INA128などがあり、1本の抵抗で簡単にゲイン設定ができるため、部品点数も少なく済みます。
特にノイズに弱い信号を扱う医療機器や高精度制御機器でよく用いられます。

 

インスツルメンテーションアンプの基本回路
【図2 インスツルメンテーションアンプの基本回路】

 

図2は、インスツルメンテーションアンプの基本回路です。入力インピーダンスが高くアンプのゲインを1本の抵抗Rgで決定できます。
R1=R2=R3=R4=R5=R6=Rとすると、入力V1、V2に対する出力Voは、Vo=(V2―V1)(1+2R/Rg)となります。

 

(2)ノイズを排除する:フィルタ回路の役割と設計

アナログ信号は、周囲の電磁波や電源ノイズの影響を非常に受けやすく、信号線の引き回しや部品配置によって測定誤差が発生する場合もあります。こうした高周波ノイズや商用電源由来のハムノイズを除去するためには、フィルタ回路の設計が欠かせません。

 

パッシブフィルタ(RCローパスフィルタ)

最も基本的なフィルタ構成が、抵抗(R)とコンデンサ(C)を直列に組んだRCローパスフィルタです。
たとえば、カットオフ周波数 fc=1/2πRC を1Hz前後に設定すれば、温度変化のようなゆっくりとした信号はそのまま通し、50Hz以上の電源ノイズを効果的にカットできます。サーミスタなどではこれだけでも十分な場合が多いです。

[※関連記事:ローパスフィルタでのノイズ対策と周波数特性|カットオフ周波数とは?

 

アクティブフィルタ(オペアンプ構成)

より急峻な減衰が必要な場合には、アクティブフィルタが使われます。
たとえばSallen-Key構成の2次ローパスフィルタでは、-40dB/decadeの遮断特性を得ることができ、微小信号を安定して抽出できます。
オペアンプを用いることで、回路のインピーダンスを下げ、後述するADCに影響を与えないようにする役割も果たします。

 

Sallen-Key構成の2次ローパスフィルタの回路構成
【図3 Sallen-Key構成の2次ローパスフィルタの回路構成】

 

図3は、Sallen-Key構成の2次ローパスフィルタの回路構成を示しています。図3のように抵抗2個コンデンサ2個とオペアンプ、のように簡単に構成できます。

 

EMI/ESD対策

電子機器としての信頼性を高めるには、静電気(ESD)や電磁妨害(EMI)に対する対策も重要です。

入力ラインにはTVSダイオードを入れて突入電圧を抑え、信号線はツイストペアケーブルシールド付きケーブルで配線することなどが必要です。

[※関連記事:ノイズ対策で知っておくべきアンテナとケーブルの基礎知識

また、電源ラインにもフェライトビーズデカップリングコンデンサを配置して、ノイズを分離します。

[※関連記事:3分でわかる フェライトビーズとは?ノイズ対策の原理と使い方・選び方

 

(3)熱電対用のアナログ設計の例

K型熱電対の起電力はおよそ41μV/℃です。たとえば0〜500℃の測定を行うと、出力は最大でも約20mVに過ぎません。この信号を12bit ADCで読み取るには、最低でも3.3Vのフルスケールに対してゲイン165倍以上の増幅が必要です。

このとき、以下のような構成が有効です。

  1. INA333(インスツルメンテーションアンプ)でゲイン200倍に設定(高CMRR)
  2. 出力に1Hzのローパスフィルタを追加
  3. ADCは外部リファレンス(例:2.5V)を使用し、ノイズ耐性と直線性を確保

この構成では、分解能0.1℃以下の温度測定が可能になり、応答遅延や測定誤差を最小限に抑えつつ安定した測定が行えます。

 

(4)熱起電力以外の信号処理への応用

サーミスタやRTDのように電圧出力ではなく、抵抗の変化によって温度を表すセンサもあります。
この場合、電圧分割回路や定電流源との組み合わせにより、温度に応じた電圧変化を得ることができます。

たとえば、RTDは0℃で100Ω(Pt100)と決まっており、0.385Ω/℃の感度があります。1mAの定電流を流せば、0.385mV/℃の電圧変化が得られ、これをINAで増幅してADCに接続します。この方式では電流源の安定性と、配線抵抗による影響が重要になるため、3線式や4線式の測定手法が一般的です。

アナログ回路の設計は、単なる電圧増幅にとどまらず、センサの特性や用途、周囲環境までを含めた総合的なシステム設計です。微小信号の忠実な抽出、ノイズへの強さ、温度変化に対する安定性の確保といった観点から、適切な回路方式と部品を選定することが、信頼性の高い温度測定回路の鍵を握っています。
次章では、これらの信号をどのようにデジタル化してマイコンに渡すかを扱うかという点を解説します。

 

アナログ信号をマイコンで扱うには、A/DコンバータADC)での変換が必要です。
ここでは、分解能、リファレンス電圧、ノイズ耐性について考慮すべきポイントを解説します。

 

分解能の選定

10bit ADCであれば1024段階、12bitで4096段階、16bitで65536段階の解像度が得られます。
温度を0.1℃単位で測定する場合は、少なくとも12bitが必要で、産業用途では16bit以上が推奨されます。
ADCの精度は、温度センサの感度(例:10mV/℃)と連動するため、センサ特性と併せて設計する必要があります。

 

リファレンス電圧の安定化

ADCの精度を支えるのがリファレンス電圧です。
内蔵リファレンスは手軽ですが温度ドリフトに弱いため、高精度を求めるなら外部基準電源(±0.05%、±10ppm/°C以下)を使うようにしましょう。
REF3025などの専用ICは、長期安定性と低ノイズ性に優れています。

 

デジタルインターフェースの活用

ICセンサを使う場合には、I²CやSPIといったデジタルインターフェース経由でセンサ値を取得できます。これにより配線本数が減り、ノイズの影響も抑えられます。
また、マイコン側でDMA転送を活用すれば、温度ロギングなどの処理をCPU負荷少なく実行できます。

 

ブロック図
【図4 ブロック図】

 

図4は、これまで説明してきた内容をブロック図にしたものです。センサで検出したデータをマイクロコンピュータで処理するまでの流れを示しています。
マイクロコンピュータの出力は、センサが温度センサであれば、温度計の温度として表示するのに使われたり、温度制御で使用される制御出力となります。

 

5.実装設計上の注意点とキャリブレーション

温度測定の精度は、回路設計だけでなく、実装や環境要因にも左右されます。
そこで、物理的な配置や補正手法について説明します。

 

自己発熱の防止

センサに流れる測定電流が大きいと、素子自体が発熱し、本来の温度と乖離した値を示してしまいます。
RTDやサーミスタでは、100μA以下の微小電流で駆動し、自己発熱を最小限に抑えることが基本です。

 

センサの配置と熱伝導の最適化

センサの取り付け位置も極めて重要です。熱源に近すぎると局所的な温度変化を拾ってしまい、逆に遠すぎると応答が遅れます。
また、筐体の素材センサの固定方法によって熱伝導率が変わるため、測定対象と確実に熱的に接続される構造が求められます。

 

補正とキャリブレーション

センサ出力にはオフセット誤差や感度のバラツキがあるため、2点補正(例:0℃と100℃)によって直線的な補正を行うことが一般的です。
非線形センサの場合には、Steinhart-Hart式やスプライン補間などの数学的手法をソフトウェア的に組み込むことで高精度な補正が可能です。

 

6.まとめ:高精度温度測定のための統合的視点

温度測定回路の設計は、一見単純に見えて、センサ特性、アナログ回路、デジタル変換、物理配置、ソフトウェア補正といった多くの技術要素が有機的に関わる複合領域です。高精度な温度制御を実現するには、各要素の特性を理解し、統一された設計思想で最適化を行う必要があります。
本記事で紹介した各技術は、電子機器開発から生産ライン制御、医療機器の安全設計まで、幅広い応用が可能です。今後さらに高性能かつスマートな温度制御が求められる中で、こうした基礎技術の理解が重要性を増していくことでしょう。

 

(日本アイアール株式会社 特許調査部 E・N)

 

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