半導体製造に使われるガスを丸ごと理解!種類と役割、実務知識まで各プロセス対応の決定版
AI、スマートフォン、自動運転自動車、データセンターなど多くの機器が半導体の進化を背景に日々進化し続けている現代です。
半導体は、いくつもの工程を経て製品として完成します。その工程の中で半導体製造用ガスは、半導体デバイスの製造プロセスにおいて、ウエハーの洗浄、薄膜、エッチング、ドーピングなどによる回路形成など半導体製造の重要な役割を果たしています。
現在、半導体は微細化及び高密度化と進化を続けています。しかし、その微細化が限界になりつつあり、次世代半導体は3D構造化やチップレット技術による次世代パッケージングへと新技術革新のステージへと進んでいます。その中で意外と見落とされがちなのが「ガス」という存在です。目には見えず、地味に思われがちなガスですが、実は半導体の性能を左右するほどの重要な要素なのです。
本記事では、半導体製造プロセスにおけるガスの基礎知識について、プロセス上の役割に加え、製造現場での取り扱いや管理運用の知識を解説し、技術者として第一歩を踏み出す皆さんの半導体製造プロセスを理解する足がかりとなれば幸いです。
目次
1.ガスの性質と分類
(1)ガスの基本的な性質と影響
ガスの基本的な性質は、半導体製造プロセスにおける重要パラメータであり、以下の様な影響を与えます。
- 分子量:
気体の質量及び拡散の挙動に影響し、流量の制御性や成膜などのプロセス制御に直接的な影響を与えます。 - 圧力:
化学反応の速度や成膜時の膜厚に影響し、真空度の精密な制御が求められます。 - 温度:
ガス密度と反応性に影響し、温度の制御性はプロセスに大きく影響します。 - 流量:
単位時間あたりのガス供給量によって、化学反応の速度や成膜状態を左右する要因となります。小流量から大流量の広範囲において精密な制御が求められます。
これらの特性を、複合的に制御することが必要です。
例えば、温度変化によってガス密度の変動が流量の精度に影響を与えます。そのため、マスフローコントローラやPID制御などの高精度な制御技術が不可欠となります。
【図1 ガスの半導体製造プロセスへの影響要素】
(2)化学的・物理的な性質によるガスの分類
半導体製造プロセスでの製造用ガスは、化学的及び物理的な性質から以下に分類されます。
- 反応性ガス(例:SiH₄、NH₃など)
酸化反応、エッチング、成膜などのように、材料の反応により製造プロセスを行うガス。 - 不活性ガス(例:Ar、N₂など)
パージや封止・冷却などに用いられ、他の物質と反応しにくいガス。 - 毒性ガス(例:AsH₃、PH₃など)
エッチング、成膜時に用いられるような、じょ限量(許容濃度)200ppm以下のガス。 - 腐食性ガス(例:Cl₂、HFなど)
配管、ウエハー、装置に関連する材料を腐食させる(可能性のある)ガス。 - 可燃性ガス(例:H₂、SiH₄など)
空気や酸素と反応して火災や爆発のリスクがあるガス。
【図2 化学的・物理的な性質によるガスの分類】
2.用途による半導体製造用ガスの分類(種類)
半導体製造プロセスにおいて製造用のガスは、用途によっていくつかのカテゴリーに分類されます。
- プロセスガス(例:SiH₄、CF₄、HCl、Cl₂など)
成膜工程やエッチング工程など、半導体の材料や構造を形成、加工するために用いられる不活性ガスや特殊ガスの総称です。 - ドーピングガス(例:PH₃、B₂H₆、AsH₃など)
ウエハーに特定の不純物を添加し、電気的な特性を調整するためのガスです。 - キャリアガス(例:N₂、Ar、Heなど)
材料ガスの濃度調整やウエハー輸送の目的などに使用するH2、Ar、N2などのガスです。通常は、化学反応に直接的には関与しないガスが選定されます。 - パージガス(例:N₂、Arなど)
装置や配管内に入り込んだ不純物の除去や、酸素や水分などの反応性の高い物質を除去し正常な雰囲気や装置の腐食防止などに使用するガスです。 - クリーニングガス(例:NF₃、O₂、F₂など)
チャンバーや配管の洗浄を行うためのガスです。
3.半導体製造の各プロセスにおけるガスの役割
半導体製造工程は、さまざまな工程をいくつも経て製品が出来上がります。
その中でガスは、以下のような工程に深く関わっています。
- 成膜(薄膜の形成)
- エッチング(不要部分の除去)
- ドーピング(電気的特性の変化)
- 洗浄(粒子や残留物の除去)
- 雰囲気制御(酸化・窒化、搬送時など)
- 封止(後工程のパッケージング)
【図3 半導体製造プロセスとガスの役割】
これらの工程において、ガスの純度、流量・温度・圧力などの制御性は、製品の品質に直接的な影響を与えます。以下に、各工程の主なガスと役割を紹介します。
(1)成膜工程(薄膜の形成)
シリコンウエハー上に絶縁膜や導電膜、バリア膜などを形成し、回路形成を行います。
【表1 主なガスと役割:成膜】
ガス名 | 主な用途 | 役割 |
SiH₄ (シラン) |
シリコン膜の形成(Si) ・素子間の絶縁やゲート絶縁膜 |
化学反応やプラズマ反応によりシリコン薄膜を堆積させる |
NH₃ (アンモニア) |
窒化シリコン膜の形成(SiN) ・絶縁膜/保護膜/酸化バリア膜 |
SiH₄と反応しSiNを形成 |
TEOS(Si(OC₂H5)₄) (テトラエトキシシラン) |
酸化膜の形成(SiO₂) ・層間絶縁膜 |
酸素と反応して酸化膜を生成 |
WF₆ (六フッ化タングステン) |
金属膜の形成 ・タングステン金属膜 |
水素と反応しタングステン(W)膜を生成 |
特にALDプロセス(原子層堆積)では、ガス導入のタイミングやガス量の制御は、高精度な制御が必要です。
[※関連記事:3分でわかる ALD(原子層堆積法)とは?原理,特徴,CVDとの比較など要点解説 ]
(2)エッチング(不要部分の除去)
レジストの下にある薄膜とともに、不要な膜や材料を選択的に除いていくことで、パターン形成をします。
【表2 主なガスと役割:エッチング】
ガス名 | 用途 | 役割 |
フッ素化合物 (CF₄、CHF₃、SF₆) |
酸化膜やポリシリコンのエッチング | プラズマにより揮発性の化合物を生成し学反応で除去します。 |
塩素化合物 (Cl₂、BCl₃) |
アルミニウム層や金属層の除去 | 金属と反応して除去します。 |
酸素 (O₂) |
フォトレジストの除去 | レジストを酸素のプラズマにより酸化させ除去します。 |
エッチングには、ドライエッチングとウエットエッチングがあります。
ドライエッチングでは、ガスの種類とプラズマ条件の調整が重要なパラメータとなります。
[※関連記事:エッチングの基礎知識 (ドライ/ウェット、等方性/異方性など) ]
(3)ドーピング(電気的特性の変化)
シリコンに特定の不純物原子(ドーパント)を導入し、n型・p型の電気特性を与えます。
【表3 主なガスと役割:ドーピング】
ガス名 | 用途 | 役割 |
PH₃(ホスフィン) | n型ドーピング (電子を増加) |
P(リン)の添加により多量の電子を供給しn型半導体にします。 |
B₂H₆(ジボラン) | p型ドーピング (正孔を増加) |
B(ホウ素)の添加により正孔の生成されp型半導体にします。 |
AsH₃(アルシン) | n型ドーピング (高濃度用途) |
As(砒素)の添加により多量の電子を供給しn型半導体にします。 |
同じn型半導体にする場合でも、ガスの性質により用いるガス種は異なります。
イオン注入工程では、これらのガスを原料にしてドーパントイオンを加速・照射し、精密な濃度制御を行います。これらのガスは毒性が極めて高く取扱いには厳重な注意が必要です。
[※関連記事:イオン注入装置とは?仕組み・構造(構成)などを解説 ]
(4)洗浄(粒子や残留物の除去)
薬液や純水を使用しないドライ洗浄では、ガスによってプロセス中に付着したパーティクル、有機物、金属イオンなどの不純物を除去し、欠陥を防止します。
【表4 主なガスと役割:洗浄】
ガス名 | 用途 | 役割 |
O₃(オゾン) | 有機汚染物除去 | オゾンの殺菌作用で有機物や菌類を除去します。 |
H₂(水素) | 金属汚染物除去 (酸化還元反応による) |
酸化還元反応の促進による不純物の除去を促進します。 |
N₂(窒素) | 乾燥や置換 | 不活性ガスとして純水洗浄後の乾燥など。 |
(5)雰囲気制御(酸化・窒化など)
酸化膜・窒化膜の形成、プロセス反応の制御、材料の安定性確保などが必要です。
【表5 主なガスと役割:雰囲気制御】
ガス名 | 用途 | 役割 |
O₂ | 熱酸化工程 | Siと反応してSiO₂膜を形成します。 |
N₂O、NH₃ | 熱窒化工程 | 窒化シリコン(Si₃N₄)や酸窒化膜を形成します。 |
Ar | 雰囲気制御、プラズマ源 | 不活性ガスとして温度や反応性を制御用に用います。 |
[※関連記事:CVD装置の種類・分類と特徴 ]
(6)封止(後工程のパッケージング)
半導体製造工程の後工程では、ウエハーを切断しチップをパッケージに封止します。
この工程において、外部からの保護や熱伝導性などの確保を行います。
【表6 主なガスと役割:封止】
ガス名 | 用途 | 役割 |
N₂ | パッケージング環境の 雰囲気ガス |
酸化や水分の吸着を防ぐため不活性雰囲気の環境に用います。 |
H₂/N₂混合ガス | リフロー工程 | リードフレームとチップの接合時、還元雰囲気として酸化を防ぐために用います。 |
He | リーク検査 | パッケージの密閉性確認時の漏れ検査用ガスとして用います。 |
次世代のチップレットやパッケージング技術では、ガスの制御が製品の信頼性に大きく影響を及ぼします。
4.超高純度(UHP)ガスの必要性
半導体の回路線幅が微細化するとともに、不純物の影響が大きくなります。
例えば、1ppb(10⁻⁹)の水分濃度でも、ウエハー表面に酸化膜の生成や、デバイスの絶縁性を劣化させるリスクが存在します。
そのため、半導体製造用ガスには「UHP」(Ultra High Purity:超高純度)が求められます。
6N(99.9999%)や7N(99.99999%)といった純度レベルのガスは一般的に用いられます。
また、ガス純度の測定にはガスクロマトグラフィー(GC)や質量分析計(MS)などの高度な装置が使われ、微細化が進むにつれてppt(10⁻¹²)レベルでの分析と制御が必須となっています。
【表7 ガスの純度と用途】
純度 | 表記 | 主な用途 |
99.% | 2N | 溶接加工、一般工業 |
99.9% | 3N | 医療、食品加工、一般工業 |
99.99% | 4N | 分析用 |
99.999% | 5N | 半導体、液晶、太陽電池 |
99.9999% | 6N | 先端半導体 |
99.99999% | 7N | 半導体3㎚以下のプロセス |
5.微細化・高密度化によるガス要求の変化
現在、プロセスノードは3nmレベルとなり、今後、2nm、1.4nmへと向かっていきます。こうした微細構造を形成するために、ガスの反応・選択・分布の均一性など半導体製造におけるガス制御のパラメータは、これまで以上の精度が求められます。
例えば、ドライエッチングでは「異方性」(上下方向には削れても、横方向を抑制する制御のこと)が必要です。これを実現するためには、エッチングガスの選定は従来と異なり、ガスの組み合わせを選定するなどを行います。
また、ALD(原子層堆積)のような手法により原子レベルでの積層をする成膜においては、ますます高純度なガスが必要となっています。
6.環境・安全とガス規制
(1)温室効果ガス(GHG)としての問題
半導体製造工程では、フッ素化合物をはじめとして多くの温室効果ガスを使用しています。
PFC(パーフルオロカーボン)やSF₆などは、CO₂よりもはるかに高い温室効果を有しているため、工場からの排出抑制が大きな環境課題の一つとなっています。
現在、多くの企業がスクラバーを用いて排ガス処理を行い環境負荷低減に努めています。そして、同時に代替ガスの開発や排出ガスの処理技術開発に取り組み、これらの問題に取り組んでいます。
(2)有害・毒性ガスの管理
半導体製造では、PH₃、AsH₃、B₂H₆などの毒性が非常に高いガスを常時使用しています。
万が一の漏洩時には、人身事故に及ぶ重大な事故となります。漏洩検知器、緊急遮断弁、排気ダクト、排ガス処理装置の設計など、安全管理への体制や設備を設置しガスの知識教育や避難訓練などを定期的に行うことが重要となります。
7.ガス供給システムの基本
半導体工場では、ガスの供給は、高圧ボンベやバルク供給源(液化ガス貯蔵)などから、クリーンかつ安全・安定に装置へ供給される必要があります。
供給系の基本構成を理解することで、製造用ガスの取り扱いや不具合の原因究明や、設備設計に役立ちます。
(1)ガス供給の方式
半導体工場で、ガスの供給方法は様々のケースがありますが、一般的にはガスの使用量、反応性、安全性で最適な方式を採用します。
主な供給方法を説明します。
- 高圧ボンベ(シリンダー):
一定量のガスを保管する場合に用いて、主に少量のガスを頻繁に使用する工程のガスに適しています。 - バルク供給(液化ガス貯蔵):
大量のガスを使用し、長期間の安定供給がする場合に使われます。液化された状態で、タンクローリーで工場に搬入され、工場屋外の集中タンクに貯蔵・補給がされます。 - オンサイト発生装置:
特に使用量が多い窒素の場合には、空気から液化蒸留し窒素をオンサイトプラントで生成します。
(2)流量制御と供給機器
半導体製造ラインでは、ガス流量を精密に管理し製造プロセスを動かす必要があります。
そのための主な機器について説明をします。
- MFC(マスフローコントローラ):
ガスの流量制御には、マスフローコントローラを用いて精密な制御を行います。 - レギュレーター・バルブ:
ガスの圧力制御やガスの切り替えなどを行うための重要な機器です。 - 配管材料:
配管には、ガスの汚染を防ぐためにステンレス製や特殊は表面処理を施した材料が使用されます。
【図4 ガス供給システム略図】
8.ガス技術のトレンドと今後の展望
半導体の動向は、プロセスの微細化・3D構造化・多層化が進み、それに伴い製造に用いられるガスにも新たな要求が生まれています。
現在注目されているガス技術のトレンドと今後の展望を紹介します。
(1)微細化とALD対応ガスの台頭
プロセスノードが10nm以下の微細な構造では、成膜の均一性や原子レベルでの制御が求められます。それを実現するために現在は、ALD(原子層堆積)方式が主流となっています。
ALD方式には、成膜速度が遅いという課題があり、この成膜速度を早くする要素の一つとして新たなプロセスガスの開発が進んでいます。
(2)3D構造化とエッチングガスの進化
3D NANDやFinFET構造の普及により、更に高アスペクト比(高さに対する幅の比率)を実現するエッチング技術が注目されています。
例えば、ドライエッチングのガスは、環境負荷問題があり現在よりも環境負荷が低減されるガスの開発や、微細化に伴うエッチング制御が可能となるガスの開発などが進んでいます。
【図5 3D積層・レットチップ】
9.まとめ
半導体製造において、ガスは目に見えない存在ながら、各プロセスで不可欠な役割を果たしています。
本記事では、ガスの性質や分類、用途別の種類、各工程における役割、安全性や環境への配慮、供給システムの基本、最新の技術動向まで、幅広く解説しました。これらの知識は、半導体製造プロセスの理解を深めるうえで重要です。今後も進化する半導体技術に対応していくために、本記事がその一助となれば幸いです。
(アイアール技術者教育研究所 T・Y)