他者からの前例のない見立て・見解を聞き流すべからず(技術者べからず集)
HDD(ハードディスクドライブ)は、狭い隙間で浮上する磁気ヘッドが回転する円板に情報を記録・再生します。
この狭い隙間に異物が介在すると、記録された情報の一部が消磁(イレーズ)し、最悪の場合は磁気ヘッド・円板が損傷(クラッシュ)する問題が発生します。
そこで、異物の介在対策としてクリーンルームを構築し組立環境を整え、使用する磁気ヘッド、円板をはじめ構成部品を清浄化することが必要になるのです。
Si-O異物の原因は?とある研究者の意外な見解は聞き流された
四半世紀以上前の出来事ですが、異物による消磁、損傷問題が発生しました。
電子顕微鏡分析で異物の主要成分はとSiとOでした。
異物はシリカ等のSi,O粒子と判断され、組立環境、構成部品を異物発生源と推定して、清浄度改善が進められました。
しかし、種々の改善が実施され、例えば円板の主表面だけでなく円板の端面まで洗浄強化するなどした結果、清浄度は向上されたものの、消磁、損傷の発生頻度は低減できませんでした。
有効な打開策が得られず対策が長期化するなか、ある研究者から「異物は初めから固体粒子ではなくガスが固化したものではないのか」という見解が出されました。
当時の関係者は、Si-O粒子のまだ気が付いていない発生源の探索に集中しており、この前例のない「その時点では奇抜な見立て」を聞き流してしまったのです。
異物の要因が判明!そして新たな課題への取り組みが始まった
しばらくして、軽微な消磁が発生した磁気ヘッドに付着した異物は、形状とサイズの揃った約十ナノメートルのSiとO成分の粒子でなることが分かりました。
電子顕微鏡の性能が向上し、以前の解像度では不明確であった微小な形状が観測できるようになったのです。
一方、その「ある研究者」は、職人的な手法による実験により、シリコン系のガスが高温になると液化・固化することを実証しました。
ガスが固化して生成された粒子の形状、サイズは磁気ヘッドに付着した異物のSi-O粒子のそれに近いものでした。
また、シミュレーションにより磁気ヘッドが回転中の円板に接触した時の温度は上記の実験の際の高温になり得ることが判明したのです。
これらの結果が分かると、それまでそんなはずはないと考えていた多くの関係者がその研究者の見立てを信じるようになりました。
これこそが「アウトガス低減」という新たな課題への取り組みの始まりとなるのです。
技術者O氏の反省
異物粒子の発生メカニズムに関する適切な見立てを聞き流し、本格的にアウトガス低減に取り組むまで多くの時間を要しました。
飛来した異物粒子がヘッド、円板に介在したという推定に固執せず、他人の見解に耳を傾けてより柔軟に考えれば、もっと早くアウトガスの観点にたどり着けたハズなのです。
モノづくりを担う技術者は、原因究明する際には「前例のない見立てを聞き流す」ことは避け、新たな観点にも留意する姿勢が必要ですね。
ちなみに、本件の問題はHDDの筐体を密閉する樹脂部材に含まれていたSi,O系のアウトガスの対策によって解決しましたが、その後のHDD開発に於いても、組立環境、部品、副資材、各種製造装置などからのアウトガス低減は継続されています。
(日本アイアール株式会社 特許調査部 Y・O)