結晶性の無機固体電解質とリチウムイオン電池
リチウムイオン電池に関する当連載では、「真性高分子固体電解質」「高分子ゲル電解質」と、2回にわたって有機高分子系の固体電解質について説明しました。
今回は、代表的なもうひとつのタイプの固体電解質である無機固体電解質について説明します。
目次
無機固体電解質と構成イオン
無機固体電解質は、有機高分子系と比較して、より難燃性で化学的、電気化学的にも安定な物質が多いと言えます。
一方、電極活物質との界面抵抗を低く抑える(界面制御のし易さ)という点では、一般的には、有機高分子系のほうが良いと考えられます。
無機固体電解質は伝導イオンを含み、陽イオン及び陰イオンから構成されています。
構成イオンが広範囲で周期構造を持つ結晶(状態)とガラス(状態)があります。
今回のコラムでは、特に、結晶性の無機固体電解質について説明します。
1.固体中のイオンの移動(拡散)について
結晶内で伝導イオンが移動(拡散)するためには、対イオンとの結合を切断して、その格子点から近くの間隙にジャンプする機構で説明されています。伝導イオンの正規の格子点と同等なエネルギーを持つ格子間位置(対イオン格子点の間)や格子欠陥が間隙になります。
伝導イオンが格子間位置を次々にジャンプしていく機構を「準格子間拡散」、格子欠陥をジャンプしていく機構を「空孔拡散」と呼びます。
結晶中をイオンが高速で拡散するためには、ジャンプ先となる格子間位置や格子欠陥が高濃度に存在すること、ジャンプに必要な活性化エネルギーが低いこと、拡散経路(三次元、二次元、一次元)の存在が必要となります。
しかし、ジャンプ先となる格子間位置や格子欠陥は温度の上昇とともに増加しますが、一般的なイオン結晶では融点に近い温度でも数%程度に過ぎません。
可能なジャンプ先を増やすために、対イオン格子点の一部を異なるイオンで部分置換する方法が広く行われています(固溶体の形成)。異なる形式電荷のイオンで置換すると、電荷を中性に保つ作用により、格子欠陥や、格子間位置に伝導イオンを導入することができます。
その結果、低温でも、空孔拡散できる可能性が増大します。
例えば、酸化物イオンO2-伝導体であるZrO2のZr4+の一部をCa2+に置換すると、Zr格子点の一部に空孔を導入できます。酸化物イオン伝導体PbWO4のPb2+の一部をLa3+に置換すると、格子間位置の一部に酸化物イオンを導入できます。
隣の間隙にジャンプする経路上で立体的な障害やクーロン引力など伝導イオンと最も相互作用が強い箇所(ボトルネック)が、ジャンプに必要な活性化エネルギーの大小を決めます。
一部の格子点を同じ形式電荷のイオン(よりイオン半径が大きい、分極率が大きいイオン)で置換する方法により、ボトルネックの大きさや相互作用を適切にしてイオン伝導率の向上につながることがあります。
高イオン伝導体の例
拡散経路の形状から、高イオン伝導体の例を挙げます。
《三次元イオン伝導体》
三次元イオン伝導体としては、α-AgI(Agイオン伝導率・・・転移点146-融点555℃で1.3Scm-1、146℃以下では4桁以上低い;I–イオンが体心立方格子を形成し、Ag+イオンが多数の等価な格子間位置を高速で移動;「平均構造」、「超格子構造」と呼ばれています)が挙げられます。
《二次元イオン伝導体》
二次元イオン伝導体としては、Na-βアルミナ(Na2O・11Al2O3;Naイオン伝導率・・・2×10-1Scm-1,300℃;アルミナからなる層間にNaとOからなる層がはさまれた層状構造)が有名です。
最も大きな特徴は、異方性のイオン伝導性を示すことです。
高温作動型のナトリウム硫黄電池(300℃、正極・・・多硫化ナトリウム、負極・・・金属リチウム)の固体電解質として使用されています。
《一次元イオン伝導体》
としては、MxMgx/2Ti8-x/2O16(M=K,Rb,Csなど)などのホランダイト型酸化物が挙げられます。
2.リチウムイオン伝導性無機固体電解質(結晶質)
イオン伝導体を電池の電解質として使用するには、イオン伝導率が高いことに加えて、電気化学的安定性(電極活物質により酸化還元を受け難い、電位窓が広い)と化学的安定性(耐湿性、耐酸化性・難燃性)が必要です。
結晶質のリチウムイオン伝導性無機固体電解質として、ハロゲン化物、窒化物、酸化物、硫化物、ヒドリド錯体などが検討されてきました。現在は、酸化物系、硫化物系が中心となっています。
ヨウ化リチウム(ハロゲン化物)
他のハロゲン化物と異なり、ヨウ化リチウムはイオン伝導性(伝導率10-7Scm-1オーダー)を示します。I–イオンと他のハロゲン化物イオンとの分極率の差により説明されています。
分極率が高い対イオンがあると電子分布が変形し易くなり、拡散経路におけるクーロン力の影響を緩和し易くなることなどでイオンは拡散し易くなります。
イオン伝導率が低いので、一般的に使用する電池には適用できません。
しかし、その技術は心臓ペースメーカー用電池(正極・・・ヨウ素錯体、負極・・・金属リチウム)に利用されています。
これは、その高い安全性と自己放電が極めて少ないためです。
電池が放電すると電極間にヨウ化リチウムの薄膜が生成し、固体電池を形成します。
放電(電池の使用)に伴い、ヨウ化リチウムの厚み(内部抵抗)が増大して、5年程度で寿命となります。
放電に伴い生成したリチウムデンドライトがヨウ化リチウム層に孔を開けたとしても、電極との界面にヨウ化リチウムが生成してくるため、内部短絡し難いとされています。
二次元リチウムイオン伝導体
二次元リチウムイオン伝導体として、Li-βアルミナ(Na-βアルミナNa2O・11Al2O3をLiでイオン交換;イオン導電率・・・1.3×10-4,室温)、窒化リチウムLi3N(イオン導電率・・・1.0×10-3,室温)などが知られています。
二次元イオン伝導体は結晶粒界における電気抵抗が大きい傾向があること、窒化リチウムは分解電圧が低いことなどから、リチウムイオン電池の電解質としては、あまり検討されていません。
酸化物系
酸化物系としては、γ-リン酸リチウム型固溶体であるLISICON(Li Super Ionic Conductor)Li16-2xDx(TO4)4(D=Mg,Zn;T=Si,Ge)、NASICONに類似したLi1-xM2-xAx(PO4)3(M=Zr,Hf,Ti,A=Nb,Taなど)やLi1+xM2-xM’x(PO4)3(M=Ti,Ge,Hf,M’=In,Sc,Ga,Cr,Alなど)、NASICON(Na Super Ionic Conductor)Na1+xZr2SixP3-xO12、Li0.5-3xLa0.5+xTiO3などのペロブスカイト型、ガーネット型Li5La3M2O12(M=Nb,Ta)などが検討されています。
酸化物系のイオン伝導率(室温)は10-3~10-7Scm-1です。
遷移金属を含む場合、電気化学的な安定性から、負極として金属リチウム(合金)を使用できないという制約があります。また、粒界抵抗が大きい物質が多い傾向にあります。
酸化物系固体電解質の中では、ガーネット型の2価金属をZr4+に置換し、Liを格子間位置に導入したLi7La3Zr2O12(イオン伝導率3×10-4Scm-1,室温)が注目されています。比較的イオン伝導率が高く、粒界抵抗も小さく、金属リチウムに対して安定です。
硫化物系
硫化物系では、LISICONを分極率が高い硫黄に置換したThio-LISICONが注目されています。
高い室温イオン伝導率が大きな特徴で、Li3.25Ge0.25P0.75S4で2.2×10-3Scm-1、Li10GeP2S12で1.2×10-2、Li9.54Si1.74P1.44S11.7Cl0.3で2.5×10-2です。粒界抵抗も非常に小さいです。
ただし、酸化物系より化学的安定性が劣ります。
ヒドリド錯体系
近年、リチウムヒドリド錯体も注目されています。
LiBH4、[BH4]–の一部をI–で置換した固溶体、クラスターアニオン([B12H12]2-などのクロソ(環状)ボレート、[CB11H12]–などのカルボレートなど)型ヒドリド錯体などが検討されています。
固体電解質としてのリチウムヒドリド錯体の特徴は、耐還元性に優れるためLi負極に対して安定であること、変形し易く加工性が高いため良好な電極活物質との接着性が良好で界面抵抗が低減されること、他の固体電解質と比較して軽量であることです。
LiBH4は117℃付近で相転移し、リチウムイオン伝導率が約1000倍増大します(イオン伝導率1×10-3Scm-1,~120℃)。一部をI-で置換した固溶体3 LiBH4-LiIでは、室温でも高伝導性の結晶系が安定になります(イオン伝導率1×10-5Scm-1,~120℃)。
クラスターアニオン型では、室温イオン伝導率が10-3オーダーのヒドリド錯体も見出されています。
一方、リチウムヒドリド錯体の課題は正極活物質に対する安定性(耐酸化性)です。
また、メカニカルミリング処理によるイオン伝導体のナノ粒子化により、イオン伝導率が向上することが判明しています。
酸化物系や硫化物系は多原子アニオンを含み置換可能な原子が多いので、多様な構造を持つイオン伝導体を設計できる可能性があります。ヒドリド錯体系も同様です。
それぞれの課題の解決に向けて、検討が続けられています。
次回は、ガラス/ガラスセラミックスのリチウムイオン伝導性無機固体電解質をご説明します。
(日本アイアール株式会社 特許調査部 Y・W)