3分でわかる技術の超キホン 高分子ゲル電解質とリチウムイオン電池

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高分子ゲル電解質の解説(リチウムポリマー電池)

リチウムイオン電池に関する前回のコラム「真性高分子固体電解質とリチウムイオン電池」では、有機高分子系イオン伝導性物質と電解質塩からなり、溶媒を全く含まない真性高分子固体電解質について説明しました。
実用的な電池の電解質として使用するためには、イオン導電率が有機電解質と同程度(10-3S/cm)あることが必要です。

真性高分子固体電解質で達成するには、容易ではありませんでした。液体電解質使用による液漏れや、有機電解質使用による発火危険性を低減するため優先的に開発された電解質が、イオン導電率の点で有利であった、今回説明する高分子ゲル電解質です。

1.高分子の架橋とゲル化

架橋とは?化学架橋と物理架橋の違いは?

高分子鎖間や高分子内で化学結合(相互作用)を形成することを「架橋」と呼びます。
架橋により三次元網目構造(ネットワーク)が生成します。

結合力が強い共有結合による架橋を「化学架橋」、結合力が弱い非共有結合(ファンデルワールス力、双極子-双極子相互作用、水素結合など)による架橋を「物理架橋」と分類することがあります。

化学架橋では外力や高分子鎖の熱運動により架橋が消滅せず安定な架橋を形成し、その架橋体は大きな変形を受けても応答よく元の状態に復元します(弾性体)。
化学架橋された高分子としては、合成ゴムなどのエラストマー、紙おむつに使われている架橋ポリアクリル酸ナトリウムなどが代表例です。

物理架橋では外力や高分子鎖の熱運動により架橋が消滅したり生成したりするので、有限の寿命があります。
生成する架橋体は、外力に対する応答が緩やかで粘性と弾性を併せ持つ粘弾性体です。
物理架橋された高分子としては、コンニャク(多糖類マンナン)、ゼラチン(タンパク質コラーゲン)などが挙げられます。
 

架橋と高分子ゲル

架橋により生成した三次元網目構造は、溶媒などの液体媒質を吸蔵します。
ホストポリマー(架橋前のポリマー)のモノマー組成や分子量、温度、イオン濃度などを調整することにより、液体媒質を含み膨潤した架橋体を安定して得ることができます。

液体媒質を含み膨潤した架橋体は高分子ゲル(液体分散媒に有機高分子が分散したゲル)です。

化学架橋により生成するゲルを「化学(架橋)ゲル」、物理架橋により生成するゲルを「物理(架橋)ゲル」と呼びます。加熱により、物理ゲルはゾルに転移し流動性が出現します。
 

《「ゲル」と「ゾル」》

  • 「ゲル」・・・液体分散媒に、大きさが1nm~数百μmの粒子や液滴が分散し、粒子や液滴のネットワーク(粘性)により流動性を失った分散系
  • 「ゾル」・・・粒子や液滴のネットワークが僅かであり流動性を持つ分散系

 

2.高分子ゲル電解質

流動性を失った高分子ゲルの液体媒質にイオンを含有させれば、液漏れの恐れがなく、安全性の向上が期待される電池を得られる可能性があることから、高分子ゲル電解質は古くから検討されてきました。

特に、リチウムイオン二次電池への応用研究は1990年代に活発になり、1999~2000年にかけて、高分子ゲル電解質を使用したリチウムイオン二次電池が相次いで商品化されました。
一般的に「リチウムポリマー電池」と呼ばれるものは、このタイプを指します。

電池の電解質としては、化学的及び電気化学的安定性、イオン導電率、機械的強度、電極活物質層との接着力などに優れていることなどが必要です。少なくとも、液体電解質と同等の性能であることが求められました。
 

イオン伝導率と高分子ゲル電解質

イオン導電率の向上を目的として、いろいろな高分子ゲルが検討されました。

ポリエチレンオキシド(PEO)系、ポリアクリロニトリル(PAN)系、ポリメタクリル酸メチル(PMMA)系、フッ化ビニリデン(VDF)系共重合体、及び各構成モノマーの共重合体などの物理ゲル、化学ゲルです。

ホストポリマーの構造(分子量、重合形式、モノマー構成比、末端変性、グラフト化など)、電解質(イオン)の種類と濃度、溶媒保持率などを検討し、性能の最適化が図られました。
イオン導電率を上げるために溶媒保持量が上がるように高分子の網目構造を設計すると、機械的強度は低下する傾向にあります。電池製造には引張強度が要求される工程があるため、機械的強度は重要です。
 

《フッ化ビニリデンホモポリマー(PVDF)の特徴》

フッ化ビニリデンホモポリマー(PVDF)はエステル系溶媒中で膨潤しミクロ相分離構造によるミクロ多孔質層を形成するので、単独でも高分子ゲル電解質として機能します。
結晶性高分子であり、PEO系などより機械的強度、耐(電気)化学性、耐熱性が向上します。イオン導電率も高い傾向にあります。

しかし、溶媒保持力が弱く、加圧により容易に液体が浸出してしまう点が課題でした。
そこで、結晶性が低いヘキサフルオロプロピレン(HFP)などを共重合させることにより、溶媒保持力を改善させる工夫がされています。
 

高分子ゲル電解質の形成方法

高分子ゲル電解質の形成方法としては、

  • 高分子ゲル電解質フィルムを形成後に電極などと積層する方法と、
  • 高分子ゲル前駆体(プレポリマー、モノマーなど)、溶媒、電解質を電池内に封入後、重合などを行う方法

があります。
 

高分子ゲルの三次元ネットワークに加えて、化学的に安定な無機微粒子を添加して多孔質領域を形成し、その空隙に電解質溶液を含侵した高分子ゲル電解質も知られています。

また、機械的強度を向上させるために、高分子ゲル電解質層と支持層(電解液に溶解しない繊維からなる布状物質、繊維状無機充填剤など)を積層する方法なども提案されています。
 

スマホなどの電源として活用されているのは?

化学架橋したPEO系共重合体(末端メタクリル変性体など)からなる高分子ゲル電解質を含むリチウムイオン二次電池や、フッ化ビニリデン系共重合体からなる高分子ゲル電解質を含むリチウムイオン二次電池は、ICT用として商品化されました。

特に、フッ化ビニリデン系共重合体からなる高分子ゲル電解質を含むリチウムイオン二次電池(ラミネート型)は、現在でも、スマートフォンの電源として大量に使用されています。

 

(日本アイアール株式会社 特許調査部 Y・W)
 


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