分子構造と振動のタイプからみた温室効果ガスの働きとは?
「温室効果ガス」や「地球温暖化」という言葉をよく聞くようになりました。
気温の上昇に関連するイメージが湧いてくると思いますが、実際どのような原因で起こるのでしょうか?
このコラムで分子構造と赤外線吸収の切り口からその原因を見てみましょう。
1.赤外線とは?
まずは、関係が深い「赤外線」の基礎知識から確認していきます。
赤外線とは、780~10万nmの波長域の光のことを指します。
そして、赤外線の大きな特徴は強い熱作用があるということです。
このことから、赤外線は「熱線」とも呼ばれて、温室効果の直接原因となります。
ちなみに、可視光線の波長域は380~780nm、日焼けの原因になることで知られている紫外線の波長域は10~380nmです。
2.「温室効果」「温室効果ガス」とは?
地球の表面は主に窒素や酸素などの大気に覆われています。
大気中には水蒸気、二酸化炭素、メタンなどがわずかに含まれており、これらの気体は赤外線を吸収し再び放出する性質があります。
つまり、太陽光中の赤外線は、地球の表面から地球の外に向かって放出されます。赤外線の多くは熱として大気に蓄積され、再び地球の表面に戻ってきます。
戻ってきた赤外線が地球の表面付近の大気を温めることを「温室効果」(greenhouse effect)と、温室効果をもたらす気体を「温室効果ガス」(greenhouse gas, GHG)といいます。
温室効果のため、地球の平均気温はおよそ14℃に保たれています。
しかし、産業革命以来、人間が化石原料を大量に利用してきたことによって、大気への二酸化炭素の排出が急速に増加して温室効果が強くなり、地表温度も大幅に上昇しています。
温室効果ガスの中では、二酸化炭素は大気中の約0.04%とわずかですが、もっとも温暖化への影響度が大きいガスです。米プリンストン大上級研究員の真鍋淑郎氏は、大気中の二酸化炭素が増えると地表の温度が上がることを数値で示しました。これが地球温暖化予測の礎となり、2021年のノーベル物理学賞を受賞しました。
2013年のIPCC第5次評価報告書に「大気中の二酸化炭素(CO2)、メタン(CH4)、一酸化二窒素(N2O)は、過去80万年間で前例のない水準まで増加していると記述してあります。そして、各種温室効果ガスの人為排出量割合も出しています(CO2換算ベース、Figure 1)。
二酸化炭素(CO2)76.0%、メタン16.0%、一酸化二窒素6.2%、フロン類2.0%。
[Figure 1. Greenhouse gas emission ratio]
3.赤外分光法
二酸化炭素は地球温暖化に繋がる要素の一つだとわかりましたが、どのように赤外線を吸収しているのでしょうか?
最も直観で分かりやすいのは、赤外分光法による、二酸化炭素の構造と赤外線の吸収の解明でしょう。
以前の連載コラム「分析化学を学ぶ」のシリーズで、赤外分光法の内容があって、赤外分光の原理と装置について説明しました。興味のある方はそれをご参考ください。
簡単に言うと、試料がどの周期の赤外線をどれぐらい吸収しているかの測定をするのが「赤外分析法」です。
周波数(cm-1)をX軸、強度をY軸にして、赤外線の吸収状態を記録すると「赤外光吸収スペクトル」となります。分子振動のエネルギーは赤外光範囲にあり、赤外光を吸収して振動します。
さらに伸縮と変角振動を分けています(Figure 2)。
変角よりも伸縮振動のエネルギーの方が大きく、またシンプルで分かりやすいので、ここで伸縮振動の話だけをします。
分子内原子間の結合は一定の周期で伸び縮みします。その中に「対称伸縮振動」と「逆対称伸縮振動」があります(Figure 2)。
ただし、赤外光を吸収できる振動には「双極子モーメントの変化を伴うもの」という制限があります。2つの振動が互いに打ち消しあうものは、赤外吸収をしないということです。
[Figure 2. Types of molecular vibrations]
4.二酸化炭素分子の振動と赤外光の吸収
二酸化炭素分子CO2は直線状分子で、対称伸縮振動は双極子モーメントが変化しないため赤外光を吸収しませんが、逆対称伸縮振動は双極子モーメントが変化する為、赤外光を吸収します(Figure 3 a))。
実際figure3 b)の空気のIRスペクトルに示したように2349cm-1にとても目立つ吸収が見えますが、それは0.04%しか含まれていない二酸化炭素の逆対称伸縮振動に由来する吸収です。
CO2が温室効果ガスとして働くのは、赤外光を強く吸収する振動を持ち、大気を暖めるためです。
[Figure 3. a) Stretching type of CO2 b) IR spectrum of air]
同じ直線分子ですが、2原子分子の酸素O2や窒素N2は、逆対称伸縮振動ができないので、赤外光を吸収しません。また、非直線状分子の水H2Oの場合、対称伸縮振動、非対象伸縮振動どちらもモーメントが変化する為、赤外光を吸収します。
対称伸縮振動は3652cm−1、非対象伸縮振動は3756cm−1に位置します。
[Figure 4. Stretching type of H2O]
以上、今回のコラムでは、分子構造と振動タイプから温室効果ガス、特に二酸化炭素の働きを説明しました。
(日本アイアール株式会社 特許調査部 H・L)