環境技術化学

分子構造と振動のタイプからみた温室効果ガスの働きとは?

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温室効果ガス

「温室効果ガス」や「地球温暖化」という言葉をよく聞くようになりました。
気温の上昇に関連するイメージが湧いてくると思いますが、実際どのような原因で起こるのでしょうか?

このコラムで分子構造と赤外線吸収の切り口からその原因を見てみましょう。

1.赤外線とは?

まずは、関係が深い「赤外線」の基礎知識から確認していきます。

赤外線とは、波長 780~10万 nm の電磁波の総称です。赤外線には強い熱作用があり、物体の温度上昇に寄与します。このため赤外線は「熱線」とも呼ばれます。ただし、温室効果は赤外線そのものが原因ではなく、大気中の特定の気体が赤外線を吸収・再放射する性質によって生じます。

 

2.「温室効果」「温室効果ガス」とは?

地球の表面は主に窒素や酸素などの大気に覆われています。大気中には水蒸気、二酸化炭素、メタンなどがわずかに含まれています。
太陽光のうち多くは可視光として地表に届き、地表はこれを吸収して温まります。その地表が、吸収したエネルギーを主に遠赤外線(波長:3-100㎛)として大気に向けて放射します。この波長域は二酸化炭素、水蒸気、メタンなどの温室ガスが主に吸収する波長域に重なりますので、地表から放出された遠赤外線を効率よく吸収して、再放射し、その一部が地表に戻ることで地表付近の温度が上昇します。
この現象を「温室効果」(greenhouse effect)、この働きを担う気体を「温室効果ガス」(greenhouse gas, GHG)と呼びます。

温室効果により、地球の平均気温は約14℃に保たれており、生命の存在に不可欠な自然現象です。しかし、産業革命以降、人間活動によって化石燃料の使用量が急増したことで、二酸化炭素をはじめとする温室効果ガスの大気濃度が著しく上昇し、温室効果が強まりつつあります。IPCC第6次評価報告書を引用した気象庁のデータによると、2023年の世界平均CO2濃度は420.0ppmです。これは工業化以前の約278ppmから約1.5倍に増加したことを示しています。この結果、地表温度が上昇し、地球温暖化が進行しています。

温室効果ガスの中では、二酸化炭素(CO2)の濃度は現在大気中の約0.04%とわずかですが、大気中に長期的にとどまりやすいため、温暖化への影響が最も大きいとされています。米プリンストン大学の真鍋淑郎氏は、大気中の二酸化炭素濃度の上昇が地表温度の上昇につながることを数値モデルで示し、この業績により2021年にノーベル物理学賞を受賞しました。

2013年のIPCC第5次評価報告書によれば、大気中の二酸化炭素(CO2)、メタン(CH4)、一酸化二窒素(N2O)は、過去80万年間で前例のないレベルに達しており、温室効果ガスの人為起源排出量の割合(CO2換算)は以下の通りです(Figure 1)。

[二酸化炭素(CO2)76.0%、メタン16.0%、一酸化二窒素6.2%、フロン類2.0%]

ガス別・排出量の内訳
[Figure 1. Greenhouse gas emission ratio]

 

3.赤外分光法による赤外線吸収のしくみ

二酸化炭素がどのように赤外線を吸収するのかを理解するために、有効な手法が「赤外分光法」です。
赤外分光法は、試料がどの波数(周波数)の赤外線をどれだけ吸収しているかを測定する分析法です。連載コラムシリーズ「分析化学を学ぶ」でも原理や装置を紹介していますので、興味がある方は参考にしてください。

測定では、横軸に波数(cm-1)、縦軸に吸収強度をとり、赤外線の吸収状態を記録した「赤外吸収スペクトル」が得られます。分子は固有の振動エネルギーを持ち、そのエネルギーが赤外領域にあると、相当する波数の赤外線を吸収します。

分子の振動には大きく「伸縮振動」と「変角振動」があり、今回は理解しやすい伸縮振動に焦点を当てます。
分子内の結合はバネのように周期的に伸び縮みし、この伸縮振動には「対称伸縮振動」と「逆対称伸縮振動」があります(Figure 2)。

ただし、どの振動でも赤外線を吸収するわけではなく、振動によって分子の双極子モーメントが変化する場合のみ赤外吸収が起こります
双極子モーメントの変化が生じない振動、あるいは振動同士が打ち消し合って変化が現れない場合、その振動は赤外線を吸収しません。

 

対称伸縮振動と逆対称伸縮振動
[Figure 2. Types of molecular vibrations]

 

4.二酸化炭素分子の振動と赤外光の吸収

二酸化炭素分子(CO2)は直線状分子であり、複数の振動モードを持っています。このうち、対称伸縮振動は分子全体の双極子モーメントが変化しないため赤外光を吸収しません。一方、逆対称伸縮振動は双極子モーメントが変化するため、赤外光を吸収します(Figure 3 a))。
実際、figure 3 b) の空気のIRスペクトルに示したように2349cm-1(約4㎛)付近に非常に強い吸収ピークが見られます。これは大気中にわずか約0.04%しか含まれていない二酸化炭素によるもので、その存在が強く反映されています。この強い赤外線吸収特性が、CO2が温室効果ガスとして働く背景になっています。

CO2が温室効果ガスとして働くのは、赤外線を強く吸収する振動モード(逆対称伸縮振動や曲げ振動)をもち、その吸収によって大気中の熱エネルギーを保持するためです。

 

二酸化炭素分子の振動と赤外光の吸収
[Figure 3. a) Stretching type of CO2 b) IR spectrum of air]

 

同じ直線分子ですが、2原子分子の酸素(O2)や窒素(N2)は、振動しても双極子モーメントが変化しないため、赤外光を吸収しません。そのため、これらは温室効果ガスにはなりません。
一方、非直線状分子の水(H2O)は、振動に伴って双極子モーメントが変化するため、複数の赤外吸収ピークを持ちます。

代表的な伸縮振動は以下の位置に現れます。

  • 対称伸縮振動:3652cm−1(約3㎛)
  • 非対称伸縮振動:3756cm−1(約3㎛)

これらに加えて、水には曲げ振動などの他のモードもあり、多数の吸収帯を持ちます。
水蒸気が温室効果ガスとして強い影響を持つのは、このように赤外光をよく吸収する振動モードが豊富に存在するためです。

 

水(H2O)の対称伸縮振動、非対称伸縮振動
[Figure 4. Stretching type of H2O]

 

以上、今回のコラムでは、分子構造と振動タイプから温室効果ガス、特に二酸化炭素の働きを説明しました。

 

(日本アイアール株式会社 特許調査部 H・L)


《引用文献、参考文献》


 
 

 

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