組成を知る:固体表面の分析方法(AES/EPMA/XPS/XRF) 《機器分析のキホン⑤》

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分析機器

1.《組成を知りたい》固体表面の分析方法・分析機器

成分を特定する方法の原理については、当連載コラムの第2回「非破壊で定量的に知る方法:励起と検出の組合せと信号の解釈」で既に簡単に説明しましたが、ここでは改めて固体表面を分析する具体的な装置について、少し詳しく説明していきます。

第2回のコラムで説明した分析方法を、励起と信号という形で整理すると、次の表のようになります。
 

【表1 励起及び検出する対象と、対応する分析方法】
X線と電子

 
下の図も既に第3回のコラム「分析対象の測定場所の絞り込み方法、形状・構造を知る方法」で示したものと同様の物ですが、この図を使って、励起と信号の組み合わせでどの領域の分析ができるかを考えてみましょう。

励起を平面的にどの程度絞れるか(a)と信号がどの程度広がった範囲から出てくるか(b)によって、水平方向の位置分解能が決定され、励起がどの程度の深さまで侵入するか(c)、信号がどの程度の深さから脱出できるか(d)ということに応じて、検出深さが決定されます。

 

検出深さ
【図1 位置分解能と検出深さ】

 

電子線・X線の励起と検出深さ

励起については、電子線が数nmまで絞れるのに対し、X線はせいぜい数十μmというところです。

また、電子が脱出できる深さが数nmであるため、信号として電子を使う場合は検出深さが数nm となります。
一方、X線については、事実上どのような深さからも脱出できるため、信号としてX線を使う場合、励起の侵入深さ(信号発生領域)で検出深さが決定されます。

 

2.オージェ電子分光法(AES)

オージェ電子分光法(AES: Auger Electron Spectroscopy)は、電子で励起し、電子を検出するタイプの分析ですので、水平、垂直方向とも数nmという微小領域の分析が可能です。

 

オージェ電子分光法
【図2 オージェ電子分光法(AES)のイメージ】

 

ただし、表面から浅い部分の分析が可能ということは、表面の影響を受けやすいということで、不純物が表面に付着しないように一般的なSEMに比べて試料室の真空度を高くする必要があります。また、試料室に入れる前に表面に付着した不純物を削り取るために、イオンスパッタを備えており、これは「イオン銃」とも呼ばれます。

このイオン銃を用いて試料を一定量掘り込み、分光測定を行うということを繰り返せば、試料の深さ方向の元素分布を調べることも可能です。

 

掘り込みを併用したオージェ電子分光法測定
【図3 掘り込みを併用したオージェ電子分光法測定】

 

現在市販されているオージェ電子分光装置は、試料表面を電子線が走査できるようになっているものが一般的で、平面方向の元素分布を調べる(マッピング)ことも可能です。
電子で励起するため試料が帯電しやすく、導電性の試料に向いていますが、イオン銃から低エネルギーのイオンを照射して電子による帯電を中和することで、絶縁体の試料も分析することが可能です。

 

3.電子線マイクロアナライザ(EPMA)

電子線マイクロアナライザ(EPMA: Electron Probe Micro Analyzer)では、電子で励起し、特性X線を検出します。位置分解能は、水平、垂直とも励起が及ぶ範囲、数μm程度です。試料の表面状態にあまり左右されないのも特徴です。

 

電子線マイクロアナライザ
【図4 電子線マイクロアナライザ(EPMA)のイメージ】

 

電子線照射によって発生する特性X線のエネルギーを測定して、試料の組成元素を特定するという点で、SEMに取り付けたEDS(*)とよく似ていますが、EPMAではEDSの代わりに波長分散型X線分析装置WDS: Wavelength Dispersive X-ray Spectroscopy)を用います。

(*)関連コラム:連載第4回「電子顕微鏡(TEM,SEM)と走査プローブ顕微鏡(SPM)」をご参照ください]
 
WDSは結晶格子(分光結晶)によるX線の回折現象を用いて波長を測定するもので、全元素の波長域をカバーするためには複数の分光結晶と検出器、それらを駆動する装置が必要になるため大掛かりになり、しかも測定には時間がかかりますが、エネルギー分解能(波長分解能)はEDSより、ほぼ一桁良くなります

 

波長分散型X線分析装置
【図5 波長分散型X線分析装置】

 
これによって、多元素のスペクトルが重なるという可能性が低くなるとともに、検出限界も桁違いに改善されます。また、電子線を走査することで、線分析、面分析が可能です。

 

4.X線光電子分光法(XPS)

X線光電子分光法XPS: X-ray Photoelectron Spectroscopy)は、ESCA(Electron Spectroscopy for Chemical Analysis)とも呼ばれます。
X線で励起しますので水平方向の分解能は数十μmですが、電子を検出しますので、深さ方向には数nmの範囲の情報を拾うことになります。

 

X線光電子分光法
【図6 X線光電子分光法(XPS)のイメージ】

 

励起X線のエネルギーと放出された電子の運動エネルギーの差から電子殻のエネルギー準位を導きますので、励起X線のエネルギーがわかっている必要があり、一般的にはMgのKα線や、AlのKα線が使われます。

電荷を持たずかつエネルギーの低い軟X線で励起しますので、試料の損傷が少ないこと、絶縁物の帯電が容易に除去できることから、高分子材料など多くの材料に対する分析が可能です。また、AES同様、イオンスパッタを備えており、深さ方向分析をすることができます。

 

XPSと化学シフト

XPSの最大の特長は、化学結合状態についての情報を得られるということです。
ある元素が別の元素と結合すると電子状態が変化し、XPSで得られるピーク位置も変化します。
これを「化学シフト」と呼び、シフト量からどのような元素と結合しているのかを特定することができます。

 

化学シフト
【図7 化学シフト】

 

原理的にはAESなどでも化学シフトは観察されますが、AESの場合、放出電子のエネルギーには三つの電子殻のエネルギー準位が関わっているため、解釈が複雑になります。

 

5.蛍光X線分析法(XRF)

蛍光X線分析法(XRF: X-ray Fluorescence Analysis)では励起、信号ともにX線を用いますので、微小な位置分解能が必要ではない場合に多く用いられます。

 

蛍光X線分析法
【図8 蛍光X線分析法(XRF)のイメージ】

 

XRFの一番の特長は、試料を真空中に置く必要がないことで、固体はもとより、液体、気体の分析も可能で、環境分析等にも用いられています。

信号である蛍光X線(特性X線)のスペクトルを得るための方法としては、EPMAの項で説明した、WDSとEDSの二種類があり、目的によって使い分けられています。特に後者は小型軽量化が簡単であるため、製造現場での品質管理に適しており、非破壊での製品検査、故障部の解析、混入異物の特定、元素分布の把握などに応用されています。

 

組成はわかったけれど、ではどんな結晶構造をしているの?あるいは、分子構造は?
こんな疑問に答えるための機器分析方法として、次回はXRD、FT-IR、Raman、NMRについて解説します。

 

(アイアール技術者教育研究所 H・N)

 

【連載:機器分析のキホン】

 

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