食品業界の技術自衛策 ~ノウハウ管理を知ろう~

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前回のコラム(「食品業界の「特殊」な事情 ~食品技術者よ、特許に強くあれ~」)では、ノウハウを隠し通すことによって独自の味を守ることが中心だった食品製造業界で、近年特許をうまく使って技術開発をしようという動きが活発になってきたことをお伝えしました。

しかし、もちろん現在もノウハウの保護が食品業界の技術開発にとって大切なポイントであることは間違いありません。

「ノウハウって敢えて特許を出願しないで隠しておくものだよね。じゃあ、社員に緘口令をしいておけばいいんでしょ?」・・・いえいえ、そんなに単純な話でもないのです。

今回は、安全にノウハウを隠す方法について、簡単にまとめました。
 

・・・で、ノウハウって何?

「●●学習塾 ××大学△△人合格のノウハウ」「恋愛に関するノウハウ教えます!」など、まじめなものから怪しいものまでさまざまな商品の売り文句となる「ノウハウ」という言葉。

日常会話では、「その道の人だからこそわかるコツ」とか、「昔かたぎの職人さんの背中から弟子が見て盗むモノ」、というイメージで使っているのではないでしょうか。
でも、製造業で使われる「ノウハウ」とはそんなふわふわした意味でいいのでしょうか?

国際商業会議所(ICC)のノウハウ保護基準条項(1960年)をみてみましょう。
ノウハウとは「単独で又は結合して、工業目的に役立つある種の技術を完成し、またそれを実際に応用するのに必要な秘密の技術的知識と経験、またはそれらの集積」と定義されています。
ここでは、ノウハウ(技術秘訣)とはたんに職人一人ひとりの頭の中にあるカンのことではなく、組織としてきちんとした手続きによって秘密にしている技術にまつわる知識・経験などとそれをまとめたもの、ということです。

この定義のように、日本では製造業におけるノウハウは、ある手順を踏むことで、法律に基づいて守ることができます。
「不正競争防止法」の「営業秘密」と、「特許法」によるいわゆる「先使用権」がそれにあたります。

このコラムでは、特許法の「先使用権」にスポットライトを当ててご紹介します。
 

じゃあ、先使用権ってなに?

たとえば、ふつうの工場では小麦粉をそのまま使ってパンを作るところ、その小麦粉を120℃で15秒間加熱してから使うと程よい風味がでる、などという極秘レシピをもって30年前から製造を続けているパン製造OEM工場の1つ、はつめいベーカリー。

最近たまたまお客様から「100℃~130℃で3~20秒間加熱した小麦粉を使うことを権利範囲として、そっくりなパンの作り方が他の会社から特許出願されて登録されたみたいだけれど、うちの委託している商品って大丈夫?」と問合せをいただきました。

長年使っていたレシピが、つい最近出願された特許によってライバル企業の権利になってしまった場合、はつめいベーカリーはもうこの製法を封印しなければならないのでしょうか!?

実はあらかじめこのレシピを使ってビジネスをしていた、という証拠をきっちり残していれば、はつめいベーカリーが「先使用権」を主張して、ライバル会社にライセンス料を払うこともなく、レシピを使い続けられる可能性があるのです!

先使用権が認められるには、はつめいベーカリーが以下の4つのポイントを全て証明できる「証拠」を持っていなければなりません。

  1. はつめいベーカリーがその登録された特許と無関係に、その方法を独自に編み出したか、またはその方法を正当に譲り受けたこと。
  2. はつめいベーカリーが、すでにその方法を使って事業を行っていたり、事業化の準備をしていること。
  3. その登録された特許が出願された時点で、はつめいベーカリーがその方法を使った事業を続けているか、事業化の準備をしていたこと。(このレシピを10年前に1年間だけ使っていたけれど、この特許の出願されたときにはもう使用していなかった、という場合は対象外)
  4. はつめいベーカリーが日本国内でその方法を使った事業を続けていたり、事業化の準備を行っていたこと。

しかもその「証拠」は、少なくともこの日には実施していた、という昔の日付が法的に証明できるものでなければなりません。

 

先使用権の証拠はどんなものがいいの?

先使用権のきちんとした証拠になるように、研究開発段階から事業の準備や実施の段階まで、関連資料を日頃から収集して残しておくことが必要です。
残したらよい資料の例を以下にまとめます。

  • 研究開発段階の資料としては、研究ノートや技術・研究報告書
  • 事業化準備の決定から準備期間では事業決定開始書、設計図・仕様書や見積書・請求書など。
  • 事業が実際に開始された後の期間では、工場の作業日誌・作業記録、カタログ・商品取扱説明書、製品自体や販売・発注伝票など。製造方法の改善や修正などの形式(仕様)変更にまつわる資料なども考えられます。[1]

たとえばはつめいベーカリーの例では、ライバル会社の特許を見つけたお客様との取引の資料も必要となるでしょう。
社内の各部署と協力・連携して、証拠集めできる体制を整えておきましょう。

また、この資料はきちんとこの技術とこの製品にまつわるものだと主張できるように、証拠同士をきちんと関連させて管理しておくことが必要です。

製品の仕様変更の際には、仕様変更前と後でも、同じ技術が使われ続けていることが分かるような内容にしておかなければなりません。 [1]

 

法的に証拠になる日付って、どうやって残したらいいの?

単に研究開発者がノートに手書きしただけの日付では、証拠として不十分といわれるかもしれません。せっかく集めた資料の証拠能力を高めるには、公証制度タイムスタンプを使いましょう。

公証制度

証拠書類を公証役場に持ち込めば、公証人が確定日付をつけたり、公正証書を作成してくれます。
少なくとも、公証の日付にはこの書類が存在した、という法的に信ぴょう性の高い証拠となります。
持ち込んだ書類はしっかり封印することで、あとからその証拠を書き換えたり差し替えたりの不正をしていないことも証明できます。
このような「確定日付」付与の手数料は1件700円程度とお手頃価格なので、利用する方も多いのではないでしょうか。

タイムスタンプ

タイムスタンプとは、電子データ(電子ファイル)自体が「この日時には存在していた」ということを証明する時刻情報をつけることです。
もちろん、これも公証制度と同じように、スタンプ後の改ざんなどの不正がないことの証明にもなります。
オンラインで手続きできるため、付与作業が簡単です。大量の書類でも、フォルダごとまとめて証明するのに便利です。
電子ファイルなので保管場所がいらないというメリットはありますが、証拠同士の関係性がわかるようにひも付けをして整理しておくことが大切です。

 

起こってからではもう遅い!準備がすべてのノウハウ保護!

ここまで見てきたように、ノウハウの管理・運用は全社的に、相当の手間が必要な作業です。
トラブルが起きる何年も前から、しっかり備えておかなければ意味がありません。

情報を公開してもいいから特許で守るのか、十全の準備ができるからノウハウとして隠すのか、社内で方針を決めてから着手しましょう。
 
 
(参考文献)
[1] 特許庁「先使用権制度の活用と実践~戦略的な知財保護のために~」(ダウンロード2019.5.19)
p30, p31, p43,
 
(※本稿は中谷技術士事務所中谷明浩講師からのご寄稿を、日本アイアールが再構成したものです)
 

中谷先生による ”食品業界の特許” に関するセミナー情報はこちら

ノウハウ保護・営業秘密に関するセミナー・研修も併せてご参照ください。

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