【工場運営AtoZ】ホントに想定外?パニックを防ぐための「緊急事態訓練」のあり方
安全衛生、環境対策に関するコラムの締めくくりとして、「緊急事態対応訓練」について取り上げます。
皆さんの工場、職場でも防災訓練あるいは環境緊急事態対応訓練を年に一度は実施していると思いますが、最初に、緊急事態に遭遇した時の人の行動について考えてみましょう。
日本初のウィンブルドン選手が浮き彫りにした課題
~ 緊急事態こそ、日ごろの姿勢が出る ~
ちょっと脱線しますが、テニスのウィンブルドン大会で、1920年、日本の清水善造という人が当時世界ナンバーワンのアメリカ人、チルデンと戦った時のエピソードが残っています。
試合のラリー中、足を滑らせて倒れたチルデンの近くに、清水善造がとりやすいゆるいボールを返し、それをスポーツマンシップと考えた観客が、われんばかりの拍手を送ったのだそうです。
戦前の日本の修身の教科書には、武士道を教える題材として載っていたようですが、上前淳一郎著の「やわらかなボール」では、この行為はそのようなものでは断じてなく、単にどこへ打とうか迷った挙句、中途半端に返球してしまったのだと論じています。
体育会テニス部出身者として、この意見に同意したいと思います。
強引な論理展開を許していいただければ、練習のやり過ぎ、もっと言えば実践的でない練習のやり過ぎのなせる業だと思います。
通常の練習メニューには、対戦相手が転ぶという想定は入っていません。
ことに基礎練習が好きな日本人は(最近は変わってきたでしょうが)、相手のいないところに打つより、相手の打ちやすいところに返す練習ばかりをやっていたので、びっくりして、普段やっている通りにしかできなかったというのが真実に近いのではないでしょうか。
安全衛生対策のコラムで述べたフェーズ理論によれば、フェーズIVのハイパーノーマル状態になって、立ちすくむ、パニックに近い状態だったのではないかと思います。
結果的に、チルデンは的確な返球をし、清水善造は試合に負けてしまいました。
必ず起こるパニックに対処するには、パニックを経験してみること
また、最近高齢ドライバーのブレーキとアクセルの踏み間違いによる事故が多発して、社会問題になっていますが、これも典型的なパニック状態だと思われます。
間違ってアクセルを踏むという緊急事態になっても、直ぐにブレーキに踏みかえれば何のことはないのですが、パニックになって足が動かなくなってしまい、大事故につながるのです。
私見ですが、高齢者の免許更新の条件に、ドライビングシミュレーターを用いた突発事故を体験させ、的確にブレーキ操作ができるかの判定を加えたらどうでしょうか(一部で既にやられているかもしれません)。
できない人には繰り返し練習させ、誤操作が多い人には踏み間違い防止装置が装備された車に限定の免許にするなどの対策が有効ではないかと思っています。
「パニックを経験すること」が一番のパニック対策です。
リアリティのある緊急事態対応訓練が、有事に強い工場を作る!
工場でも、本当に緊急事態が起こったら、多くの人が必ずあわてる、パニックになる、と考えるべきだと思います。
逆に、これは練習したことのあるパターンだと思えれば、パニックにもならず、練習通りに行動してもよいし、多少のバリエーション、より的確な行動を考える余裕も生まれるのです。
落ち着いて考え行動することが、被害最小化の最善策です。
緊急事態対応訓練の成否は、訓練計画を立てるところで殆ど決まってしまうと言っても良いかもしれません。
訓練計画通りに行動できたかも大事ですが、事前準備、事後の反省がもっと大事です。
つまり、現実的な想定ができていたか、訓練参加者は真剣に取り組んだか、本当に想定通りに動作できるのか、その通りやれば問題を最小化できるのかなどを事後にレビューし、次の訓練に生かすことが大切です。
加えて、ほかにもっと発生確率の高い緊急事態は想定されないか、あるいは発生確率は低いが、影響が甚大な緊急事態は想定されないか、という視点からも常に訓練を見直す必要があります。
「想定外」って、ホントに想定外?
形式的な訓練は百害あって一利なしです。
訓練をしたという慢心がかえってマイナスになりますし、訓練をさせていたのだけれど、という管理者の言い訳材料にすぎません。
絶えず、自分たちの工場の実態にあわせた、より良い訓練を目指してください。
大きな災害のあと、「想定外だった」と言う言葉を最近よく耳にしますが、ほとんどが想定すべきことだったと思いませんか?
皆さんの工場での緊急事態後のコメントが、「想定していたので、何の混乱もなく対応できた」であることを祈っています。
(アイアール技術者教育研究所 最近、車の運転に自信がなくなった元工場長H・N)