【技術者のための法律講座】秘密保持契約(NDA)の前提知識と主なチェックポイント

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技術者が知っておくべき秘密保持契約の基本
 
製造業に従事する技術者・研究者である皆さんは、他者との間の共同開発、共同研究、サンプル評価、業務委託等の際、”秘密保持契約書(機密保持契約書、NDA)“を作成・締結したり、チェックした経験があると思います。
秘密保持契約は、他者とのビジネスの基本、第一歩とも言えるでしょう。
 

「秘密保持契約」とは?

おそらく皆さんもよくご存じとは思いますが、先ず辞書・辞典で用語について確認してみたいと思います。

「個人または法人が所持する、一般に公開されていない秘密情報を第三者に開示されたり、想定外の目的に使用されたりすることを防止するために締結する契約。守秘義務契約。非開示契約。ノンディスクロージャーアグリーメント。NDA(non-disclosure agreement)。CA(confidential agreement)。」

(出典:小学館デジタル大辞泉 「秘密保持契約」より)
 

「各種の政府間外交交渉のほか、企業のM & A(合併・買収)、事業売却、提携、アウトソーシングや、従業員の退職時などに、機密情報が第三者に漏洩(ろうえい)したり、想定外の目的で使われたりしないように締結される。守秘義務を伴う機密情報を取り扱う場合や、守秘義務のない立場の人に業務を依頼する場合などに、秘密保持契約が結ばれる。契約には、秘密情報の内容、開示範囲、保持方法、使用目的、情報の取り交わし期間、保持期間、返還方法などのほか、契約に違反した場合、契約相手に対し損害賠償請求や差止め請求できる内容を盛り込む。

(出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) 「秘密保持契約」より抜粋。下線は筆者)
 
「秘密保持契約」という用語は、「機密保持契約」の他「守秘義務契約」や「非開示契約」などと呼ばれることもあります。
また、英語の略である「NDA」や「SA」と、簡単に呼ばれることも多いようです。
 

双務(そうむ)契約と片務(へんむ)契約

秘密保持契約は、双務契約と片務契約の2種類に大別されます。
前者は両当事者が相互に秘密情報を開示しあい、双方が秘密保持義務を負う場合で、後者は一方の当事者のみが相手方に秘密情報を開示し、開示される側(受領側)が秘密保持の義務を負うというタイプの契約です。

片務型契約の場合、秘密情報の受領側が、開示する側に秘密保持誓約書を差し入れる差入方式、すなわち記名押印者は受領側だけというケースが多いですが、契約の存在自体が秘密情報である場合は、双務契約を結ぶ必要があります。また、片務型契約であっても、秘密保持義務を負う者を一方当事者のみとして、双方が記名押印することもあります。
なお、片務契約を前提に検討していた場合でも、受領側(秘密保持義務を負う側)は、「本当に自分達から開示する秘密情報はないのか?」という点を十分に検討し、開示する秘密情報があるときは双務契約とする必要があります。
 

なぜ秘密保持契約を結ぶのか?そのメリットとは

秘密保持契約は民事上の契約であるため、契約違反が発覚した場合には相手方へ差し止めや損害賠償を請求し、当事者同士で解決できない場合は民事訴訟を行うことになります。
契約違反自体で刑事上あるいは行政上の刑罰が与えられることは通常ありませんが、違反の内容に法律違反が含まれればそれについて裁かれることはあり得ます。

また、本連載コラムの「これだけは知っておきたい営業秘密(技術ノウハウ)の守り方」でも触れましたが、契約違反が不正競争防止法違反となる場合、民事上の責任だけでなく、刑事上の措置をとることができる場合もあります
(※詳細を知りたい方は、経済産業省の資料「営業秘密の保護・活用について」をご参照ください)

つまり、秘密保持契約を締結していることによって、相手側に契約違反の責任を負わせたり、不正競争防止法違反の追及が容易になるというメリットがあるのです。

なお、秘密情報は、「秘密管理性」「有用性」「非公知性」の3要件を満たして「営業秘密」に該当することによって、不正競争防止法で保護されます。営業秘密の不正競争行為に対しては損害の推定規定が適用されたり、差止請求が認められたりといった、救済措置を受けることが出来ます。この営業秘密の3要件うち、特に「秘密管理性」が認められるか否かが問題となるケースが多いのですが、秘密管理性要件を判断する上で重要と考えられている事項の一つが、「秘密保持契約等の契約上の措置」を採っているかという点です。

以上の法的責任追及に加えて、相手方が秘密を保持し、目的外に情報を利用しないようにする予防・牽制的効果があるという点も、秘密保持契約を締結する大きなメリットと言えるでしょう。
 

秘密保持契約を結ぶ際の検討事項

秘密保持契約を締結する際にどのようなことに注意する必要でしょうか?契約書を作成する立場で得なくても、担当技術者といえども、何が必要であるかは把握しておく必要があります。いこ
連載コラムの「技術契約の基礎知識」で簡単に触れましたが、もう少し具体的に検討してみましょう。

先ず、経済産業省のパンフレット「知財を使った企業連携4つのポイント」を見てみましょう。
このパンフレットのP8には以下のことが記載されています。


秘密保持契約(NDA)のポイント

1.NDAは結ぶだけで安心してはいけません。

  • 相手方への情報提供の方法も契約で規定して、契約内容(例:秘密文書であることの表示方法)に従った運用を徹底する必要があります。
  • 漏えいした場合に、自社の経営に大打撃を与えるような重要な情報を開示 / 受領する場合は、当該情報を台帳に記録して、証拠を残しておくなどの方法もあります。

2.NDAは秘密保持義務と目的外使用禁止義務で構成されています。

  • NDAでは、①情報を秘密裏に保持する義務(秘密保持義務)だけでなく、②契約で定められた一定の目的以外に情報を流用してはならない義務(目的外使用禁止義務)を設けることが一般的です。
  • 例えば、サンプルの社内流用は、外部への開示ではないので①秘密保持義務違反に当たりませんが、②目的外使用禁止義務を NDAに規定しておけば NDA 違反を問うことができ、サンプルが流用されてしまうリスクを低減できます。

この説明からわかるように、先ず重要なことは「秘密保持義務」と「目的外使用禁止義務」がしっかりと規定されているかどうかという点です。

「秘密保持義務」とは、開示した秘密情報について、他者への漏洩・開示を禁止して、適正な管理を義務づけることです。

また、「目的外使用禁止義務」とは、開示した情報について開示目的以外の目的に使用することを禁止することです。受領側が情報を自社内から漏らすことなく、勝手に自社製品に流用するような場合、「秘密保持義務」だけでは対応できません。これに対応するために、「目的外使用禁止義務」を規定する必要があります。その前提として契約の「目的」も明確にする必要があります。

 

秘密保持契約の標準的な条項と主なチェックポイント

以下、秘密保持契約で通常規定される項目を列挙し、それぞれについて簡単にコメントします。

①開示目的:

できるだけ具体的に記述する。

②秘密情報の定義・特定(情報の内容、開示の方法、適用除外):

重要な情報については、具体的に列挙する。形式上は秘密情報に該当しても、実質的に見て保護に値しない情報を保護の対象から外す。

③秘密保持義務:

開示漏洩の禁止。受領側が従業員等に対しても秘密保持義務を課す、という定めも必要。

④第三者への開示の禁止:

例外として法令上必要な場合や裁判所から求められた場合は開示できると規定する場合もある。

⑤目的外使用の禁止:

上記の通り。

⑥秘密情報の返還・破棄:

開示目的が完了したときなど、秘密情報やその複製物の返還や破棄を定める。受領側に対して、破棄した旨の証明書や誓約書の提出を義務付ける規定が設けられる場合もある。

⑦複製禁止、分析・解析・リバースエンジニアリングの禁止:

秘密情報の複製のほか、秘密情報の特定を曖昧にする行為、漏洩や目的外使用につながりうる行為、秘密情報の改変・分析・解析・リバースエンジニアリングを禁止する規定を定める。

⑧秘密情報の帰属:

秘密情報を開示したからといって、権利が移転したりライセンスがなされたりすることがない、という点を明記する。

⑨知的財産権、成果物の取扱:

秘密情報に基づいて発明、考案、意匠の創作、著作権、ノウハウが生じた場合、開示側への通知義務を定める。

⑩損害賠償:

秘密保持義務に違反した場合に生じた損害の賠償については、契約書に書いていなくても、民法415条(債務不履行)に基づき、そのような効果は生じるが、規定する場合が多い。違反によって一定の違約金の支払義務が生じるようにする、という規定も考えられる。

⑪有効期間:

開示する情報の重要性や陳腐化速度などを考えて、かつ受領側から見れば管理の手間を考えて妥当な期間を定める。
 

英文での秘密保持契約書

皆さん自身が英文で契約書を作成する機会は稀と思いますが、英文の契約書をチェックする機会はあると思います。少し古い資料ですが、財団法人食品産業センターが作成した英文版秘密保持契約書条文文例(日本語との対訳)という資料がありますので、興味がある方はご覧ください。

 

会社等と従業員との秘密保持契約

以上は他者との秘密保持契約を想定して述べましたが、会社等の組織とその従業員が秘密保持契約を締結する場合が多々あります。
従業員は本来、労働契約の存続中は、使用者の営業上の秘密を保持すべき義務を負っていますが、なぜ会社はわざわざ従業員との間で秘密保持契約を結ばなければならないのでしょうか?
その意義について考えてみましょう。

<組織と従業員の秘密保持契約の意義>

  1. 秘密保持義務の内容を明確にすることができる。
  2. 従業員に秘密保持義務を理解させ、秘密保持義務違反を抑止することに役立つ。
  3. 秘密保持契約は、営業秘密の3要件の1つである「秘密管理性」の要件を満たしているかの判断基準になるため、従業員との間でも適切な内容の秘密保持契約を結んでおけば、営業秘密の最重要要件である「秘密管理性」 要件の認定においてプラスになる。

このような秘密保持契約は、通常、従業員から組織に対して秘密保持誓約書を差入れる形式が多いようです。
皆さんも経験があると思いますが、入社時・退職時に秘密保持誓約書に記名押印し、提出することが多いと思います。また、異動や在職中のプロジェクト参加時に秘密保持誓約書を提出するケースもあります。

(日本アイアール株式会社 A・A)
 

秘密保持契約に関する社内教育におススメの教材はこちら(知的財産研修センターのサイトへ)
知財教育専用eラーニング「IPe-L」シリーズ
 

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