パワー半導体がEVに不可欠な理由は?車載用パワーデバイスが基礎から分かる

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パワー半導体の基礎知識

地球環境に優しい自動車として、電気自動車EV(Electric Vehicle)が注目されています。
EVは「電気を動力源とする乗り物」という意味なので、EVという言葉にはバイク、電車、航空機も含まれますが、この記事では[EV=電気自動車]として、EVを構成する三つの基本要素EVに不可欠なパワー半導体の概要を紹介します。

1.劇的なパラダイム・シフト(EVシフト)

欧米の主要各国は、二酸化炭素や排気ガスを排出するガソリン車、ディーゼル車、ハイブリッド車の新車販売を2035年までに禁止すると発表し、日本もこの動きに追随しています。米国のEVベンチャー企業が飛躍的に成長し、日米欧の大手自動車メーカーも急速なEVシフトを始めました。

ガソリンや軽油などを燃焼させて自動車の駆動力を作り出す機械式のエンジン(内燃機関)は構造が複雑で、構成要素である部品の数が非常に多く、性能と信頼性の高いエンジンを実現するためには極めて高度な技術力を必要としますが、EVはエンジンを搭載していません。

今年は日本の鉄道開通150周年という記念すべき年ですが、このEVシフトの動きは、正に、蒸気機関車が電気機関車(電車)に入れ替わった歴史に匹敵する劇的なパラダイム・シフトです。

 

2.電気自動車(EV)の基本要素

電気自動車(EV)の駆動系は、3つの基本要素(バッテリー、制御装置、モーター)で構成されています(図1参照)。

 

EVの駆動系基本要素
【図1 電気自動車(EV)の駆動系基本要素】

 

「バッテリー」に貯めてある電気は「制御装置」で直流から交流に変換され、この交流電流が「モーター」を回します。バッテリーは直流電源ですが、多くのEVでは、交流モーターが採用されています。

「制御装置」は、直流を交流に変換する「インバーター」と呼ばれる電気回路や電圧の大きさを変換する「コンバーター」と呼ばれる電気回路などで構成されています。これらの回路は高電圧・高電流で動作するため、これらの回路には「パワー半導体」と呼ばれている半導体デバイスが不可欠です。

「交流モーター」は、制御装置が発生する交流電流によって回転し、これが電気自動車EVの駆動力となります。EVの走行速度は、モーターの回転数などで制御されます。

EVの走行距離は、バッテリーの容量に強く依存します。従って、限られた容量のバッテリーを有効活用するためには、制御装置やモーターによる電力損失を可能な限り低減しなければなりません。一方、減速時には、運動エネルギーを電気エネルギーに変換した「回生エネルギー」というエネルギーを回収してバッテリーの充電に使えるため、その回収効率を向上する事も重要になります。交流モーターを使うと、この回生エネルギーを有効活用できるのです。

EV用のバッテリーもノートPCなどにも使われているリチウムイオン電池ですが、車を駆動するために必要な電力はノートPCよりも遥かに大きいため(バッテリー電圧の現在の主流は約400V)、バッテリーは前輪と後輪の間の車体下部に敷き詰めるほどの大きさになります。バッテリーが大きくなると重量が増加して走行距離に影響するため、バッテリーの小型軽量化と性能向上に関する技術開発が続けられています。

 

3.EV、HV、PHEVの違い

EVがモーターだけで動くのに対し、ハイブリッド(HV, Hybrid Vehicle)は通常のエンジンとモーターの両方を搭載しており、①発進から中速走行まではモーターが使われ、中速走行から高速走行にはエンジンが使われるという方式や、②発進時や加速時にモーターがエンジンをアシストするという方式があります。HVには外部電源からのバッテリー充電機能はなく、エンジンを使って発電してバッテリーを充電します。

一方、外部電源を使ってバッテリーを直接充電できる機能を加えて、モーターだけを動力とするEVモードでの走行距離を長くしたのがプラグイン・ハイブリッド(PHEV, Plug-in Hybrid Electric Vehicle)です。EVモードでの走行距離が延びれば、ガソリン消費量を低減できます。

長距離走行で起こり得るバッテリー切れというEV特有の不安はHVやPHEVによって解消できますが、自動車の構造や制御技術が複雑になります。EV用のバッテリーや駆動系関連部品の性能が更に向上し、バッテリー充電設備等のインフラ整備が進めばHVとPHEVの役割は終わり、本格的な「EVの時代」が到来すると予想されており、その実現に向けて、世界中でEVの技術開発が活発化しています。

 

4.制御装置

制御装置は、インバーターやコンバーターと呼ばれる電気回路などで構成されています。
インバーター」は、直流電流を交流電流に変換するための回路で、「コンバーター」は交流電流を直流電流に変換するための回路です。
ここでは、交流モーターを回転させるために不可欠なインバーター回路の基本構成と動作原理について説明します(図2参照)。

 

(1)インバーター回路の構成と動作原理

直流電源であるバッテリーから取り出した直流電流は、インバーターにより交流電流に変換され、これによって交流モーターが回転します。

 

インバータ回路とその基本動作
【図2 インバータ回路とその基本動作】

 
インバーターの最も基本的な回路には、図2に示したように4個のスイッチが配置されています。
この回路に直流電源を接続し、回路上の対角位置にある2つのスイッチ(S1/S4とS2/S3)を一つの対にして、片方の対がオン状態(導通)の時はもう片方の対はオフ状態(遮断)となるようにスイッチのオン・オフを繰り返すと、図中に示したコイル(モーター内のコイルに相当)を流れる電流の向きが、スイッチのオン・オフに連動して逆向きになります。このようにして、交流電流が生成されます。

モーターを滑らかに回転させるための工夫として、位相が120度ずれた三相交流が広く用いられているため、上記の動作原理に基づいて生成される交流電流の時間変化は、滑らかな正弦波にしなければなりません。
そのために、上記スイッチのオン・オフを制御するための信号として、スイッチを一秒間に数万回開閉するパルスを入力し、そのパルス幅を制御することによって疑似的正弦波の波形を整えるという手法が広く用いられています。

 

(2)EVの快適な加減速を実現するためにはパワー半導体が必要

実際のEVでは、アクセルペダルを踏む力の強弱に応じてインバーターで発生する電流の強弱が変化し、それによってモーターの駆動力が制御される仕組みになっていますので、快適な加減速を実現するためには、インバーターで発生させる交流電流の周波数や大きさを緻密に制御して、モーターをきめ細かく制御しなければなりません。

インバーター回路のスイッチは、モーターを駆動するために必要な大きな電流を高速でオン・オフしなければなりません。そこで、インバーターのスイッチには、耐圧が非常に高く(650~700V)、かつ大きな電流(200~500A)を駆動できるパワー半導体」と呼ばれる驚異的な半導体デバイスが用いられているのです。一方、このスイッチの高速動作を制御するための集積回路も不可欠です。

また、減速時に回生エネルギーを回収してバッテリーに蓄えるためには、AC/DCコンバーターと呼ばれる回路で交流を直流に変換し(AC:交流、DC:直流)、DC/DCコンバーターと呼ばれる回路で電圧を所望の値に変換します。詳細は割愛しますが、これらの回路にもパワー半導体が用いられています。

更に、インバーター回路やコンバーター回路には大きな電流が流れるため、制御装置の動作温度はとても高くなってしまいます。装置を構成するパワー半導体自体やその周辺に配置される集積回路の温度が動作可能な温度の上限を超えてしまうと装置が機能しないため、制御装置は水冷装置や空冷装置などを内蔵しており、複雑なモジュール構造になっています。

 

5.車載半導体

半導体デバイスLSI(Large Scale Integration、大規模集積回路)やソフトウェア技術の進歩に伴って、自動車は急速に電子化されてきました。
通常のエンジン車では、エンジンやブレーキ、パワーウィンドーや電動ミラー、オーディオやナビゲーション、車載カメラ、各種センサー、通信機能、画像認識システムによる走行支援機能などのために、非常に多くのLSIが用いられています。また、EVでは、バッテリーやモーターを監視するためのLSIや、インバーター回路などを制御するためのLSIが必要です。

1台の自動車には、100個以上のLSIが用いられていますが、これらのLSIは、大電力制御用のパワー半導体よりも遥かに低い電圧(電流)領域で動作するように設計・製造されています。大まかに言うと、パワー半導体の電圧(電流)領域は数100V(1A)以上であるのに対して、LSIのそれらは数V(数100mA)以下です。パワー半導体の「パワー」という言葉は、大きな電力(パワー)の変換に用いられるという意味を含んでいます。自動車だけでなく、発電・送電システム、電波の送受信基地局、各種工作機械、製造装置、ロボットなど、パワー半導体は、幅広い分野で使用されています。

 

6.押さえておきたいパワー半導体の基本

高性能のインバーターを実現するためには、耐圧が高く、一秒間に数万回オン・オフでき、大きなオン電流を流せて、かつ電力損失の小さいスイッチが必要です。そこで、これらの要求を満たすデバイスとして、現在のインバーター回路のスイッチには、IGBT(insulated gate bipolar transistor)と呼ばれるパワー半導体が用いられています。

 

(1)主なパワー半導体の構造

図3に代表的なパワー半導体の断面構造を示します。

バイポーラー、パワーMOSFET(metal-oxide field-effect transistor)、及びIGBTの構造を良く見ると、a)に示したpn接合を組み合わせた構造になっており、各デバイスの動作特性は、デバイス内部に作り込んだpn接合の動作特性に基づいています。

また、パワーMOSFETとIGBTは、ゲート電極、ゲート絶縁膜(白い部分)、及びp領域(或いはn-領域)から成るMOS(metal-oxide semiconductor)構造の動作性能にも依存します。インバーター回路の高速スイッチングは、IGBTのゲート電極に入力する電圧パルスで制御します。
IGBTは、パワーMOSFETの底面にp+層を追加した構造になっており、パワーMOSFETの高速スイッチング性能とpnpバイポーラーの大電流駆動能力という特徴を併せ持つデバイスです。

 

パワーデバイスの基本構造
【図3 パワーデバイスの基本構造】

※d)IGBTの図に示したソース/ドレインは、一般的にはエミッター/コレクターというバイボーラーの電極名で呼ばれているが、この図では、パワーMOFSETとの相違点をわかりやすく説明するために、MOFSETの電極名を用いた。

 

(2)パワー半導体の設計

半導体デバイスは、超高純度・超高品質のシリコン(Si)基板の表面近傍や基板内部にp型とn型と呼ばれる不純物元素を導入して形成します。p型(positive)の不純物元素としてはSi原子よりも電子が一個少ないボロン(B, ホウ素)、n型(negative)の不純物元素としてはSi原子よりも電子が一個多いリン(P)やヒ素(As)などが用いられています。図3に示したp+やn+は、p型やn型の不純物濃度が非常に高い事を意味しており、pは不純物濃度が中程度、pやnは低濃度であることを示しています。

不純物濃度が著しく低い真性Siの抵抗は絶縁体と言えるほど高いため、p型やn型の不純物濃度を調整することによってp型領域とn型領域の抵抗値を所望の値まで減少させて、各層の伝導度を制御しています。また、図3では簡単化のために図示していませんが、pn接合のp層とn層の界面近傍には、各層の濃度によってその幅が決まる「空乏層」という層(電子・正孔が電気的に排除された層)が形成され、各デバイスの動作メカニズムや耐圧などの基本特性は、この空乏層の幅に強く依存します。詳細は割愛しますが、LSIでもパワー半導体でも、この空乏層の幅を最適化するためのデバイス設計が極めて重要です。

低電圧・低電流で動作するLSIでは、電流はSi基板の表面近傍(厚さ約1μm以下)を横方向に流れますが、パワーMOSFETやIGBTでは、LSIよりも遥かに大きな電流がSi基板の底から表面に向かって流れます。

所望の性能を満足するパワー半導体を実現するためには、Si基板内部に作り込む色々なpn接合の特性や、バイポーラーとMOSFETの動作原理に基づく緻密な構造設計が必要ですが、性能の異なる様々なパワーMOSFETとIGBTが設計・製造されており、幅広い用途で使われています。

 

7.Si基板の時代からSiC基板の時代へ

パワーMOSFETやIGBTなどの性能は、デバイス構造の様々な改良によって飛躍的に向上して来ましたが、これらのデバイスはSi基板を用いて作製されているため、動作可能な温度や耐圧の上限値などが、Siのエネルギー・バンド・ギャップという物性値に起因する限界に近づきつつあります。このことは、パワー半導体の研究開始当初から予見されていたため、デバイス構造の研究と並行して、バンドギャップの値がSiよりも大きいSiCGaNダイヤモンドなどの新材料に関する研究も行われてきました。

長年の研究によって、近年、SiC基板の結晶品質が劇的に向上し、直径6インチという大口径の結晶成長が可能になり、遂にその大量生産が始まりました。大口径SiC基板の量産体制確立は、電気自動車EVだけでなく、電車や送電システムなど様々な分野から切望されていたため、SiC基板を利用したパワーデバイスは、SiC固有の問題を克服しながら、今後急速に発展すると考えられます。

 
(日本アイアール株式会社 特許調査部 A・Y)

 

 

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