【分析化学を学ぶ】核磁気共鳴分光法(NMR)とは?

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核磁気共鳴分光法

核磁気共鳴分光法」(NMR)は、有機合成で最も強力な同定法の一つであり、ラジオ周波数領域の電磁波を吸収する分光法です。赤外分光法(IR)、紫外可視光分光法(UV-vis)と似ています。

核や電子にはスピンがあります。原子核は磁場において、上向きと下向きのスピンにはわずかなエネルギー差があります。
外部のラジオ電磁波周波数が核スピン歳差運動の周波数と同じである場合、この特定の周波数のラジオ電磁波が吸収されて、スピンエネルギーが遷移することによって核磁気共鳴信号が形成します。
これは「核磁気共鳴」(NMR, Nuclear Magnetic Resonance)と呼ばれる手法で、吸収ピークの周波数をピークの強度に対してプロットすると、NMRスペクトルが得られます。
 
1H、13Cだけでなく、11B、15N、19F、29Si、31Pなど多くの核種のNMRが研究に用いられます。
各ピークの面積(積分による)はそのピークに属しているプロトンの数に比例しているため、ピークの化学シフト、強度、核の数、結合定数は、化学環境や幾何学的構成に関する情報を提供し、分子構造、構成と動力学の研究等に利用できます。

今回のコラムでは、プロトンを例として核磁気共鳴分光法の基礎をお話しします。

1.化学シフト

孤立したプロトンに対して、ラジオ波エネルギーと磁場との相互作用からは1本のプロトンピークとなるはずですが、分子中のプロトンは様々な化学環境において、電子雲密度のわずかな変化で「遮蔽」を生じます。
遮蔽の程度は円運動をする電子の密度に依存します。
特定のプロトンの吸収位置と基準プロトンの吸収位置の差は、その特定のプロトンの「化学シフト」と呼ばれます。

一般的に用いられる基準化合物はテトラメチルシラン(TMS)(図1)はほとんどすべての有機化合物のプロトンよりも強く遮蔽されます。NMRスペクトルでは1個の鋭い吸収ピークで、0ppmとします。

テトラメチルシラン
[図1.テトラメチルシラン(TMS)]

化学シフトに関して、便利な判断手段は該当プロトンの近くにある置換基の電気陰性度(分子内の原子が電子を引き寄せる強さの相対的な尺度)です。
例えば、CよりSiの方が陰性度が低く、TMSのプロトン周りの電子密度が高く、高度に遮蔽されています。δスケールではこの点を0とします。一方、CH3Fの場合、Fは電気陰性度が強くて、プロトンの遮蔽が低く、δ値(CDCl3,4.30)は左側(正)にシフトします。またベンゼン(CDCl3,δ値7.27)等の芳香族環の場合、大幅な非遮蔽効果は電気陰性度では説明がつきません。これは芳香族環上の電子が非局在化によって環電流効果を生じ、またプロトンは空間的な配置で誘起磁場の非遮蔽部に存在するため、大きく正にシフトしたからです。

化学シフトの一般領域については、表1をご参考ください。

δ値(ppm) 領域
0-2 脂肪族、脂環式
1-2 β―置換脂肪族
2-3 アルキン
2-5 α-一置換脂肪族
2.5-7 α―二置換脂肪族
4-7.5 アルケン
6-9 芳香族及び複素環式芳香族
9-10 アルデヒド
10-11 カルボン酸

[表1.プロトン化学シフトの一般領域(CDCl3

 

2.スピン結合

近接する原子核があると、相互作用し合って分裂します。この分裂幅はスピンカップリング定数(J)で表され、その分裂のパターンからいくつ隣接するかが分かります。

2個の化学結合を隔てたスピン結合を「ジェミナルスピン結合」(2J)と言います。
また、3個の結合を隔てたスピン結合を「ビシナルスピン結合」(3J)と言います。
スピン結合した核の間の化学結合の数はJの左上の添字となります。

二重結合又は三重結合は1個の結合として数えます。

2J    H-C-H          3J   H-C-C-H

スピンカップリング理論は複雑ですが、ここで簡単なモデルで説明します。

スピンカップリング理論

HaとHbは、かなり違う化学的な環境にあり、それぞれが一個の吸収を持ち、化学シフトが遠く離れることが予測できます。
各プロトンのスピンは相手の2通りの配向に影響され、それぞれ2重線のピークとなります(図2)。
化学シフトは二重ピークの平均値の中点を取ります
また、カップリング同士は同じJ値でカップリングします。

J値の求め方に関して、400MHzのNMR装置の場合、簡単にあらわすと
 Ja=(①-②)×400=Jb=(③-④)×400 (図2)

離れた化学シフトを持つ二つのプロトン間のスピン結合
[図2.離れた化学シフトを持つ二つのプロトン間のスピン結合]

Δν/Jが小さくなるにつれ、二重線は互いに近づき、図3の形になります。
この場合、各プロトンの化学シフトは2個のピークの中点ではなく、「重心」となります。
 
 Δν=[(①-④)×(②-③)]1/2
 νa=中点値+Δν/2 νb=中点値-Δν/2
 em>Ja=Jb=(①-④)×400/3(二つの中点を取るより、平均値の方が誤差少ない)  (図3)
 

化学シフトが近くなるプロトン間のスピン結合
[図3.化学シフトが近くなるプロトン間のスピン結合]

更に複雑になると、1個のメチンプロトンは2個のメチレンプロトンと離れとところにピークがあって、吸収面積は1:2の比のはずです。上述の通り、Haの影響により、Hbの吸収ピークは二重線に分裂します。

では、Haはどうなるのでしょうか?
二つのHbは4種類のスピン配向の組み合わせがあります。
その影響を受け、Haは1:2:1の三重線のピークとなります。(図4)

三重線パターンのスピン結合
[図4.三重線パターンのスピン結合]

 

3.他の核種の核磁気共鳴分光法

プロトン以外で、よく使われるのは13Cの核磁気共鳴分光法です。

13Cはプロトンの測定より感度が低いので、時間を増やしたり、濃度を高めたりして、デカップルしたシンプルな13C NMRスペクトルを得ることができます。プロトンスペクトルよりピーク強度の小さいことから、第四級炭素を見出すことが可能です。
また、31P、29Si、11B、19Fなど、多くの核種のNMRが有機合成の同定によく用いられており、原子の化学環境の分析などで特に役立ちます。

更に、反磁性の有機金属錯体である場合、195Ptをはじめ、多くの遷移金属核種NMRも利用されます。
1Hや13C核のNMRに比べて、一般的に化学シフト範囲が広く、構造や電子状態の小さな変化に敏感という利点があります。

有機物と比較して、有機金属錯体は溶解性が悪くて不安定な場合が多くあります。極性の強い溶媒を選んで、加熱し、更に積算回数を増やすことにより、大抵は測定することが可能です。
熱に不安定な化合物ですと、低温測定も感度が挙げられます。
更に空気に不安定な場合、凍結脱気脱水と窒素置換によってサンプルを作成したりする工夫をすれば無事に測定できます。
 

4.相関NMR分光法

分子量が大きい場合は、普通のNMRではなく、相関NMR分光法によって複雑な分子構造を解析することができます。超分子の場合は、二次元NMR、たんぱく質の場合、三次元NMRにより原子間の相関を測定して構造を解析します。
 

(1)COrrelation SpectroscopY

2D 1H-1H COSY(COrrelation SpectroscopY)法は二次元 NMR スペクトルの一種で、スピン結合しているプロトンシグナルの化学シフト値の交点に交差ピーク(cross peak)が観測されるスペクトルです。
つまり、どのプロトンがほかのどのプロトンとスピン結合しているかを調べられます。
 

(2)2D異核相関

2D異核相関(1H –13C COSYなど)は、プロトンと直接結合した炭素核との相関を表す二次元相関NMRスペクトルです。
分析上で便利なため、プロトンを全てデカップルして、炭素核のピークをシングレットとします。
 

5.NMRの表記方法

NMRピークの分裂方を以下のように表します。

  • 一重線:シングレット(singlet, s)
  • 二重線:ダブレット(doublet, d)
  • 三重線:トリプレット(triplet, t)
  • 四重線:カルテット(quartet, q)
  • 幅広線:ブロード(broad, br)

論文で常用される表記方法の一つを例に挙げます。

 分析核種(磁場,重溶媒):δ値(ピーク種類, J値, 個数; 帰属)

(例)1H NMR (400 MHz, CDCl3):δH a(d, 3JHH=x Hz, 1H; Th-H), b(s, 3H; Th-CH3)

(※Thはチオフィンの略語です。)
 

以上、今回はNMRについて解説しました。

 

(日本アイアール株式会社 特許調査部 H・L)

 

 

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