核磁気共鳴分光法(NMR)とは?原理・スペクトルの読み方・構造解析をやさしく解説

「この化合物の構造は、本当に合っているのだろうか?」
有機合成や材料開発では、生成物の構造を確かめることが欠かせません。
「核磁気共鳴分光法」(NMR)は、分子中の原子核から得られる信号を利用し、官能基の種類や原子のつながりを調べる分析法です。
本記事では、¹H NMRを中心に、測定原理、スペクトルの読み方、構造解析のポイント、技術動向をわかりやすく解説します。
1.NMRで分かること
「核磁気共鳴」(NMR:Nuclear Magnetic Resonance)は、磁場中の原子核が特定の周波数の電磁波(ラジオ波)と共鳴する現象です。この現象を利用して物質を分析する方法が、核磁気共鳴分光法です。
すべての原子核が測定対象になるわけではなく、¹Hや¹³Cなど、核スピンを持つ核種が対象となります。
原子核の共鳴周波数は、周囲の電子状態や分子構造によってわずかに異なります。その違いと信号の面積、分裂パターンを組み合わせることで、分子の構造を調べられます。
適切な条件で測定すれば試料を回収できるため、一般に非破壊分析として扱われます。医療で用いられるMRIも核磁気共鳴を応用した技術ですが、主に体内の水や脂肪に含まれる水素核の信号から画像を作ります。
ここでは、最も広く利用される核種の一つである水素核(¹H、プロトン)を例に、主に溶液NMRの基礎を説明します。
2.NMRの原理
¹Hはスピン量子数I=1/2を持ちます。外部磁場をかけると、核スピンの状態はエネルギーの異なる二つの準位に分かれます。
この準位差に対応する周波数のラジオ波によって、共鳴が起こります。
現在広く用いられるパルスFT-NMRでは、ラジオ波パルスで核スピンを励起し、その後に生じる自由誘導減衰(FID)信号を検出します。この時間領域の信号をフーリエ変換することで、周波数領域のNMRスペクトルが得られます。
なお、時間領域のNMR信号の減衰から緩和時間を解析し、分子の運動性や物理的状態を評価する手法として、TD-NMR(時間領域NMR)もあります。
[※関連記事:TD-NMR(時間領域NMR)とは何か?原理・測定対象・実務での活用例を解説]
(1)磁場によるエネルギー準位の分裂
¹Hでは、核磁気モーメントの磁場方向への成分が磁場と同じ向きの状態は低エネルギー、逆向きの状態は高エネルギーになります。
このように、磁場によってエネルギー準位が分裂する現象をゼーマン分裂といいます。
熱平衡では低エネルギー状態の核がわずかに多く存在し、その占有数の差がNMR信号の源になります。
¹Hのエネルギー差ΔEは、式1で表されます。
ΔE=γℏB0=hν0 ・・・・・・式1
γ:磁気回転比、
ℏ:換算プランク定数(h/2π)、
B₀:静磁場の磁束密度、
ν₀:ラーモア周波数。
¹Hのγは正の値です。
したがって、共鳴周波数は静磁場の強さに比例します。
「400 MHzのNMR装置」とは、通常、¹Hの共鳴周波数が約400 MHzとなる磁場を持つ装置を指します。
(2)化学シフトから化学環境を読む
原子核の周囲の電子は、外部磁場に応答して局所的な磁場を生じ、原子核が感じる磁場を変化させます。
この遮蔽効果は化学環境によって異なるため、共鳴周波数にも差が生じます。
基準信号に対する相対的な共鳴周波数の差を、化学シフトδといい、ppmで表します。
化学シフトは、基準信号との周波数差を測定周波数で割り、10⁶を掛けた値です。
周波数を同じ単位にそろえて計算することで、磁場の異なる装置のスペクトルを比較できます。
① 基準物質のTMS
有機溶媒中の¹H NMRや¹³C NMRでは、テトラメチルシラン(TMS、図1)が代表的な基準物質で、その信号をδ=0 ppmと定めます。
TMSには等価な12個の水素があり、強く遮蔽された位置に単一の¹H信号を示します。実際の測定では、重溶媒に残るプロトンの信号を用いて化学シフトを校正する場合もあります。

【図1 テトラメチルシラン(TMS)の構造】
② 電気陰性度と遮蔽
化学シフトを予測する手掛かりの一つが、近くにある原子の電気陰性度です。酸素やフッ素など、電子を強く引き寄せる原子が近くにあると、一般にプロトンの遮蔽が弱まります。
例えば、フッ素に結合した炭素上のプロトン(CH₃F)は、通常のアルキル基のプロトンより大きなδ値を示します。一般的なNMRスペクトルではδ値の大きい側を左に表示し、この方向を低磁場側と呼びます。化学シフトは溶媒や温度などにも依存するため、個々の数値は測定条件とともに扱う必要があります。
③ 芳香環の環電流効果
ベンゼンなどの芳香族化合物では、外部磁場によってπ電子系に環電流が誘起されます。
環の外側にある芳香族プロトンは、その局所磁場によって脱遮蔽され、一般にδ=6~9 ppm付近に現れます。
環電流による遮蔽・脱遮蔽の向きは、原子核の位置によって異なります。
主なプロトンの化学シフト領域を表1に示します。各領域には重なりがあるため、化学シフトだけで構造を断定せず、積分値や分裂パターンと合わせて判断します。
表1をご参考ください。
| δ値(ppm) | プロトンの種類 |
| 0.5-2 | 通常のアルキル基のC–H |
| 1.5-3 | アリル位、ベンジル位、カルボニル基のα位のC–H |
| 2-3 | 末端アルキンのC≡C–H |
| 2-3.5 | アミンのNに直接結合した飽和炭素上のC–H |
| 2-4.5 | ハロゲンが1個結合した飽和炭素上のC–H |
| 3-5 | アルコール、エーテル、エステルのOに直接結合した飽和炭素上のC–H |
| 4.5-7 | アルケンのC=C–H |
| 6-9 | 芳香族・複素環式芳香族のC–H |
| 9-10 | アルデヒドの–CHO |
| 10-13 | カルボン酸の–COOH |
[表1.主なプロトン化学シフトの目安(CDCl3中、TMS=0 ppm)]
※数値はCDCl₃中における代表的な構造の概略値であり、すべての化合物を包含する範囲ではありません。置換基、共役、濃度、温度、水素結合などによって変動します。同じ炭素に複数のハロゲンや酸素が結合した場合は、上記の範囲から外れることがあります。また、OHやNHなどの交換可能な水素は化学シフトの変動が大きいため、ここではカルボン酸のOHのみを代表例として示しています。
3.積分値と分裂パターンから構造を読む
¹H NMRの構造解析では、化学シフト、積分値、分裂パターンの三つを組み合わせます。
積分値は信号全体の面積に相当し、適切な測定条件では、その信号に寄与するプロトン数に比例します。例えばCH₃基とCH₂基の信号の積分比は3:2になります。分裂した信号は各ピークをまとめて積分します。
ただし、信号の重なりや緩和条件、OH・NHの交換などにより、積分比が理想値からずれることがあります。
(1)分裂パターンとn+1則
- 一重線(singlet、s):観測できるJ結合による分裂がない場合、1本の信号として現れます。
- 二重線(doublet、d):等価でない1個のプロトンと結合すると、2本に分裂します。
- 三重線(triplet、t):等価な2個のプロトンと同じJ値で結合すると、強度比1:2:1の3本に分裂します。
- 四重線(quartet、q):等価な3個のプロトンと同じJ値で結合すると、強度比1:3:3:1の4本に分裂します。
これらは、結合するプロトン間の共鳴周波数差Δν(Hz)が、結合定数J(Hz)に比べて十分に大きい場合に、一次近似として成り立つ規則です。
観測核と等価でないn個の等価なプロトンに、同じJ値で結合した場合、信号は原則としてn+1本に分裂します。
相手のプロトンが非等価な場合や強い二次効果がある場合には、より複雑なパターンとなります。
磁気的に等価なプロトン同士のJ結合は、信号の分裂として現れません。磁気的に等価とは、化学シフトが同じで、他の核との結合定数もそれぞれ同じであることをいいます。
(2)J結合と結合定数
溶液NMRで見られる主な分裂は、化学結合を介した核スピン間の相互作用(J結合、スカラー結合)に由来します。その大きさを結合定数Jで表し、単位にはHzを用います。
プロトン間のJ結合では、同じ炭素に結合した二つのプロトン間の結合をジェミナル結合(²J)、隣接する炭素にそれぞれ結合したプロトン間の結合をビシナル結合(³J)と呼びます。
Jの左上の添字は、二つの核を結ぶ経路の化学結合数を表します。
この数え方では、二重結合や三重結合も、隣接する原子間の一つの結合として数えます。
²J:H–C–H ³J:H–C–C–H
二つのプロトンが結合するモデル
モデルの構造例:RO–C(Hₐ)(OR)–C(Hb)(CR₃)–CR₃
まず、この構造例のHₐとHbの間の結合に注目し、ほかの核との結合は無視できるものとします。
HₐとHbの化学環境が異なると、それぞれ異なる化学シフトに信号が現れます。
二つの信号の周波数差ΔνがJより十分大きければ、一次近似で扱えます。
この場合、各プロトンの信号は相手の核スピンの二つの状態によって二重線となり、化学シフトは二重線の中点から求められます(図2)。
互いに結合するHₐとHbでは、同じ結合定数Jが得られます。
図中のδₐとδbは、それぞれプロトンHₐとHbの化学シフト(ppm)を表します。
また、Δνは二つのプロトンの共鳴周波数差(Hz)です。
400 MHz装置では、Δν=|δₐ-δᵦ|×400となります。
図2の①~④を各ピークのδ値(ppm)とすると、400 MHz装置では、J(Hz)=|①-②|×400=|③-④|×400となります。ppmで表した間隔に測定周波数(MHz)を掛けることで、Hzに換算できます。

【図3 化学シフトが近い二つのプロトンのAB型スペクトル】
図3の①~④を右から左へδ₁<δ₂<δ₃<δ₄の順で表すと、二つの核だけからなる理想的なAB系では、J(Hz)=Ja=Jb=400(δ₄-δ₃)=400(δ₂-δ₁)です(400 MHzの装置を例とします)。
二つの核の化学シフト差Δδは、式2で求められます。

全体の中心δc=(δ₁+δ₂+δ₃+δ₄)/4とすると、二つの化学シフトδa=δc+Δδ/2、δb=δc-Δδ/2となります。
ここでは、δ値の大きい側をδₐ、小さい側をδᵦとします。どちらが構造中のHₐ・Hbに対応するかは、別途帰属する必要があります。
複雑なスピン系では、スペクトルシミュレーションを用いて解析します。
次に、1個のメチンプロトンHₐが、等価な2個のメチレンプロトンHbと結合する場合を考えます。
ほかの核との結合を無視でき、一次近似が成り立つ条件では、HₐとHbの信号全体の積分比は1:2となります。Hbの信号は、1個のHₐによって二重線に分裂します。
一方、2個のHbのスピン状態には四つの組み合わせがあります。そのうち二つはHₐに同じ影響を与えるため、Hₐの信号は強度比1:2:1の三重線になります(図4)。
ただし、CH₂基の二つのプロトンが非等価であれば、必ずしもこの単純なパターンにはなりません。

【図4 等価な二つのプロトンによる三重線】
このようにJ結合は、分子内の結合関係を推定する重要な手掛かりです。
ただし、分裂本数だけで隣接する水素の数を断定せず、化学シフトや積分値、二次元NMRの情報も合わせて判断します。
4.¹H以外の核種と測定条件
¹H以外にも、¹³C、³¹P、²⁹Si、¹¹B、¹⁹Fなど、多くの核種が解析に用いられます。
有機金属錯体では、¹⁹⁵Ptなどの金属核を対象とする測定も行われます。
¹³Cは天然存在比が約1.1%で、¹Hより感度が低いため、一般に積算回数を増やすなどの工夫が必要です。
また、通常の¹³C NMRでは¹Hを広帯域デカップリングし、¹HとのJ結合による分裂を除くことで、解析しやすいスペクトルを得ます。積算による感度向上と、デカップリングによる分裂の除去は、異なる操作です。
¹³C NMRでは、水素が直接結合していない炭素も観測対象になります。DEPTやHSQCなどと組み合わせると、水素が結合した炭素との区別に役立ちます。ただし、通常の¹³C NMRの信号強度は緩和時間や核オーバーハウザー効果(NOE)にも依存し、炭素数にそのまま比例するとは限りません。
有機金属錯体を含め、試料によっては溶解性や安定性に制約があります。溶媒、濃度、温度、積算回数を、試料の性質と測定目的に合わせて選ぶことが重要です。
熱に不安定な試料では低温測定が有効な場合があります。加熱によって溶解性を改善する場合には、分解や構造変化が起こらないことを確認します。
空気や水分に敏感な試料では、乾燥・脱気した溶媒を用い、窒素やアルゴン雰囲気下で試料を調製し、必要に応じて密閉型NMR管を使用します。
5.二次元NMRで結合関係を調べる
一次元NMRで信号が重なったり、分裂が複雑になったりする場合には、二次元NMRが役立ちます。
異なる測定法を組み合わせることで、信号の帰属や原子のつながりを調べられます。
タンパク質などでは、¹⁵N・¹³Cの同位体標識を用いた多次元NMRも活用されます。
(1)COSYによるプロトン間の相関
¹H–¹H COSY(Correlation Spectroscopy)は、二つの軸に¹Hの化学シフトをとる二次元NMRです。信号の位置から、どのプロトン同士にJ結合を介した相関があるかを読み取ります。
対角ピークは、二つの軸で同じ化学シフトとなる位置に現れ、各プロトンの信号位置を示します。
対角線以外に現れる交差ピークは、対応するプロトン間のJ結合を介した相関を示します。主に二つまたは三つの結合を介した相関が見られますが、長距離の相関が観測されることもあります。
COSYは結合を介した関係を調べる方法であり、空間的に近いことを直接証明する方法ではありません。
交差ピークをたどることで、一次元スペクトルだけでは分かりにくい結合関係を推定できます。空間的な近接関係を調べたい場合には、NOESYやROESYなどを用います。
(2)HSQCとHMBCによる異核間の相関
¹H–¹³C HSQCやHMQCでは、水素と、それに直接結合した炭素との相関を主に観測します。
一方、HMBCでは、主に二つまたは三つの結合を介した水素と炭素の長距離相関を観測し、部分構造同士をつなぐ手掛かりを得ます。
これらは、一次元¹³C NMRで¹Hとの分裂を除くデカップリングとは、目的が異なります。
6.NMRデータの表記方法
分裂パターンは、一般に次の略号で表します。
一重線:singlet(s) 二重線:doublet(d)
三重線:triplet(t) 四重線:quartet(q)
多重線:multiplet(m)
二重の二重線:doublet of doublets(dd)
幅広い信号:broad(br)。例えば、幅広い一重線はbr sと表します。
論文などでは、核種、測定周波数、溶媒に続けて、化学シフト、分裂パターン、J値、プロトン数を記載します。必要に応じて帰属も付記します。
基本形:¹H NMR(測定周波数、溶媒)δ 化学シフト(分裂パターン、J値、プロトン数)
表記例:¹H NMR(400 MHz, CDCl₃)δ 4.12(q,J=7.1 Hz, 2H), 1.26(t, J=7.1 Hz, 3H)
これは表記方法を示す例です。
「400 MHz」は磁場の単位ではなく、¹Hの測定周波数です。化学シフトはppm、結合定数JはHzで示します。
7.NMR技術の動向
NMRは、対象とする試料や分析の現場に応じて発展しています。
代表的な方向として、次の三つが挙げられます。
(1)固体NMR
溶解が難しい電池材料や樹脂、タンパク質の凝集体などを調べる方法です。マジック角回転(MAS)などを用いて、固体特有の相互作用による信号の広がりを抑え、局所構造を解析します。
(2)ベンチトップNMR
永久磁石を用い、液体ヘリウムなどの冷媒を必要としない小型装置が普及しています。品質管理や反応モニタリング、教育で活用されます。一方、高磁場装置より感度や周波数の分離に制約があるため、用途に応じた使い分けが必要です。
(3)AIと解析の自動化
ピークの検出や帰属、構造推定を支援する技術が進んでいます。多次元データの解析や混合物の評価を効率化できる一方、解析結果が測定データや化学的な条件と整合するかを確認することが重要です。
8.おわりに
NMRスペクトルを読む基本は、化学シフト、積分値、分裂パターンを組み合わせることです。
さらに、¹³C NMRや二次元NMRを活用すれば、一次元¹H NMRだけでは判断しにくい結合関係を調べられます。測定条件と各手法の適用範囲を理解することが、信頼できる構造解析につながります。
(日本アイアール株式会社 特許調査部 H・L)


































