産業界で必要なのに大学で学べない”絶滅危惧分野”は? (学びのヒント)
前回に引き続き、経済産業省が実施した平成28年度産業技術調査事業「理工系人材を中心とする産業人材に求められる専門知識分野と大学等における教育の状況に関する実態調査」の結果から、産業界と日本の大学教育のギャップを露呈させたデータをご紹介します。
この調査では、日本の大学を卒業した44歳までの正規雇用の技術系人材約1万人を対象にアンケートを行っています。企業ではいわゆる「若手」「中堅」に分類される人々が中心です。
目次
産業界のニーズと学術界のニーズ、それぞれのギャップ
産業界では、商品開発サイクルが短縮化できるか否かが命取りの時代に入り、「今」売れる効率よい製品開発のため、設計スキルなど基本的な技能により深く習熟することが求められています。
一方学術界では、研究開発費獲得の競争が激化し、研究が成熟してしまった分野は研究テーマが出しにくく、新たな研究開発費が獲得できないという問題が生じてしまいます。
産業界で必要とされるのに、大学で学べない”絶滅危惧分野”は?
大学では研究費の獲得のために、苦肉の策で学科名を変更するなどして先端分野を教育に取り入れつつ、基礎的な分野の教育も残せるような努力をしています。それでも、工学の基礎的分野を専門とする教員が大学でポストを獲得することは困難になり、このような分野の教育現場の「絶滅」が進んでいます。
このアンケートでは、特に修士・博士出身者に対して「あなたが業務で対象とする「製品・サービス群」の事業において、その知識(スキル)や、その知識に基づく業務経験が重要にも関わらず、技術等が既にほぼ確立した等の理由で、日本の大学では新たな研究がなされていない、あるいは日本の大学では十分教えられなくなったと思われる知識(スキル)」を選択させました。
前回は現状の研究分野と「企業における業務で重要な専門分野」のギャップを示したのに対し、今回の結果は大学等で学びたいと思っても深く学べない分野と考えられます。
業種別に見たとき、それぞれこのような「絶滅危惧分野」として以下のものが挙げられています。
機械(輸送、一般機械等)
- 設計工学(人間工学も含む)
- 機構学、機械要素(歯車等)
- 機械(輸送、一般機械等)
- トライボロジー(摩擦・摩耗・潤滑)
- 加工学(機械加工学、工作機械など)
- 燃焼/熱機関(冷凍・空調、熱力学等)
- 自動車工学(水素自動車等)
- 流体工学、流体機械
- アナログ回路(電源、高周波、超高周波、パルス等)
- 機械力学(振動、騒音等<制御工学を含む>)
- 生産工学(生産モデリング、工程設計等)
- 材料力学(構造、破壊など)
電気・電子(PC・携帯・半導体、重電等)、精密
- アナログ回路(電源、高周波、超高周波、パルス等)
- 電子デバイス(半導体工学等)
- 設計工学(人間工学も含む)
- 電気機器・パワーエレクトロニクス・照明(モーター工学も含む)
- デジタル回路、LSI(FPGA等)
材料・製品(金属、セラミクス等>
- 設計工学(人間工学も含む)
- 電力工学・電力変換(送電・配電等)
- 金属物性・材料、無機物性・材料(金属、セラミックス、アモルファス、耐火物、物性、組織制御等)
- トライボロジー(摩擦・摩耗・潤滑)
- 基礎有機化学(薬学系合成・天然物等も含む)
化学(プラントも含む)、医薬品、食品等
- 化学工学<基礎系>(物性、撹拌、分離・精製等)
- 食品科学/調理学(食品・栄養化学、食品物理、加工・貯蔵、分子栄養等)
- 分析化学
- 基礎有機化学(薬学系合成・天然物等も含む)
- 理論化学
建設全般(土木・建築・都市)
- 土木施工・建設マネジメント
- 設計工学(人間工学も含む)
- 建築構造・材料
- 建築経済学
- 意匠・建築史
- 地質学・鉱物学
- 地震工学
- 製図、デザイン実習
IT・ネットサービス・アプリ
- 基本ソフト(オペレーティングシステム<OS>、組込みソフト等)
- ソフトウエア基礎(プログラミング、仕様記述、ソフトウエア工学等)
- 計算機システム(アーキテクチャ、回路とシステム、LSI設計、組込みハード等)
- 人工知能・機械学習・知識処理(マルチエージェント、知識探査・発見/マイニング、自然言語処理等)
- 応用ソフト・アプリケーション(ネットアプリ、業務ソフト等)
- アルゴリズム
- オートマトン・形式言語理論、計算(量)理論
- セキュリティ(暗号、認証、アクセス制御、マルウェア対策、指紋認証等)
- 情報ネットワーク(インターネット、マルチメディア通信、無線LAN、センサネットワーク、ホームネットワーク等)
せっかく工学部に入っても、大学の正規課程で工学の基礎教育を受けられず、また変化の速い時代に追いつくための社会人の学び直し(リカレント教育)でせっかく大学に戻っても、教えてもらえない。
日本はものづくり大国と言いながら、次の世代のためのものづくり教育の体力を欠いてきた、青白い顔の巨人なのでしょうか。
(アイアール技術者教育研究所 M・H)
関連コラム:「入社後の業務のギャップと社会人教育」(連載)