溶媒の影響と比エンタルピー線の計算,飽和蒸気圧の見積方法《Roll To Rollフィルム乾燥のツボ⑤》
水系はルイス近似が成り立つので簡易に膜面温度の見積もりが可能ですが、他の有機溶剤では比エンタルピー線の計算が厄介です。さらに飽和蒸気圧線を知る必要もあります。
このコラムでは、ルイス近似が成立しない場合やアントワンの式による飽和蒸気圧の推算方法を紹介します。
かなり搔い摘んだ説明なので、より詳細はセミナーや文献を参考にしてください(文献1)。
1.各溶媒の空気線図
水系同様に他の溶媒でも、当連載コラムの第3回「乾燥速度の支配因子:膜面温度とガス濃度をやさしく解説」の考え方で空気線図を作れば、膜面温度を見積もることができます(図1)。ただし、溶媒毎に「飽和蒸気圧線」と「比エンタルピー線」を見積もる必要があります。
水の場合、「ルイスの近似」といって、等湿球温度線と比エンタルピー線を等しいと見なせるので空気線図を描きやすいです。しかし水以外の等湿球温度線は、拡散温度の温度依存性を加味して厳密には曲線になります。
このような事情で、水系以外の空気線図は通常描かれませんが、イメージ重視の本コラムでは他の溶媒の空気線図を描いてみました。
【図1 各溶媒の空気線図】
2.比エンタルピー線
当連載コラムの第3回の気線図で示した「比エンタルピー線」は「断熱等温線」ともいいます。
水系の場合、等湿球温度線とも概ね等しく、空気の冷却に費やされる顕熱は潜熱に置換されるので、空気線図を作りやすいです。
空気の冷却は蒸発潜熱なので、比エンタルピー線(比熱を蒸発潜熱で割った傾き)と湿球温度線に等しくなります(図2)。
湿球温度と湿度100%の交点からエンタルピー線を延長し、乾球温度との交点が湿度になるわけです。
「蒸発潜熱」は、「気化熱」とか「蒸発熱」とも呼ばれます。
「顕熱」とは温度変化に必要な熱で、温度変化は比熱に依存します。
一方、「潜熱」は状態変化に必要な熱で、熱は状態変化に費やされ定温です(図3)。
【図2 比エンタルピー(=潜熱+顕熱)】
【図3 顕熱と潜熱】
3.ルイスの近似
比エンタルピー線の傾きは、水系の場合、1)式で表されます。
[水の比エンタルピー線の傾き] -hc /[kH・rw] ≒ -[Cp/rw] ・・・1)
これは、水ではLewis近似(Le数=Sc /Pr ≒1)により、等湿球温度線≒断熱冷却線とできるからですが、一般の溶媒ではLe数が1.3~4と大きいので、Colburn-Chilton相関(ヌッセルト数とシャーウッド数のアナロジーともいう)を利用して、2)式で傾きを求めます(図4)。
[一般溶媒の比エンタルピー線の傾き] -hc /[kH・rw] = -[Cp/rw]・Le2/3 ・・・2)
Le数は、気体のPr(プラントル)数≒0.7と、Sc(シュミット)数=η/ρ・Dの比で、水以外はLe数=1.3~4になります(図5)。
【図4 ルイス数】
ここで、hc (J/sec・K・m2) :伝熱係数(「熱伝達率」ともいう)、kH(kg/sec・m2):物質移動係数(rw基準)、rw(J/kg):蒸発潜熱@Tw、Cp(J/kg乾きガス・K):湿り空気の比熱
【図5 各溶媒のルイス数】
ルイス近似の意味
水は「物質と熱の拡散が等しい」とする近似が成り立ち、他の溶媒では「熱拡散の方が物質拡散よりも大きい」ということです。
言い換えると「水の場合、水分子自身が動いて熱を伝達する」一方、「他の溶媒は分子量が大きく運動(拡散、ブラウン運動)が緩慢なので、溶媒自身よりも気中の酸素や窒素などの衝突により伝達する熱量の方が多い」というイメージになります。
4.飽和蒸気圧の温度依存性(アントワン式)
空気線図を描くには飽和蒸気圧も把握しなければなりません。
常温の飽和蒸気圧はMSDSに大抵掲載されていますが、温度依存性の情報は少ないです。
有機溶媒では、アントワンの式の定数A,B,Cにより飽和蒸気圧を見積もる方法が知られています(図6)。
なお、ガス濃度は水系のような相対湿度ではなく、爆発下限界濃度LELを基準とした値になります。
これは堆積換算すると数%オーダーであり、水系に比べて相当希薄なガス濃度になります。
【図6 アントワンの式と定数】
次回は、分散液の乾燥(皮張りと沈降)について解説します。
(※この記事は AndanTEC代表 浜本伸夫 講師からのご寄稿です。)
≪引用文献、参考文献≫
- 1)浜本伸夫、「理論と現場の融合で RTR プロセスの改善を目指す 第3回 乾燥性と溶媒種」, コンバーテック2022年6月号, pp20-24
- 2)九州住環境研究会HP「ハイブリッド・エコ・ハートQ(湿り空気線図の見方と結露。)」
http://www.ecoq21.jp/ecoheart/cat04/ecoheart04-2.html - 3)林真紀夫、「(小講座)湿り空気線図の使い方」, 農業気象, J.Agr,Met., 40(3)1289-292, 1984
https://www.jstage.jst.go.jp/article/agrmet1943/40/3/40_3_289/_pdf - 4)ケムファク「潜熱と顕熱の違い」
https://chem-fac.com/latent-sensible-heat/ - 5)Wikipedia「ルイスの関係」
- 6)HEXAGON「ルイス数」
https://www.cradle.co.jp/calculation/16ln.html - 7)「5分で分かる「ルイス数」温度と濃度どちらも変化する時に便利?この指標を理系ライターがわかりやすく解説」
https://study-z.net/100084269/3 - 8)植竹万太郎、浜崎正文、「ガス爆発限界に就いて(第1報)」, 工業火薬協会誌, vol18(2), p146-153 (1957)
https://www.jes.or.jp/mag/stem/Vol.18/documents/Vol.18,No.2,p.146-153.pdf - 9)プラントエンジニアのおどりば、「ガスの爆発限界の推定方法(ルシャトリエの法則・温度依存性・圧力依存性・未知の化合物)の解説」
https://yuruyuru-plantengineer.com/explosion-range-le-chatelier/
- 第1回: 乾燥の3要素と数式化
- 第2回: 乾燥風の吹き出し方式と乾燥能力
- 第3回: 乾燥速度の支配因子:膜面温度とガス濃度をやさしく解説
- 第4回: 定率乾燥と減率乾燥
- 第5回: 溶媒の影響と比エンタルピー線の計算,飽和蒸気圧の見積方法
- 第6回: 分散液の乾燥:皮張りと沈降を考える
- 第1回: 実験室からRoll To Rollへ|塗れる条件と塗工・乾燥のポイント
- 第2回: 薄く塗るか?厚く塗るか?適正なダイ構造と条件
- 第3回: スケールアップの注意点を解説|狭幅パイロットから広幅の量産へ
- 第4回: 同時重層のポイントを解説|粘度と流量のバランスは?
- 第5回: バックアップしない塗工方式 TWOSD (Tensioned Web Over Slot Die)