電子顕微鏡(TEM,SEM)と走査プローブ顕微鏡(SPM) 《機器分析のキホン④》
目次
1.知りたいことに適した分析機器
成分を特定する原理的な方法は同じでも、分析によって何を知りたいのか? 対象とする物質の状態(気体、液体、固体)はどのようなものか? どのような空間分解能で知りたいのか? どのような精度で知りたいのか? などによって適した分析手段、分析機器は違ってきます。
機器分析分野の技術発展は目覚ましく、様々な改良を加えたり、複合的な解析手段を備えた機器が開発されています。今回は、形状を知りたいときの代表的な機器である「顕微鏡」について紹介していきます。
2.電子顕微鏡の種類・分類と概要
数百nmより小さい形状を知りたいときの分析機器として「電子顕微鏡」があります。
電子顕微鏡は「透過電子顕微鏡(TEM)」と「走査電子顕微鏡(SEM)」の2種類に大きく分けられます。
(1)透過電子顕微鏡(TEM: Transmission Electron Microscope)
物の形状を知りたい場合、最も基本的なのは光学顕微鏡です。機器分析と呼ぶかどうかは微妙ですが、入射光(励起)に対して、物質が放出する反射光、透過光を見て(検出)、形状を判断します。
しかし、光源の波長よりも細かい構造は、いくら拡大率を上げても見ることはできず、可視光を用いる光学顕微鏡の場合は、せいぜい数百nmの構造しか見えません。
数百nmより細かい形状・構造を知りたい場合には、可視光よりも波長が短い電子線を用いることになります。
電子線の場合、数百kVまで加速すれば、波長を0.01nm以下にすることができますので、原子、分子の大きさの領域に近づきます。
大気中での観察が基本である光学顕微鏡と異なり、透過電子顕微鏡(TEM:Transmission Electron Microscope)では高電圧で加速された電子が、散乱されずに進む必要があるため、全体が高真空の状態に置かれます。
電子が電場や磁場で曲がることを利用した「電磁レンズ」と呼ばれるものが、光学顕微鏡の場合の光学レンズの役割を果たします。
また、光源に相当するのが「電子銃」です。電子銃から出た電子線を電磁レンズで平行ビームに整え、これが試料を通過する時の試料との相互作用によって生じたコントラストを蛍光版に投影することで試料の像を得ることができます。
【図1 光学顕微鏡と透過電子顕微鏡(TEM)の違い】
このようにTEMでは、通過してきた電子線によって試料の内部構造を知ることができますが、十分な透過を得るためには試料を薄く(≲100nm)する必要があり、また電子の加速電圧は数百kVから数千kVが一般的です。
(2)走査電子顕微鏡(SEM: Scanning Electron Microscope)
走査電子顕微鏡(SEM:Scanning Electron Microscope)は、極小に絞った電子ビームを試料表面で走査し、表面から飛び出してくる二次電子の強度分布から表面像を得るものです。
電子線を透過させなくても良いため、試料を薄く加工する必要はなく、また、電子の加速電圧は数百V~30kVが一般的です。
【図2 走査電子顕微鏡(SEM)の構造】
イメージとしては、落射型光学顕微鏡(いわゆる金属顕微鏡)に近いですが、焦点深度が深いため、広い範囲で焦点が合った立体的な像が得られます。ただし、二次電子は表面からごく浅い部分からしか飛び出してきませんので、試料の内部構造についての知見は得られません。
3.複合機としての電子顕微鏡(分析電子顕微鏡)
最近の電子顕微鏡は、「小さいものを見る」装置から、「小さいものを見たうえで、それが何であるか知る」ための装置に変わってきています。
当連載のコラム第2回「非破壊で定量的に知る方法:励起と検出の組合せと信号の解釈」で述べたように、電子線を励起に用いた場合は様々な信号を得ることができますので、電子顕微鏡と検出器を組み合わせることで、微小部分を観察しながら、そこに何があるのか、どのような構造か、というような情報を得ることも可能だというわけです。このような付加機能を持ったものを、「分析電子顕微鏡」と呼ぶことがあります。
ここでは、多くの電子顕微鏡に付属しているEDSとEBSDについて簡単に説明します。
(1)エネルギー分散型X線分析装置(EDS)
EDS(Energy Dispersive X-ray Spectroscopy)では、電子線照射によって発生する特性X線のエネルギーを測定して、試料の組成元素を特定します。
X線の検出には半導体検出器を使いますが、特性X線はパルス的に発生しますので、検出器で測定される電流パルスの大きさからX線のエネルギー(すなわち何があるか=定性)が、またパルスの数からどれくらいあるか(定量)がわかります。
同様の原理で発生する特性X線の波長を、分光器で測定して元素を特定する電子線マイクロアナライザ(EPMA:Electron Probe Micro Analyzer)に比べると、エネルギーの分解能では劣りますが、コンパクトであること、多元素の同時測定が可能でコンピュータ処理が容易なため、効率の良い作業ができることなどから、多用されている装置です。
【図3 エネルギー分散型X線分析装置(EDS)と電子線マイクロアナライザ(EPMA)の特徴比較】
(2)電子線後方散乱回折法(EBSD)
EBSD(Electron Backscatter Diffraction)では、電子線を試料表面にあて、深さ50nm程度までの領域の結晶面で回折される電子の後方散乱パターン(菊池図形)を解析して試料の結晶方位の情報を得、さらに電子線を走査することで結晶粒や歪分布などを解析することができます。
電子線が結晶に照射されると回折を起こし、この回折図形(菊池線)を解析すれば結晶方位が決定できることは知られていましたが、近年のコンピュータ技術の発展により、菊池線の読み取りから方位決定までを瞬時に行えるようになったことで、今では材料研究の重要な手段になっています。
4.走査プローブ顕微鏡(SPM)
試料の表面形状を測定する方法として、電子顕微鏡とは全く異なった原理を用いた「走査プローブ顕微鏡」(SPM:Scanning Probe Microscope)と総称される機器があります。
原子レベルの大きさの先端を持った探針(プローブ)を極限まで試料表面に近づけると、プローブ先端の原子と試料表面原子の間に斥力(原子間力:Atomic force)が働くことを利用する「原子間力顕微鏡」(AFM:Atomic Force Microscope)、試料が導電性の場合に試料とプローブ先端の間に電流が流れる(トンネル電流:Tunneling Current)ことを利用する「走査型トンネル顕微鏡」(STM:Scanning Tunneling Microscope)などがあります。
いずれも斥力あるいはトンネル電流が一定になるように(プローブと試料表面との距離が一定になるように)試料台を上下させ、さらに平面方向に走査することで、表面の原子レベルの凹凸を三次元像にするものです。
【図4 原子間力顕微鏡(AFM)の構造と仕組み】
SPMは、電子顕微鏡のように電子銃や電磁レンズを用いませんので、大気中での測定が可能です。また近年のSPMでは、表面の原子の並びが見られるだけでなく、表面の機械的物性や電磁気的物性をイメージングする機能を備えたものもあります。
形がわかったら、次はそれが何でできているかを知りたくなりますよね。
次回は、組成を知りたいときに使う分析方法として AES、EPMA、XPS、XRF をご説明します。
(アイアール技術者教育研究所 H・N)
- 第1回: 「機器分析」とは?「化学分析」との違いは?定性分析/定量分析など前提知識を解説
- 第2回: 非破壊で定量的に知る方法:励起と検出の組合せと信号の解釈
- 第3回: 分析対象の測定場所の絞り込み方法、形状・構造を知る方法
- 第4回: 電子顕微鏡(TEM,SEM)と走査プローブ顕微鏡(SPM)
- 第5回: 組成を知る:固体表面の分析方法(AES/EPMA/XPS/XRF)
- 第6回: 結晶構造を知る:XRD|分子構造を知る:FT-IR, Raman, NMR
- 第7回: 質量分析器を用いた分析(主な種類と原理):GC-MS/LC-MS/ICP-MS/GD-MS/SIMS