3分でわかる技術の超キホン TADF材料の基礎知識《次世代の有機EL発光技術へ》

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TADF材料

1.TADF材料とは

有機EL発光材料の1種に「TADF材料」があります。
TADFは「thermally activated delayed fluorescence熱活性化遅延蛍光)」の略称です。
TADF材料は、有機EL素子の発光層において第3世代に位置する発光材料となっています。

今回はこのTADF材料について解説します。
 

有機EL発光材料の世代別の発光メカニズム
【図1 有機EL発光材料の世代別の発光メカニズム】

 

2.有機EL発光材料の発光メカニズム

有機EL発光材料の発光メカニズムは、初めに陰極及び陽極に電圧をかけることで、各々から注入された電子と正孔が発光層で結合し、その結合で生じたエネルギーによって発光層の発光材料が励起子を生成します。次にその励起子が基底状態に戻る過程で光を発生しますが、この過程が世代ごとに異なり、これが有機EL発光材料の進歩を示しています。

 

(1)第1世代発光材料

第1世代発光材料では、生成した励起子が一重項状態(S1)から再び基底状態(S0)に戻る際に光を発生します。この光の発生は極めて短時間(ナノ秒オーダー)であるため、即時蛍光と呼ばれています。
励起子は一重項状態(S1)が25%で、三重項状態(T3)が75%と決まっていて、T3の励起子は単独ではS0に戻れないため(スピン禁制)、時間を掛けて熱エネルギーとして消失していきます(熱失活)。

第1世代の主要な発光材料として、アントラセンなどの芳香族炭化水素が挙げられますが、エネルギー変換効率が低い(内部量子効率~25%)ことが課題でした。

 

第1世代蛍光材料の化合物
【図2 第1世代蛍光材料の化合物例示1)

 

(2)第2世代発光材料

第1世代の課題を解決したのが、第2世代発光材料と呼ばれるリン光材料で、イリジウム(Ir)やプラチナ(Pt)などの遷移重金属を中心に持つ有機金属錯体です。
これら遷移重金属の働き(軌道相互作用)によって、S1の励起子25%分がT3状態へ変換(項間交差)され、内部量子効率を理論上100%にすることが可能になりました。

しかしながら、Irなどはレアメタルで希少価値が高いことから、低コストで製造可能な代替材料の開発が切望されていました。

 

第2世代リン光材料の化合物
【図3 第2世代リン光材料の化合物例示1)

 

(3)第3世代発光材料

次に登場したのが第3世代のTADF材料です。
TADF材料は、S1とT3のエネルギー準位差(ΔEST)が小さく、吸熱的にT3の励起子75%分をS1状態へ変換逆項間交差)できるため、エネルギー変換効率が極めて高い(内部量子効率~100%)発光材料です。
その蛍光の寿命は、第1世代の即時蛍光と比べて長く(マイクロ秒オーダー)、遅延蛍光と呼ばれています。

2012年に九州大学の安達教授らによって創製された汎用性のある有機化合物のTADF材料が、第2世代の課題であったレアメタルフリーを実現しました2)

 

第3世代TADF材料の化合物
【図4 第3世代TADF材料の化合物例示2)

 

《TADF材料の構造的特徴》

このTADF材料の構造的な特徴は、分子内に電子受容(アクセプター)と電子供与(ドナー)の両方の部分構造を持っているところです。
例えば、上記の4CzIPNでは、ジシアノベンゼンが電子のアクセプターで、4つのカルバゾール基がドナーとなります。

この構造を持つことで、S1とT3のエネルギー準位差(ΔEST)を小さくすることができるのです。

 

TADF化合物の構造的特徴
【図5 TADF化合物の構造的特徴】

 

3.次世代発光技術

近年、有機EL発光材料は更なる進化を遂げています。
それが、第3世代のTADF材料と第1世代蛍光材料を組み合わせた次世代の発光技術Hyperfluorescence™」です。

この技術は、TADF材料のS1励起子が発光特性の優れた別の蛍光分子へ移動(蛍光共鳴エネルギー移動「fluorescence resonance energy transfer(FRET)」)することで、TADF材料よりも更に効率的に蛍光を生成します3)

 

Hyperfluorescencの発光メカニズム
【図6 Hyperfluorescence™の発光メカニズム】

 

Hyperfluorescence™の特徴

TADF材料からの蛍光はスペクトル幅が広い特徴があります。

これに対してHyperfluorescence™は、シャープで高純度の高発色な蛍光であるため、ディスプレイなどに実装にはより適しています。
Hyperfluorescence™は各々の材料の組み合わせにより、三原色RGBの発色が可能であり、現在、商業化に向けた開発が進められています。

Hyperfluorescence™は安達教授らによって創製され、本発光技術の社会実装に向けて、2015年に九州大学発のKyulux社が設立されました。

 

Hyperfluorescence™とTADF材料に基づく蛍光の相違
【図7 Hyperfluorescence™とTADF材料に基づく蛍光の相違3)

 

4.今後の展望

有機ELディスプレイは、スマートフォン、テレビ、及びウェアラブルなど数多くのデバイスに採用されています。ディスプレイ市場は急速に成長しており、2021年には400億ドルに達したとのことです。

レアメタルを使用せず、高効率、高発色、高純度で、更には高寿命の有機EL発光材料が、新たな社会を実現していきます。
 
 
(日本アイアール株式会社 特許調査部 K・H)

 


≪引用文献、参考文献≫


 

 

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