3分でわかる技術の超キホン 有機化合物の導電性の仕組み

導電性材料と聞くと、金、銀、銅、鉄などの金属を思い浮かべる人が多いでしょう。
一般的なプラスチックや低分子有機化合物の多くは電気を通しにくいものの、有機化合物の中にも、分子構造や電荷キャリアの量を制御することで電気を流すものがあります。
導電性高分子や、有機EL、有機太陽電池、有機トランジスタなどは、その電気的性質を利用した例です。
有機化合物の電気伝導を理解するうえで鍵となるのが、炭素原子どうしの結合に関わるπ電子です。
π電子は、隣り合う原子の間だけにとどまらず、特定の分子構造では複数の原子にわたって広がることがあります。
ただし、π電子が広がるだけで高い導電性が得られるわけではありません。
電気を流すには、電荷を運ぶキャリアが存在し、それらが分子内や高分子鎖に沿って移動し、さらに分子間・鎖間も移動できることが必要です。
本記事では、まず炭素の結合とπ電子について説明し、続いてπ電子の非局在化、π共役系、ドーピングの順に、有機化合物が電気を流す仕組みを解説します。
1.炭素の電子状態と共有結合
有機化合物の骨格をつくる炭素原子は、周囲の原子との結合に応じて、主にsp³、sp²、spの混成軌道を形成します。
混成軌道とは、原子軌道を組み合わせて、分子の結合方向や形を説明するための軌道です。
共有結合は、原子間で電子対を共有して生じる結合です。
結合軸に沿って軌道が重なる結合をσ結合、結合軸の両側で平行な軌道が横向きに重なる結合をπ結合と呼びます。
単結合は通常1本のσ結合からなり、二重結合は1本のσ結合と1本のπ結合、三重結合は1本のσ結合と2本のπ結合からなります。
例えばsp²混成した炭素では、3つのsp²混成軌道が同一平面内でσ結合をつくり、平面に垂直な未混成p軌道が残ります。隣り合う炭素のp軌道同士が重なるとπ結合が形成されます。π電子はσ電子より一般に束縛が弱く、隣接するp軌道が連続して重なる構造では、複数の原子にわたって広がることができます。

[図1 σ結合とπ結合における軌道の重なり]
2.ベンゼンとπ電子の非局在化
π電子の非局在化を理解する代表例がベンゼンです。
ベンゼンでは、6個の炭素原子がsp²混成をとり、平面六角形を形成しています。
各炭素に残るp軌道が環状に重なり、6個のπ電子は特定の2原子間だけに局在せず、ベンゼン環全体に広がっています。
ベンゼンは交互の単結合と二重結合をもつケクレ構造式で表されますが、実際の6本の炭素—炭素結合は等価です。この非局在化を表すため、六角形の内側に円を描くこともあります。
環状の共役系があれば、すべて芳香族性を示すわけではありません。
芳香族性は、環状でほぼ平面な共役系にπ電子が非局在化し、特有の安定化を示す性質です。
一般にはヒュッケル則、すなわちπ電子数が4n+2個(n=0, 1, 2, …)となることが判断の目安になります。

[図2 ベンゼンの表示と非局在化π電子]
3.π共役系と導電性
単結合と二重結合が交互に並ぶなど、隣接するp軌道が連続して重なり、π電子が複数の原子にわたって非局在化できる系をπ共役系と呼びます。
ポリアセチレン、ポリチオフェン、ポリアニリンなどの導電性高分子や、多くの有機半導体はπ共役系をもちます。
共役鎖が長くなると、π電子が広がる範囲が大きくなり、形成されるπ分子軌道の数が増えて、隣接するエネルギー準位の間隔が小さくなります。
一般に、共役長が長くなるほどHOMO–LUMOギャップは小さくなる傾向があります。
個々の分子では、電子が占有している最も高いエネルギーの分子軌道を最高被占分子軌道(HOMO)、電子が占有していない最も低いエネルギーの分子軌道を最低空分子軌道(LUMO)と呼びます。この二つの準位のエネルギー差がHOMO–LUMOギャップです。
一方、多数の分子が集合して固体になると、分子間相互作用によって各分子のエネルギー準位が広がり、HOMO由来の占有準位群とLUMO由来の非占有準位群として扱われます。
これらは固体の価電子帯と伝導帯に対応させて説明されることがありますが、分子のHOMO・LUMOと固体のバンドは厳密には同一ではありません。
π共役系は電荷が移動する経路をつくりますが、中性状態の共役高分子には自由に動けるキャリアが少なく、一般にそのままでは高い導電性を示しません。
また、共役の途切れ、分子鎖のねじれ、結晶性、分子配向、欠陥、分子間距離などもキャリアの移動しやすさを左右します。したがって、導電性は「π共役があるか」だけでは決まりません。

[図3 ポリアセチレンのπ共役系と共役長によるHOMO–LUMOギャップの変化]
4.ドーピングで導電性が高くなる仕組み
共役高分子の導電性を大きく高める方法がドーピングです。
ここでいうドーピングは、主に酸化還元や酸・塩基反応によって高分子鎖に電荷キャリアを生じさせ、電気的中性を保つ対イオンを導入する操作です。
無機半導体で母材の一部を別元素に置換する不純物ドーピングとは、仕組みが異なる場合があります。
(1)p型ドーピング
ヨウ素などの電子受容性物質で共役高分子を酸化すると、高分子のπ電子が一部取り去られ、正電荷をもつ状態が生じます。これをp型ドーピングと呼びます。
電荷は単純な「空席」としてだけ存在するのではなく、高分子鎖の局所的な構造変化と結び付いたポーラロンやバイポーラロンとして記述されることがあります。
(2)n型ドーピング
電子供与性物質から共役系へ電子を与えると、負電荷キャリアが生じます。これがn型ドーピングです。
n型材料は酸素や水分との反応によって性能が低下しやすいものもあり、材料設計や封止が重要になります。
電場を加えると、これらのキャリアは共役鎖に沿って移動するとともに、鎖間または分子間をホッピングなどによって移動します。
単一のキャリアが支配的な場合、電気伝導率σは概念的にσ=n|q|μと表せます。
nはキャリア密度、|q|はキャリアの電荷の大きさ、μは移動度です。
ドーピングは主にキャリア密度を増やしますが、過剰なドーピングが構造の乱れや移動度低下を招く場合もあるため、導電性はドーパント量だけで一意に決まりません。
5.ポリアセチレンが示した導電性高分子の可能性
ポリアセチレンは、炭素—炭素単結合と二重結合が交互に並ぶ代表的な共役高分子です。
未ドープのポリアセチレンの導電性は高くありませんが、電子受容体または電子供与体でドーピングすると、導電率が著しく上昇します。
白川英樹、アラン・ヒーガー、アラン・マクダイアミッドの3氏は、導電性高分子の発見と発展への貢献により、2000年のノーベル化学賞を受賞しました。この研究は、適切な共役構造とドーピングを組み合わせれば、有機高分子でも高い導電性を実現できることを示しました。
ポーラロンとして記述される場合、正電荷と不対電子は局所的な結合構造の変化を伴い、複数の繰り返し単位にわたって広がります。
ポリアセチレンでは、ドーピング状態に応じてソリトンも電荷輸送に関与します。

[図4 ポリアセチレンの酸化ドーピングによるキャリア生成と非局在化]

[図5 p型ドープポリアセチレンにおけるキャリア生成と電場下の移動]
6.有機導電材料と有機半導体
有機材料の電気的性質は、絶縁体、半導体、高導電体という明確な箱に固定されるものではありません。同じ材料でも、化学構造、純度、分子量、結晶性、配向、温度、ドーピング状態、薄膜の作製条件によって導電率が大きく変化します。
| 材料の例 | 主なキャリアの生成・注入方法 | 主な用途・特徴 |
| 導電性高分子 | 化学的・電気化学的ドーピング | 帯電防止膜、電極、センサー、電解コンデンサなど |
| 低分子・高分子有機半導体 | 電極からの注入、光励起後の電荷分離、電界効果による界面蓄積、ドーピング | 有機EL、有機トランジスタ、有機太陽電池など |
| 分子性導体・電荷移動錯体 | 電子供与体と電子受容体の間の電荷移動 | 基礎研究、電子材料・センサーなど |
【表1 有機導電材料の比較】
有機半導体では、光を吸収して励起子が生成し、それが電子と正孔に分離してキャリアとなる場合や、電極から電子・正孔が注入される場合があります。
7.まとめ
有機化合物が電気を流すための土台は、隣接するp軌道が連続して重なるπ共役構造です。
しかし、π電子の非局在化だけでは十分ではありません。電気伝導には、電子や正孔などのキャリアが存在し、それらが分子内・分子間・高分子鎖間を移動できることが必要です。
共役高分子では、ドーピングによってキャリア密度を増やし、導電率を大幅に高めることができます。一方、有機半導体素子では、電極からのキャリア注入、光励起後の電荷分離、電界効果による界面へのキャリア蓄積が利用されます。
(日本アイアール株式会社 特許調査部 H・L)
《引用文献、参考文献》
- 1)IUPAC Gold Book, conjugated system (conjugation).
https://goldbook.iupac.org/terms/view/C01267 - 2)IUPAC Gold Book, charge carrier generation.
https://goldbook.iupac.org/terms/view/08778 - 3)The Nobel Prize in Chemistry 2000, Popular Information.
https://www.nobelprize.org/prizes/chemistry/2000/popular-information/
































