3分でわかる技術の超キホン プラントアクティベーターとは?特徴、メリット、作用機序等を解説
現在使用されている農作物の病害を制御する農薬の多くは、殺菌作用のある薬剤です。
これらの薬剤は、病原菌の呼吸系、脂質生合成、ステロイド生合成、細胞分裂、膜機能を阻害する等によって殺菌作用が発揮されています。
しかし、殺菌力を持たない物質がいくつか農薬として使用されております。
具体的には、病害に対する抵抗性を植物に誘導することで発病抑制する物質で「プラントアクティベーター」(plant activator)と呼ばれています。
今回は、プラントアクティベーターの概要についてご紹介いたします。
目次
プラントアクティベーターとは
プラントアクティベーター(「プラントディフェンスアクティベーター」「植物活性剤」「宿主抵抗性誘導剤などとも呼ばれます)は、植物が本来持っている免疫力を高めることで病気に対する抵抗性(全身獲得抵抗性, systemic acquired resistance[SAR])を向上させる薬剤をいいます。
病原体を直接コントロールする従来の薬剤とは作用機序が異なっており、耐性菌が出現しない、効果が持続するなどのメリットがあり、利用拡大が期待されています。
プラントアクティベーターは下記のように定義されます。
- 直接的な抗菌性を示さずに、発病抑制効果を示す
- 植物中に抵抗性誘導に係わる分子が蓄積、誘導される
- 広範囲の病害に対して効果を示す
- 効果が長期間維持される
- プラントアクティベーターを処理してから植物が病気に抵抗性を示すまでにタイムラグがある
植物の抵抗性誘導には、局所的なものと全身的なものがあり、局所的なものは抵抗性誘導体が処理した部位に限られ、効果の持続性という観点からは実用的に十分でないことが多いとされます。
以下このコラムで取り上げている薬剤はいずれも全身的なものです。
病原体の感染に関係なく単に細胞死を引き起こす「誘導型」プラントアクティベーターと、感染時に発動される免疫応答を強める、もしくは早める「プライミング型」プラントアクティベーターとに分ける場合もあるようです。
プラントアクティベーターの作用機序
植物が病気に感染すると、植物細胞は微生物等を認識し、その信号は核、さらに全身に届けられます。
その過程には、いくつかの相互に関連した信号伝達経路が機能していると考えられています。
今のところ解析が進んでいる経路としては、植物が病原を認識した際に、情報伝達化学物質としてサリチル酸(植物ホルモンの1種とされることもある)が生成、蓄積され、全身に移動して制御因子であるNPR1等の情報伝達を行う蛋白質が生成されます。これが各細胞の核内に伝えられ、病原に対して抗菌性を示すたんぱく質を含む複数の産生PR-たんぱく質が生産され、病原菌に対する抵抗性が生ずると考えられています。
微生物の代わりに、このような信号伝達経路のいずれかを活性化することによって、病害に対する抵抗性を誘導する、あるいは、病原に感染したときに通常よりも速く抵抗性を高めるようにするのがプラントアクティベーターです。
現在、プラントアクティベーターとして知られているもののなかで、プロペナゾール、バリダマイシンAはサリチル酸の生成に、チアジニル、イソチアニルはNPR1の生成に関与していると考えられています。
プラントアクティベーターのメリット
プラントアクティベーターのメリットは、下記のようなものが挙げられます。
- 複数の病害に対する広範な防除効果がある
- 薬剤耐性菌による効果の減衰が認められていない
- 効果が長期間維持されることから、殺菌性農薬の使用回数や量を低減できる
- 省力的で利便性の高い薬剤である
- 環境負荷の少ない薬剤である
主なデメリットとしては、
- 殺菌剤や殺虫剤に比べ、効果が緩慢な場合がある
- 生長抑制や薬害を引き起こす場合がある
があります。
プラントアクティベーターの具体例
今までにプラントアクティベーターとして知られているのは、プロベナゾール、チアジニル、イソチアニル、アシベンゾラルSメチルがあります。
いずれも、主たる防除対象病害がイネいもち病ですが、いもち病以外にイネや野菜類の細菌病害にも有効であるという共通点があります。また、いずれの薬剤も浸透移行性に優れており、根部から吸収されて速やかに全身に分布します。そのため、根部に施用しやすい粒剤化した製剤で使用されています。
また、実用化には至っていないものの、サリチル酸、 N-シアノメチル-2-クロロイソニコチン酸アミド-、2,6-ジクロロイソニコチン酸もプラントアクティベーターとしての機能を有していることが報告されています。
①プロベナゾール(オリゼメート粒剤、Dr.オリゼ箱粒剤など)1974年農薬登録
プラントアクティベーターの概念が確立される前に創製された薬剤です。
プロベナゾールは、in vitroでの病原菌に対する抗菌性を見るではなく、ポット試験と呼ばれる植物に病原菌を接種して発病させたときの防除効果を見ることで選抜された薬剤です。
プロベナゾールは、製剤改良の効果も加わって、育苗箱または水田に1回施用するだけでイネの葉いもちの発病を抑制することができるとされています。
プロベナゾールの作用機序は、次のように説明されています。
プロベナゾールで処理されたイネでは、いもち病菌が感染しようとするとスーパーオキシドなどの活性酸素が発生して宿主細胞の過敏感的な死が生じ、いもち病菌の感染が阻害され、続いて、ファイトアレキシンや酸化された脂肪酸などの抗菌物質が生成され、さらに細胞壁のリグニン化が進行することによって、物理的・化学的な障壁が形成されます。
プロベナゾールを吸収したイネは、全てのいもち病菌に対して反応を示すようになり、感染を阻害することができるとされています。
使用に当たっては、プロベナゾールは、効力が長期間続くことから、従来のいもち病殺菌剤よりも早い時期(葉いもち初発前)に散布すれば、葉いもちから穂いもちまで防除効果が発揮されると説明されています。
また、プロベナゾールは、イネいもち病防除剤として開発されましたが、現在までに、イネ白葉枯病、イネもみ枯細菌病、キュウリ斑点細菌病、ハクサイ軟腐病等々にも適用が拡大されています。
②チアジニル(ブイゲット粒剤、アプライプリンス粒剤など)2003年農薬登録
チアジニルは、チアジアゾールカルボキサミド系の浸透性殺菌剤であって、イネの箱処理あるいは本田での潅水散布処理することにより、根部から吸収移行し、イネいもち病に優れた予防効果を示します。
チアジニルも、in vitro試験では、胞子発芽、付着器形成・侵入に対する阻害は認められず、いもち病菌に対して直接の抗菌力を持たないことが明らかになっています。一方で、菌糸の侵入した細胞内や他細胞への進展度が低く、いもち病に対する抵抗性が誘導されたことが示唆されています。
チアジニルは、耐性菌の出現リスクが低く、既存剤に耐性のいもち病にも有効で、安定した効果が長期間持続するとされています。白葉枯病、もみ枯細菌病等の細菌性病害にも有効であると説明されています。
③イソチアニル(ルーチン粒剤など)2010年農薬登録
イソチアニルはイソチアゾール環があり、浸透移行性を有する薬剤です。
イソチアニルも、in vitro試験では、イネいもち病菌、白葉枯病菌を始めとする病原糸状菌および細菌に対する抗菌活性を示さず、ポットおよび圃場試験でこれらの病害に防除効果を示すことが確認されています。
イソチアニルで処理されたイネは、いもち病菌接種の有無に関わらず、イネ葉身内の植物病害抵抗性関連酵素であるリポキシゲナーゼ、フェニルアラニンアンモニアリアーゼ、キチナーゼ活性を亢進させたと説明されています。
イソチアニルは、低薬量での処理で長期間、安定した防除効果を持続するとされています。
④アシベンゾラルSメチル(バイオンガゼット粒剤など)
アシベンゾラル-S-メチルはベンゾチアジアゾール系の殺菌剤で、直接的な殺菌活性は持たず、植物の全身獲得抵抗性(SAR)を誘導して、病原菌による発病を抑制する効果を示すとされています。
すなわち、アシベンゾラル S-メチルを処理することにより、植物体にサリチル酸が蓄積、その後、ペルオキシターゼ、キチナーゼ、PR1 タンパク質、PR4 タンパク質等が発現し、糸状菌、細菌及びウイルスに対する全身獲得抵抗性が誘導されると考えられています。
なお、国内では 1998 年に農薬登録され、販売されていましたが、2006 年に失効となっています。
海外では米国、フランス、イタリア、ブラジル等において登録されています。
⑤バリダマイシンA
イネ紋枯病の菌糸先端細胞においてトレハロースは、分解酵素トレハラーゼの働きでグルコースに変換されて呼吸基質として菌糸伸長に利用されます。
バリダマイシンAは、イネに散布されるとバリドキシルアミンAに変換されますが、このバリドキシルアミンAの構造がトレハロースに類似していることから、トレハラーゼと結合し、グルコース生成を阻害、その結果、菌の生育を停止させると考えられています。
バリダマイシンA及びバリドキシルアミンAは直接的な殺菌性は示さないこと、バリダマイシンAの茎葉散布により、植物体にサリチル酸が蓄積、全身獲得抵抗性(SAR)を誘導すること、バリダマイシンAの茎葉散布が他の病害の発病抑制にも効果的であることなどから、バリダマイシンAがプラントアクティベーターとして機能していることが強く示唆されています。
⑥カルプロパミド(ウィン箱粒剤など)1991年農薬登録
カルプロパミドは、育苗箱で処理すると速やかに植物体全体に移行し、菌の酵素や毒素の産生、分泌を抑制したりして、いもち病菌の感染を防止する殺菌剤です。
カルプロパミドの作用機作としては、いもち病菌の付着器のメラニン生合成阻害ですが、その作用点は従来のメラニン生合成阻害剤の作用点とは異なり、シタロン及びバーメロンの脱水素酵素反応を阻害するものとされています。
さらに、いもち病斑上に形成された胞子の離脱阻害作用が見いだされており、二次感染が抑制されることも明らかにされています。
⑦その他の報告例
(1) インプリマチン(Imprimatin)
理化学研究所と岡山大学は、プラントアクティベーターとしてインプリマチンA、B、C等を発見し、その作用メカニズムを解明したとの報告がされています。
例えば、インプリマチンA、B等をシロイヌナズナに添加すると、病原細菌に対する耐病性が向上したこと、この時免疫応答を制御する植物ホルモンの1つであるサリチル酸の内生量が上昇し、一方でサリチル酸の代謝物の1つであるサリチル酸配糖体が減少していたこと、また、これらがサリチル酸の配糖体化をすすめる既知および新規の2種類のサリチル酸配糖化酵素の働きを阻害すること等を見いだし、インプリマチンA、B等によって免疫応答が誘導されることが分かったとされています。
他にも、インプリマチンC1はサリチル酸(SA)の弱い類似化合物として機能し、防御関連遺伝子の発現を活性化させること等々が報告されています。
報告されたインプリマチンの例
(2) スクラレオールとcis -アビエノール
平成24年度の主な研究成果(農業生物資源研究所)として発表されています。
スクラレオールとcis-アビエノール自体は立枯病菌に対しては殺菌活性を示さなかったのですが、タバコ、トマト、シロイヌナズナの立枯病菌に対して抑制効果を示しました。
これらのことから、スクラレオールとcis-アビエノールにみられた抑制効果は、直接的な抗菌作用に因るものではなく、植物内で起きた抵抗性反応に因るものであると考えられております。
さらに、類縁体を用いた構造活性相関試験により炭素8位の水酸基が活性発現に重要であることが判明した等々が報告されています。
プラントアクティベーターは、種々のメリットがあることから、今後も新たな化合物の探索がされるものと期待されています。
「プラントアクティベータ」に関する特許を検索してみると?
日本特許庁のj-Platpatで特許を調査してみました。
(※以下、いずれも2019年11月辞典における検索結果です。)
まずは、プラントアクティベータを使ってキーワードによる検索です。
- KW(全文):プラントアクティベータ プラントアクティベータ →20件ヒット
- 論理式 : [植物/CL]*[抵抗/CL+免疫/CL]*[誘導/CL+増強/CL] →1874件ヒット
得られた特許を見ると、「植物用病害抵抗性誘導剤」「免疫機能増強」の表現が得られましたので、式をちょっと修正して検索してみます。
得られた特許から、特許分類(FI)としてA61P3/00(代謝系疾患の治療薬)、Fタームとして4H011AA01、AA03が付与されているものが多く見受けられましたが、ともに殺菌・殺カビ剤(4H011:農薬・動植物の保存、AA01:殺菌剤、静菌剤、AA03:殺カビ剤)などプラントアクティベーターの上位概念であって、プラントアクティベーターそのものに対応するFI、Fタームはなさそうでした。
本格的に調査をするのであれば、調査目的に応じて、別のキーワードやFI、Fタームを組み合わせて検索することが不可欠なようです。
なお、上記論理式でヒットした1874件をざっと見たところ、「植物用抵抗性誘導剤」「植物の病害抵抗性増強用組成物」「イネ科植物の病害抵抗性を誘導する・・」などの特許がヒットしていました。
「プラントアクティベータ」に関する文献を検索してみると?
JSTの「J-STAGE」で文献を調査してみました。簡単なキーワード検索の結果は以下の通りです。
- プラントアクティベータ →2件ヒット
- プラントアクチベータ →2件ヒット
- 植物 抵抗性 誘導剤 →134件ヒット
- 植物 抵抗性 誘導 →4018件ヒット
- 植物 免疫 増強剤 →48件ヒット
- 植物 免疫 増強 →2061件ヒット
「植物 抵抗性 誘導剤」でヒットした134件には、「・・抵抗性誘導剤の将来展望」「・・抵抗性誘導剤の可能性」等々の文献がヒットしていました。
(日本アイアール株式会社 特許調査部 S・T)
☆農薬やバイオ関連技術の特許調査・文献調査は日本アイアールまでお気軽にお問い合わせください。