3分でわかる技術の超キホン 植食者誘導性植物揮発性物質(HIPV)とは?
今回は、植物が発するSOSのお話です。
植物は自ら移動することができないため、種々の防衛方法を持っています。
例えば、毒をもったり、棘を作ったり、以前この連載コラムでご紹介したプラントアクティベーターなどもその一つといえます。
数ある防衛方法の中でも、植物が害虫(植食者)に食べられたときに、ある物質を作って放出し、その害虫の天敵を呼ぶということをしていることが1980年代に発見されました。
その物質は、植食者誘導性植物揮発性物質(Herbivore-induced plant volatiles: HIPV または HIPVs)と呼ばれています。
日本語の学術用語としてはちょっと長い名前ですが、今回はHIPVをご紹介いたします。
目次
HIPVとは?
1983年にオランダのSabelis and Baanは、ハダニを捕食するチリカブリダニが、健全な葉の匂いよりもハダニによる食害された葉の匂いを好むことを、実験で初めて明らかにしました。
すなわち、植物が昆虫などの植食者(ハダニ)の食害をうけた場合、その植食者の捕食性天敵(チリカブリダニ)を呼び寄せる匂い成分を誘導的に生産・放出しているという現象が報告されたのです。
その匂い成分は、植物由来の揮発性の成分で、植食者の食害によって特異的に植物体内で生成されるもので、植食者誘導性植物揮発性物質(HIPV)といいます。
これまでのHIPVに関する主な研究成果としては、
- HIPVの生合成経路が植物に存在し、かつ、食害によって誘導されている
- HIPVが被害葉だけでなく、被害株の未被害部分からも放出される
- HIPVが傷害関連の植物ホルモンでジャスモン酸等によって誘導されている
- 植食者の唾液中に、植物にHIPVを引き起こさせる物質(エリシター)が存在する
など様々な研究が進み、植物が食害に応答して天敵を呼び寄せるHIPVを誘導的に生産することが実証されてきています。
HIPVを研究することによって、天敵をより誘引するような植物を作ることが期待でき、天敵を効率的に制御し、環境に優しい害虫管理ができる可能性を持っています。
すでに、化学成分を圃場に処理し、土着天敵を誘引あるいは定着させて利用しようという試みが一部で行われているようです。
HIPVの生産に関与しているものは?
これまでの研究から、HIPVの生産には、植物体内のサリチル酸やジャスモン酸が関与しているとされています。
例えば、ナミハダニに食害されたリママメ葉では、ジャスモン酸が蓄積されることが見いだされています。
また、実験でジャスモン酸水溶液をリリマメに処理するとHIPVが放出され、ハダニの天敵であるチリカブリダニの誘引性が高まることが確認されています。
ジャスモン酸水溶液は、その他の植物(ガーベラ、トウモロコシ等)でもHIPVの生産を誘導していると考えられており、いろいろな研究から、ジャスモン酸はHIPV生産においてシグナル伝達物質(文献によっては、分子スイッチと表現)として作用していると考えられています。
その他にも、HIPVの生産には、エチレンやスペルミンなどの関与も示唆されています。
植物におけるHIPVの生産部位
HIPVは食害を受けた植物の葉で生産されますが、被害葉の未被害部分からも生産される事が知られています。
リママメは、ハダニ被害株の未被害部分からもチリカブリダニを誘引する成分が生産されており、シロイチモジヨトウの被害を受けたトウモロコシ未被害部分からもHIPVが生産され、寄生蜂(Cotesia maginivantris)を誘引することが報告されています。
HIPV生産の特異性とは?
同じ害虫(植食者)が異なった植物を食害した場合、生産されるHIPVは植物によって異なることが知られています。
例えば、ナミハダニがトマトを食害した場合は、サリチル酸メチルがHIPVとして検出されますが、キュウリやリンゴなどの場合では、HIPVの主成分はジメチルノナトリエンとβ-オシメン等になることが報告されています(種特異性)。
また、同じ植物でも品種が異なると、HIPVの成分が異なる場合があり(種内特異性)、他にも、発育段階でも特異性が認められています。
例えば、「キュウリの若い葉の部分がナミハダニに食害されるとチリカブリダニを誘引するが、古い葉が食害されても誘引は認められない」とか「トウモロコシは、丈高が30センチ程度まではHIPVを良く生産するが、1メートル以上になり、花がつく頃の株ではほとんど生産が認められなくなる」などが知られています(生育段階特異性)。
この生育段階の違いによる特異性の結果から、植物は天敵を誘引して食害が軽減される場合にのみ揮発性成分を放出している可能性があるとの報告もあります。
特異性は、植物側だけでなく、植食者側にもあり、それぞれ種特異性、種内特異性、生育段階特異性があることが報告がされています。
HIPV生産の複雑性
キャベツは、コナガに食害されると、コナガコマユバチを誘引するHIPVを放出します。
また、モンシロチョウ幼虫に食害されると、アオムシコマユバチを誘引するHIPVを放出します。
しかし、キャベツが、コナガ、シロチョウ幼虫の両方に食害されるとHIPVの成分が変化し、コナガコマユバチが誘引されにくくなり、コナガにとって天敵の密度が低くなるという結果になります。
反対に、シロチョウ幼虫の後にコナガが加わった場合は、アオムシコマユバチが誘引されにくくなります。
このように、HIPVの成分は、種々の要因により変化し、これらの関係性はつぎつぎと複雑になっていくと考えられています。
また、コナガは、生存率を高めるために、健全株よりもモンシロチョウの食害株を選択して産卵する傾向が認められ、害虫や天敵はHIPVの成分情報を利用していると考えられています。
こうしたことなども、全体的な関係性はさらに複雑さが増大すると考えられています。
[植物-植食者-捕食性天敵]の具体例
文献等で報告されている例をご紹介いたします。
- リママメ – ナミハダニ(植食性ダニ) – チリカブリダニ(捕食性ダニ)
ナミハダニはとても小さなダニですが、短時間で大量に増えるため、植物に大きな害を及ぼすことで知られています。
リママメは、ナミハダニの食害を受けると、チリカブリダニを誘引するHIPVの生産をしはじめます。引き寄せられるチリカブリダニは、ナミハダニを捕食する獰猛な捕食者で、ハダニよりも高い増殖率を持つために、最終的にハダニのコロニーを食い尽くしてしまい、リママメはそれ以上食害されることがなくなります。
ナミハダニ被害のリママメ葉から放出されるHIPVとしては、主に上に挙げたサリチル酸メチル、ジメチルノナトリエンとβ-オシメン等があります。
また、ナミハダニは多くの植物に寄生しますが、インゲン豆、キュウリ、トマト、ナシなどがHIPVを放出することが報告されています。
なお、サリチル酸メチルに関しては、チリカブリダニの第一脚ふ節にある匂い受容感覚器で受容されることも明らかにされており、ダニが第一脚を高く持ち上げて、匂いを受容しようとする様なポーズを示すことが認められています。
他にも以下のような例が報告されています。
- リンゴ – リンゴハダニ – イチレツカブリダニ
- リンゴ – リンゴサビダニ – パイライカブリダニ
- オオムギ – アブラムシ – ナナホシテントウ
- ナシ – キジラミ – ハナカメムシ
- キュウリ – ミカンキイロアザミウマ – ハナカメムシ
産卵誘導性植物揮発性物質(OIPVs)とは?
HIPVは植食者による食害によって生産されますが、植食性昆虫の産卵によって寄生性昆虫を誘引する例が報告されています。
例えば、ニレハムシ(Xanthogaleruca luteola(Müller)コウチュウ目:ハムシ科)が産卵したニレ由来のにおいによって、卵寄生蜂Oomyzus gallerucae(Fonscolombe)(ハチ目: ヒメコバチ科)が誘引されます。このにおいは、カリオフィレンやジメチルノナトリエンであることが明らかとなっています。
このような物質は、産卵誘導性植物揮発性物質(oviposition-inducedplant volatiles; OIPVs)と呼ばれています。
カメムシ、コウチュウ、ハエ、ハチといった種々の植食性昆虫と寄生蜂が発見されています。
OIPVs を利用して、害虫による作物への加害を事前に管理することなどが期待されます。
(※産卵誘導性植物揮発性物質(OIPVs)という用語が使われるようになったのは、最近のことのようで、以前は、OIPVsもHIPVとして紹介されていました。本コラムも、HIPVにはOIPVsを含む場合があります。)
なお、植食性昆虫の餌植物種が、捕食寄生者の寄生後(=産卵後)の寄主体内での生存に影響するという例が報告されています。
例えば、アワヨトウが、寄生蜂カリヤコマユバチや寄生バエのノコギリハリバエ、もしくはブランコヤドリバエに寄生(産卵)された後に、アブラナ科植物を摂食した場合、イネ科植物を摂食した場合と比べて3 種の寄生種のいずれにおいても寄生成功率が低くなることが報告されています。
寄生されたアワヨトウがアブラナ科植物を摂食することで、体内の寄生者が死亡するのです。
一例として、キンウワバトビコバチに寄生されたイラクサキンウワバという蝶の幼虫は、キサントトキシンを含むパースニップという植物を食べると寄生蜂の寄生成功率が下がることが報告されています。
このことから、農業で天敵を利用する駆除を考える場合に重要な情報となりえると思われます。
植物-植食者-捕食性昆虫の具体例
- トウモロコシ – シロイチモジヨトウ – コマユバチ科の蜂
- トウモロコシ – アワヨトウ – カリヤコマバチ
- >キャベツ – モンシロチョウ幼虫 – アオムシコマユバチ
- キャベツ – コナガ幼虫 – コナガコマユバチ
- ソラマメ – エンドウヒゲナガアブラムシ – エルビアブラバチ
シロイチモジヨトウ幼虫の食害を受けたトウモロコシ葉は、その幼虫に寄生する寄生蜂Cotesia marginiventrisを誘引します。トウモロコシから放出される揮発性成分としては、12種類が報告されており、主なものとしては、青葉アルコール、インドール、セスキテルペンであるとされています。
ヤガ科のアワヨトウに食害されたトウモロコシからは、30種の揮発性成分が放出され、アワヨトウの寄生蜂であるカリヤコマユバチを誘引することが報告されています。この系では、揮発性成分の生産性は幼虫の発育段階と関連しており、アワヨトウが老齢(5-6齢)では揮発成分はほとんど放出されないという生育段階特異性を示すことが報告されています。
キャベツがモンシロチョウ幼虫の食害を受けた際、モンシロチョウ幼虫に寄生するアオムシコマユバチは、モンシロチョウ幼虫がより多くいる株に誘引されます。
HIPVとして、n-オクタナール、α-フェランドレン、γ-テルピネン等が放出されたとの報告があります。
食害を受けた植物が植食者を認識してる?エリシターとは?
植物が植食者によって食害されたときに放出されるHIPVは、人工的な傷害による場合に比べて、多量で成分も異なることが知られています。
また、同じ植物でも、植食者の種類によって、HIPVの成分構成が異なることも確認されています。
食害を受けた植物が植食者を認識していると考えられ、その要因として、植食者の食害様式や唾液成分が挙げられていますが、特にこの唾液(口腔分泌物)中の特定成分によって認識されているとされており、この成分は「エリシター」と呼ばれています。
例えば、マメ科、アブラナ科、ナス科等々の害虫であるシロイチモジヨトウ幼虫の唾液には、ボリシチンが含まれており、これがエリシターとされています。
トウモロコシは、ボリシチンにより刺激され、インドールやテルペノイドを放出するようになり、ヨトウムシの天敵であるコマユバチの雌がその臭いに誘引されて、寄主であるヨトウムシの所在を突き止め、産卵、最終的にトウモロコシはヨトウムシによる食害の拡大をくい止めることができるのです。
ボリシチンは、昆虫の腸内微生物によって生合成されており、食物中の脂質を乳化させるためのバイオサーファクタントとして作用しているとされています。
タバコスズメガ幼虫の唾液からもボリシチンに類似したエリシター物質が単離されているなど、これまでに多くのボリシチン類縁化合物が知られています。
また、ボリシチン以外にも種々のエリシターがあると考えられています。
OIPVs のエリシターとしては、例えばハバチの一種Diprion pini(L.)(ハチ目:マツハバチ科)では卵表面に存在する輸卵管由来の物質が、また、チャノコカクモンハマキAdoxophyes honmai Yasuda(チョウ目:ハマキガ科)では雌生殖器由来の物質がOIPVs を誘導しているとされています。
なお、エリシターは、昆虫によるものに限らず、微生物によるものも知られています。
主な生物農薬は?
ダニや害虫を駆除する「生物農薬」として下記のようなダニ・昆虫などが販売されています。
- ミヤコカブリダニ
- チリカブリダニ
- スワルスキーカブリダニ
- タイリクヒメハナカメムシ
- オンシツツヤコバチ
- サバクツヤコバチ
野菜、果樹、豆類などにつくナミハダニ、カンザワハダニ、ミカンハダニなどを捕食するダニです。ハダニ類の発生前から発生初期に放飼することで、ハダニを効果的に抑制するとされています。成虫の寿命は2週間程度で、夏は約5日で成虫となり、毎日3〜4個産卵、総産卵数は約50卵とよく増殖します。1日当たりの捕食量はハダニ類卵で10個程とされています。ミヤコカブリダニは、オレンジ色で、葉裏で勢いよく動き回るのが見られるようです。
ミヤコカブリダニ同様にハダニ類を捕食します。成虫は約30日間生存し、1日当りハダニ成虫を5頭または、 幼虫を20頭または、20卵を捕食するとされています。歩行速度が速く、捕食能力も優れている種と考えられている。
アザミウマ類、コナジラミ類、チャノホコリダニ及びミカンハダニを捕食します。雌成虫の体長は約 0.3 mmで、卵から成虫までの1世代に要する日数はおおよそ5~6日です。一日の捕食数は、アザミウマ1齢幼虫で5~6頭、コナジラコ卵で、10~15卵ほどです。
吸汁性で、長い口吻をダニやアブラムシに刺して体液を吸収します。広食性で、アザミウマ類、アブラムシ類、ハダニ類や各種チョウ目昆虫の卵を餌としています。タイリクヒメハナカメムシは、ナス、キュウリ、カボチャなど野菜類に生息しています。
雌成虫は体長約0.6mm、施設栽培野菜のコナジラミ類の防除に使われています。オンシツコナジラミの特に3~4齢初期幼虫に好んで寄生します。総産卵数は25℃では約400個で、寄生した卵は寄主の体内で孵化後、3齢を経過して蛹となりますが、その際寄生された寄主の外観が黒変(マミー)します。23℃では産卵されてから黒変するまでが約10日、その後新成虫が羽化するまでさらに10日を要するとされています。
コナジラミ類幼虫の寄生蜂で、施設栽培野菜のコナジラミ類の防除に利用されます。オンシツコナジラミ幼虫に対しては4齢後期以外の幼虫に寄生します。産卵は、コナジラミ幼虫の体の下と葉面の間で、孵化した幼虫がコナジラミ幼虫の体内に侵入して寄生します。寄生されたコナジラミの幼虫は発育が進むと黄色くなります(マミー)。また、寄主体液摂取によってもコナジラミ幼虫を殺します。活動の適温は20~30℃である。サバクツヤコバチの卵幼虫期間は28℃で約22日、生涯産卵数は約20卵であるとされています。
(※関連コラム:「生物農薬とは?」も併せてご参照ください。)
HIPVに関する特許を調べてみると?
J-Platpatを用いて、HIPVに関する特許を調べてみました。
(※2020年2月時点における検索結果です。)
(1) HIPVに関するキーワード検索
検索式: [植食/TX]*[誘引/TX+誘導/TX]*[植物/TX]*[揮発性物質/TX]
ヒットはわずかに14件のみでしたが、この中には、植物由来のカイロモンとして、p-アニスアルデヒドなどを主成分としたハエやダニを誘引する組成物の特許がありました。
この特許から、誘引剤は特許分類(FI)としてA01N27/00、A01P19/00に分類されているようなので、・・
検索式: [A01N27/00/FI+A01P19/00/FI]*[植物由来/TX]*[誘引/TX+誘導/TX]
としたところ50件がヒットし、上記6件に加えて、ベータ-フェランドレン等を用いたコナジラミ誘引剤組成物、n‐ヘプタナールを用いたコナガの天敵を誘引する天敵誘引成分、植物用抵抗性誘導剤などの特許が検出されました。
これらの特許は、農業用途を期待する旨の記載がされています。
(2)各化学物質名による検索
本コラムに記載した化学物質について、誘引剤分野での件数を調べてみました。
- [A01N27/00/FI+A01P19/00/FI]*[ヘプタナール/TX] ⇒16件
- [A01N27/00/FI+A01P19/00/FI]*[ジャスモン酸/TX] ⇒25件
- [A01N27/00/FI+A01P19/00/FI]*[ノナトリエン/TX] ⇒7件
- [A01N27/00/FI+A01P19/00/FI]*[オシメン/TX] ⇒46件
- [A01N27/00/FI+A01P19/00/FI]*[カリオフィレン/TX] ⇒44件
- [A01N27/00/FI+A01P19/00/FI]*[青葉アルコール/TX] ⇒20件
- [A01N27/00/FI+A01P19/00/FI]*[フェランドレン/TX] ⇒25件
- [A01N27/00/FI+A01P19/00/FI]*[テルピネン/TX] ⇒61件
いずれも誘引剤、忌避剤用途の特許がみられました。
ご興味のある方は、ぜひご自身で検索して、特許の内容を確認してみてください。
(日本アイアール株式会社 特許調査部 S・T)
☆農薬やバイオ関連技術の特許調査・文献調査は日本アイアールまでお気軽にお問い合わせください。