《界面活性剤を用いない乳化?》ピッカリングエマルションの特長と開発例

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界面活性剤を用いない乳化

水と油との乳化状態は、通常は、界面活性剤を加えて撹拌することにより形成されます。
しかし、界面活性剤を用いずに乳化することも可能です。
一体、どのような乳化なのでしょうか?

1.界面活性剤を用いない乳化=ピッカリングエマルションとは

その乳化は「ピッカリングエマルション」(または「ピッカリング乳化」)と呼ばれています。
界面活性剤の代わりに微粒子を添加して乳化します。
シリカ・チタニア・粘土類・カーボンブラック等の無機系およびポリスチレン・ PMMA・シリコーン樹脂等の有機系の微粒子が乳化剤として機能することが分かっています。

図1は乳化の機構を界面活性剤使用のケースと比較してイメージ化したものです。

乳化機構の比較
【図1 乳化機構の比較】

 

図1では水中に油分が分散したO/Wの例を示しましたが、油中に水が分散したW/Oも存在します。
ピッカリングエマルションは100年ほど前に見出されました。「ピッカリング」(Pickering)というのは当時の研究者の名前に由来しています1)

図2はピッカリングエマルションが係わる日本特許の件数の推移を示したものです。
21世紀に入ってからピッカリングエマルションの研究が活発になってきました。
また、近年著しく増加していることも分かります。

ピッカリング乳化に関する日本公開特許件数の推移
【図2 ピッカリングエマルションに関する日本公開特許件数の推移】

 

2.ピッカリングエマルションの特長

何故いまピッカリングエマルションが注目されているのでしょうか?

界面活性剤を用いないと言っても界面活性剤と同様の効果しか得られないなら、実用上の意味はありません。
しかし、ピッカリングエマルションは下記特長を備えています2)。これらは界面活性剤では実現が困難です。
 

(1)高い安定性

乳化とは疑似的な安定状態です。分散体(水中に油が分散している場合の油)同士が合体するのを、即ち乳化状態が破壊されるのを、水と油の界面に固定された合体防止剤(界面活性剤または微粒子)が妨げることにより維持されています。
一方で、水も油も分子運動しており、この運動エネルギーは乳化を破壊する方向に働きます。
換言すると、乳化状態の安定性は下記AとBのバランスで決定され、A>B であれば乳化が維持されます。

  • A:脱離エネルギー(界面に固定された合体防止剤を界面から離すのに必要なエネルギー)
  • B:運動エネルギー(界面の水や油が合体防止剤を動かすエネルギー)

しかし、界面活性剤は一つの分子であるため、A>B ではあるものの両者に大きな差はありません。このため、時間の経過とともに徐々に乳化状態が壊れていくことになります。特に高温で壊れやすくなります。

これに対して、微粒子を用いるピッカリングエマルションでは、微粒子は界面活性剤の分子に比べれば巨大であるため、A>>B の関係にあります。Aの方がBよりも数桁高いとされています。
このためにピッカリングエマルションは高い安定性を有します。
 

(2)環境との親和性

界面活性剤が水質汚濁の要因となることは従来から指摘されています3)
もちろん全く無害な物質というのは存在しませんし、微粒子も環境汚染と無縁ではありませんが、環境との親和性が相対的に高いと言えます。
この点は、生分解性の微粒子を乳化に使用した場合に特に顕著になります。
 

(3)複合機能材料の形成が可能

微粒子を用いたピッカリングエマルションにおいて、分散媒体(水中に油が分散している場合の水)を上手に取り除いた状態を思い浮かべて下さい。何が残るでしょうか?
内部の分散体が外側の微粒子層で閉じ込められた二重構造が得られます。
この複合構造を用いて、医薬や化粧品等の分野で、機能材料を製造することが可能になります。
 

3.セルロース系粒子の利用

ピッカリングエマルションの新たな動きとして、セルロース系粒子の利用が挙げられます。
生分解性を持たせることで、環境との親和性をより高める試みと言えます。その実例を紹介します。
 

株式会社ダイセルは、酢酸セルロース真球微粒子を用いたピッカリングエマルションの開発を発表しています4)
同社の2020年10月23日付プレスリリース「界面活性剤に代わる、環境にやさしいアイデア 酢酸セルロース真球微粒子「BELLOCEA®」を用いたピッカリングエマルションを開発」では、酢酸セルロース真球微粒子と、これを用いて形成したピッカリング乳化の様子についての画像が掲載されていますので、ご参照ください。
このプレスリリースでは、ボディクリームやクリームファンデーションなどに配合すると、高い乳化安定性と柔らかな肌触りを付与するとしています。
 

また、株式会社スギノマシンは、セルロース粒子(粒子直径7μm程度)の表面が繊維化されたものを開発しています5)
同社のニュースリリース「『表面繊維化セルロース粒子』を新たに開発」では、表1に記載の5成分を等量ずつ含む混合油を用い、水/混合油=1/1の比でミキサーにより混合撹拌した後に、乳化安定性を界面活性剤と比較しており、その結果を写真で示しています。
 

【表1 混合油の成分】[※引用5)
混合油の成分

 
1日後に界面活性剤添加では水と油分の分離が生じているのに対して、表面繊維化セルロース添加では乳化状態が維持されています。同社は一か月後も維持されていたとしています。

 

4.ピッカリングエマルションの今後の展開

ピッカリングエマルションの基本的な特長と潜在的な可能性は既に明らかにされています。
今後は、その特長をどの分野でどう活かすかの応用面での競争が活発化していくと予想されます。

 

(日本アイアール株式会社 特許調査部 N・A)

 


《引用文献・参考文献》


 

 

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