食品業界の「特殊」な事情 ~食品技術者よ、特許に強くあれ~
食品業界はノウハウがものをいう世界だった!?
誰でも自分の作った料理のレシピを共有できるサイトは不動の人気を誇っています。
その中でも、有名メーカーの製品やレストランの看板商品を食べてみて、その製法を想像しながらメニューを再現する「再現レシピ」のジャンルは特に人気があるものではないでしょうか。
煮たり、焼いたり、揚げたり、蒸したりという調理は、食品の製造には必須の工程ですが、どれひとつとっても複雑な化学反応の過程です。
それらを組み合わせて作った製品であれば、製品を買ったり食べてたりしてみたからと言って、どんな材料をどのくらい使って作っているのか分析するのは難しいものです。
食品メーカーのそのような企業秘密の詰まった味は、味覚や調理のスキルの高い個人があれでもないこれでもないと追い求め、いわば芸術の域に達するほどの手間をかけないと、真似できないということもあるでしょう。
そう、食品メーカーのおいしさは、製造ノウハウによって支えられているといっても過言ではありません。
電機や機械の分野では、競合他社の魅力的な製品をまず買ってみて、分解し、どんな技術が使われているか調査する「リバース・エンジニアリング」によってその秘密を知ることもある程度可能といわれます。
ですから、自社の技術はできる限り特許出願して権利化することが技術戦略の王道です。
しかし、食品業界ではそれに比べて、もともと製法が「バレにくい」のです。
したがって、出願費用をかけてまで作り方を全世界に向けて敢えて「バラさなければならない」特許を出願するよりも、ノウハウを隠しておいたほうがトクだという考えが、一昔前までは主流でした。
もともと特許は食品業界向きの制度ではなかった!?
食品は誰もが必ず毎日消費するもののため、消費者を飽きさせない工夫が必要です。
食品業界では常に新しさを求めての開発が重視され、製造業界の中でも特に製品の寿命が短い、いわゆる「商品サイクルが早い」分野であると言われています。
しかし、特許は出願から権利化まで数年かかることもよくあり、権利化できたころには商品自体が消え去っているという、食品業界には不向きの特徴があります。
また、仮に食品の特許を出願したとして、特許の発明の効果が「まろやかさ」や「おいしさ」などの味覚による評価、つまり官能評価により記されざるを得ないこともよくあります。
その場合、味覚は人それぞれですので、自社がせっかく取得した特許を他社が侵害していることを誰が判断できるのか、という問題も生じてしまいます。
こんな状況から、食品業界には特許という制度自体が向いていなかった、ということがいえるのかもしれません。
食品業界を変えた異業種参入の波
しかし、このような状況が変わったのは2003年。
大手化学メーカーが食品事業に参入し、「トクホ」分野で大ヒット商品を発売しました。
化学業界といえば特許による技術の保護が重要な業界ですから、特許出願もお手の物。
このメーカーは食品分野でも強力な特許網を築き始めました。
この影響で、食品業界で出願される特許も、単に味の官能評価結果を示すだけでなく、より化学業界に近いような原材料の量や測定値を数値で記載するようなものが増え、特許の権利範囲をより客観的なものにすることができるようになりました。
これにより、他社が特許技術の範囲から逃れにくくなりました。
また、分析技術が向上したため、さらに特許侵害を発見しやすくなってきたようです。
そして、CSR(企業の社会的責任)などの遵法意識の高まりや、食品分野の特許制度上の変更がありました。
このような状況から、企業としても特許を出願していることが評価されるようになり、大手食品メーカーが特許戦略を見直すきっかけになったようです。
食品技術者は特許とどう付き合うべきか?
食品分野の一部では、邪魔な特許を「潰し」たり、特許侵害訴訟も起こるようになってきました。
食品業界でもこれからの時代は「特許を制するものが業界を制す」。
つまり、これからの食品技術者の活躍のカギは、特許についてよく知り、使いこなせるようになることにあるといえるのでしょう。
特許の大きな特徴は、その権利範囲について他社を排除できるということです。
しっかり特許を出願することで、あるいは見込みのありそうな特許を入手することで、優れた独占して優れた商品を生み出すことができるでしょう。
また、他社の特許を侵害すると自社が大打撃を受けることがあります。
自社で使用している技術を知っているからこそ、他社の特許情報の危険性を判断できる技術者がきちんと特許調査に参加することで、自社の事業からリスクを低減することができるようになるでしょう。
さらに、他社の特許情報を分析すれば、今後の業界の動向も占うことができ他社の特許情報を分析すれば、今後の業界の動向も占うことができ、先手を打って自社がどうすべきかという対策を立てることもできます。
今、特許のスキルを身につけることは、これまで特許とのつながりが薄ければ薄いほど、食品技術者にとって大きなチャンスとなるでしょう。
(※本稿は中谷技術士事務所の中谷明浩講師からのご寄稿を、日本アイアールが再構成したものです)
☆特許分析・パテントマップ作成については日本アイアールのサイトも併せてご参照ください。