- 機械製図「ドラトレ」シリーズ
《初心者向け》やさしい図面の書き方 最新JIS製図と図解力完成(セミナー)
2025/10/16(木) 10:00~17:00
お問い合わせ
03-6206-4966
「MIL規格」は、その名が示す通り、軍事目的で開発された規格群です。しかし、その徹底した信頼性へのこだわりは、今や軍事の枠を超え、過酷な環境下での性能を保証する「究極のタフネス指標」として、民生品の世界にも大きな影響を与えています。
本記事では、前回の【NEMA規格入門】に続いて、防水に関連する規格の紹介として「MIL規格」の基礎知識を解説します。
目次
「MIL規格」(Military Standard、「ミルスペック」とも呼ばれる)は、米国国防総省(DoD: Department of Defense)が、軍が調達する物資や装備品に対して要求する技術的な要件を定めたものです。その目的は、装備品がそのライフサイクルを通じて遭遇するであろう様々な環境ストレスに耐え、いかなる状況下でも所定の性能を発揮できることを保証することにあります。
MIL規格は、材料、プロセス、慣行、設計基準など、非常に広範な領域をカバーしています。その中でも、電子機器や機械装置の耐環境性を評価するために最も頻繁に引用されるのが「MIL-STD-810」です。
MIL-STD-810「Environmental Engineering Considerations and Laboratory Tests(環境エンジニアリング考察とラボ試験)」は、機器がその運用生涯で遭遇する可能性のある環境ストレスの影響を評価するための一連の試験方法をまとめたものです。
この規格の最大の特徴であり、NEMAやIPと根本的に異なる思想が「テーラリング(Tailoring)」という概念です。
MIL-STD-810は、「29の全試験項目を全てクリアせよ」というチェックリストではありません。そうではなく、「その機器が実際に使用される環境(調達から輸送、保管、運用、保守に至るまで)を分析し(Life Cycle Environmental Profile)、そこで遭遇するであろう環境ストレスを再現するように、試験項目、手順、パラメータを仕立て直し(Tailor)て適用せよ」という考え方を基本としています。
これにより、砂漠でしか使わない機器に低温試験を実施したり、潜水艦で使う機器に高度試験を実施したりするような、無意味で過剰な試験を避け、本当に必要な信頼性を効率的に検証することを目指します。
MIL-STD-810は定期的に改訂されており、2024年時点での最新版はMIL-STD-810Hですが、一つ前のMIL-STD-810Gも依然として広く参照されています。
MIL-STD-810は、多数の試験メソッド(Method)で構成されています。
ここでは、防水・防塵・耐湿・耐腐食性に関連する主要なメソッドを、その目的と内容とともに詳述します。
MIL規格への適合を謳うには、単に試験を実施するだけでは不十分で、テーラリングの思想に基づいた体系的なアプローチが求められます。
民生品では、メーカーが「MIL-STD-810G準拠」と記載することがありますが、どのメソッドのどの手順を、どのようなパラメータでクリアしたのかが必ずしも明記されていないことがあります。例えば、「落下試験に準拠」とだけ書かれていても、その高さや回数、落下させる面の指定などが不明な場合があります。そのため、消費者はその謳い文句の具体的な内容を吟味する必要があります。
項目 | NEMA / IP 規格 | MIL規格 (MIL-STD-810) |
思想 | 分類(Classification) 定められた等級に製品を分類する。 |
信頼性実証(Reliability Demonstration) 実環境を模した試験で信頼性を実証する。 |
試験条件 | 固定的・標準化 等級ごとに試験条件は一律。 |
柔軟・テーラリング 製品の用途に応じて試験内容を「仕立てる」。 |
評価範囲 | 主にエンクロージャの保護性能。 | 機器全体の運用性能と生存性。 (衝撃、振動、温度、高度なども含む) |
適用 | 自己認証または第三者認証。 主に産業用・商用。 |
自己宣言が主(民生品)。 軍事調達では政府による検証。 |
コスト | 比較的低い。 | テーラリングと試験の複雑さから高コストになりがち。 |
端的に言えば、NEMA/IPが「製品がどのレベルの保護性能を持っているか」を示す静的な「等級」であるのに対し、MIL規格は「製品が特定の過酷な環境シナリオを生き抜いて機能し続けられるか」を検証する動的な「実証」と言えます。
鈴木崇司 講師
神上コーポレーション株式会社 代表取締役
開発QCDの最適化を追求する「匠のコンサルタント」として豊富な実績。
設計の上流工程のみならず、製造フェーズまで含めた技術支援が可能。
(※神上コーポレーションのWEBサイトはこちら)