熱硬化性のバイオプラスチックとその開発事例
プラスチックが「熱可塑性」と「熱硬化性」とに大別されるのはご存じだと思います。
では、バイオプラスチックの分野ではどうなのでしょうか?
1.バイオプラスチックの分類
図1は、2021年に日本政府が作成した「バイオプラスチック導入ロードマップ」におけるバイオプラスチックの定義を示したものです。
バイオマスプラスチックと生分解性プラスチックに分類され、それぞれの代表的なプラスチック名が記されています。
【図1 バイオプラスチック導入ロードマップにおける定義】
図1で少し不思議だとお感じの点はないでしょうか?
例示されているプラスチックはすべて熱可塑性であり、熱硬化性のものは見当たりません。
熱硬化性も視野にはあると推定されますが、少なくとも主眼は熱可塑性に置かれているようです。
2.熱硬化性のバイオプラスチックを得るには?
バイオマス由来の原料を用いて熱硬化性プラスチックを製造することはもちろん可能であり、検討例が報告されています。
本稿では、代表的な熱硬化性プラスチックであるエポキシ樹脂を例に、熱硬化性のバイオプラスチックの開発の状況を解説します。
エポキシ基は天然には存在しませんので、エポキシ系の熱硬化性バイオプラスチックを得るためには、バイオマス原料からエポキシ基含有化合物を製造するのが出発点になります。
その製法としては図2のA法とB法の二つが考えられます。
【図2 バイオマスからのエポキシ基含有化合物の製法】
A法は、バイオマス中の二重結合を酸化することによりエポキシ基とします。
ご留意いただきたいのは、この方法でバイオマスに加えられたのは酸素のみであり、エポキシ基含有化合物中の炭素はすべてバイオマスに由来する点です。
一方、B法ではバイオマス中の水酸基を利用し、別途化学合成したエポキシ化合物との置換反応によりエポキシ基含有化合物を得ます。
B法も有効なのですが、バイオマスを最大限活用するという点ではA法の方が優れていると思われます。
よって、A法による開発事例を以下紹介することとします。
3.エポキシ系熱硬化性バイオプラスチックの開発
(1)バイオマス:リモネン(limonene)のケース
「リモネン」は、C10H16の分子式を持つ単環状モノテルペンです。
リモネンにはd-体とl-体が存在します。
図3-1はd-体の構造を示したものあり2)、分子内に2つの二重結合を有していることが分かります。
d-リモネンはレモンの香りとしても有名であり、柑橘類の皮に豊富に含まれていますので3)、柑橘類の残渣から回収することが可能です。
d-リモネン分子内の2つの二重結合を酸化することによって、分子内に2つのエポキシ基を有するリモネンジオキシドを得ることができます。図3-2はその代表的構造を示したものです4)。
図4は、比較例として、既存の代表的なエポキシ樹脂であるビスフェノールA系エポキシ樹脂の構造を示したものです5)。
環構造と2つのエポキシ基を持つという点でリモネンジオキシドと既存エポキシ樹脂は共通しています。
このリモネンジオキシドは、硬化性に関しても既存エポキシ樹脂と同様に、アミン基を有する硬化剤と反応させることにより硬化成型体を形成できたことが、カナダのSherbrooke大学から最近報告されています4)。
【図3-1 d-リモネンの構造 ※画像引用2)】
【図3-2 リモネンジオキシドの代表的構造 ※画像引用4)】
【図4 既存エポキシ樹脂の代表的構造 ※画像引用5)】
(2)バイオマス:植物油のケース
分子内に二重結合を有するバイオマスであれば、どんな構造でもエポキシ基導入の対象となり得ますが、入手が比較的容易で扱いやすいのが植物油です。
例えば亜麻仁油(linseed oil)は図5に示すように分子内に平均6個程度の二重結合を有しています6)。
【図5 亜麻仁油の構造 ※画像引用6)】
ドイツのミュンヘン工科大学は、図6に示すように、亜麻仁油の酸化で得たエポキシ基導入体とタンニン酸を反応させて硬化成型体を得たと報告しています7)。
【図6 エポキシ基を導入した亜麻仁油の硬化反応 ※画像引用7)】
以上のように熱硬化性の分野でもバイオプラスチックの開発は進行中です。
商業化に向けて更なる進展が期待されます。
(日本アイアール株式会社 特許調査部 N・A)
《引用文献、参考文献》
- 1) 経産省他, 「バイオプラスチック導入ロードマップ」
- 2) 東京化成工業株式会社(WEBサイト)
https://www.tcichemicals.com/JP/ja/p/L0047 - 3) 藤田 明, 「ケミカルス覚え書き リモネン」,有機合成化学協会誌, 49(3), 240-241 (1991)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/yukigoseikyokaishi1943/49/3/49_3_240/_pdf/-char/ja - 4) J. Polymer Science, 59(4), 321-328(2021)
- 5) 東京化成工業株式会社(WEBサイト)
https://www.tcichemicals.com/JP/ja/p/B1796 - 6) J. Polymers and the Environment, 23, 526–533(2015)
- 7) Macromol. Mater. Eng. 307, 2200455(2022)
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/mame.202200455