化学反応における超音波の利用《課題と検討事例》
難分解性物質の分解に超音波照射が効果的であるとの報告をしばしば耳にします。
そもそも超音波照射にはどんな特徴があるのでしょうか。
超音波を化学反応に利用した際に、何が期待できるのでしょうか。
目次
1.超音波とその利用
超音波は、人間の聴覚で感じられる上限の周波数より高い周波数の音と定義され、約20kH以上の音が該当します。超音波は3大用途と呼ばれる医療用機器・洗浄機・溶接機をはじめに幅広い分野で現在利用されています。
ただ本稿では、化学反応への利用を念頭に、液体に超音波を照射した際の挙動について解説します。
2.液体への超音波照射
液体、典型的には水、に対して超音波照射するとキャビティ(cavity=空洞)と呼ばれる小さな気泡が発生し、この気泡が音波による圧力変動によって膨張と圧縮を繰り返します。これが「超音波キャビテーション」と呼ばれ、超音波で生じる特異的な現象の主役を担っています。
3.超音波照射の特徴:化学反応場の観点から
図1は液体に超音波照射した際の状況を、化学反応場としての特徴という観点から、発生した一つの気泡およびその周辺に焦点をあててイメージ化したものです。
【図1 化学反応場としての気泡およびその周辺】
超音波照射によって気泡の内部は理論的には数千℃の高温、数百気圧の高圧に達する極限的な状況が形成されると言われています。反応系全体としては低温を維持しつつ、極限状的な環境が気泡内で達成されることになります。
この結果、水を用いた場合にはOHラジカル等の活性種が気泡内に発生します。これらの活性種は液相との界面や液相本体に拡散していきますので、気泡とその周辺が化学反応場となります。上述の難分解性物質の分解が可能なのはこのためです。また超音波照射には物理的・機械的な効果も伴いますので、実際の反応ではこれらの作用との相乗効果も期待できます。
4.化学反応に利用する際の留意点
超音波の化学反応への利用に関する最初の論文を1927年に英国のWoodとLoomisが発表しました1)。それからほぼ100年が経過しました。高温・高圧の極限状況を容易に形成できるこの技術は化学反応の分野でどの程度利用されているのでしょうか。
残念ながら、汎用化学品の製造には利用されていません。
これは、装置のスケールアップが困難という点以外に、より本質的な弱点を抱えていることによります。
その弱点とは、超音波によって生成できる活性種の濃度が非常に低いことです。いくつかの仮定の下での試算となりますが、1時間に生成できる活性種の濃度は液体1Lあたり1020個程度、則ちミリモル/時間程度だと評価されています。これでは大量の原料を短時間で処理するのは困難です。
5.化学反応分野でのこれまでの検討
化学反応の分野でこの技術を利用するには、生産性ではなく高い機能性が活かせる用途や他の技術との複合化による相乗効果が期待できる用途の発掘が鍵を握っていると考えられます。これまでの検討の全般的な状況については、2006年および2012年に刊行された2点の成書にまとめられていますので、ご参照ください2)3)。
ここでは、超音波照射の特性を活かした利用法を見出す際の指針となると思われる具体的事例を抽出して紹介します。
(1)水中の有機塩素化合物の分解
クロロホルム(CHCl3)や四塩化炭素(CCl4)等の有機塩素化合物は、高い機能性を有する半面、生態系に混入した際の悪影響が懸念されるやっかいな化合物でもあります。従って、有機塩素化合物が溶解した水からこれらを効率よく除去する技術の開発は社会的に重要な意味を持ちます。
これらの水中濃度は通常数十から数百ppmの水準です。大量処理を苦手とする超音波処理には、この低濃度の水溶液が好適な対象となります。
大阪府立大学は、CCl4濃度が3250μmol/l(約500ppm)のモデル水溶液65gに、出力200Wで200kHzの超音波を照射した際に図2の結果が得られたと報告しています4)。
照射時間とともにCCl4の濃度が低下し、分解生成物であるCO2, CO, Clイオンの濃度が上昇していく様子が図2に示されています。15分でCCl4の分解率は85%に達しています。
同大学は、水の分解により生じるOHラジカルの生成速度(14.7μmol/l・min)よりもCCl4が遥かに高速で分解されることから、超音波照射によって生成する気泡内で熱分解あるいは燃焼反応により分解しているとしています。
【図2 水中の四塩化炭素(CCl4)の超音波照射による分解】
(2)異種ホモポリマーからのブロックコポリマーの合成
活性種の濃度が低い超音波照射でも、基材が低濃度であれば、材料の機能化にも利用できます。
英国バース大学のPriceらは、図3に示すように、ポリスチレンおよびポリメチルフェニルシランという異種のホモポリマーの混合溶液から、超音波照射によりブロックコポリマーを合成したと報告しています5)。同大は、ポリスチレン/ポリメチルフェニルシラン=8/2(重量)の比でポリマー濃度1%のトルエン溶液を調製し、酸素フリーの環境下で、超音波を約40W/cm2の強度で1h照射しました。
【図3 超音波照射によるブロックコポリマーの合成】
以上の2例は超音波照射を化学反応に適用した際の、反応系全体としては低温でも反応性の高い活性種を生成できるという長所と、しかし活性種の濃度は低いという短所を踏まえた巧みな応用例と言えます。
手詰まり状態における突破口となりうる手法の一つと位置付けていただければと思います。
(日本アイアール株式会社 特許調査部 N・A)
《引用文献・参考文献》
- 1)Phil. Mag. S. 7, 4(22), 417-436(1927)
- 2)ソノプロセスのはなし 超音波の化学工学利用,日刊工業新聞社(2006)
- 3)音響バブルとソノケミストリー,コロナ社(2012)
- 4)環境化学,9(3), 647-682(1999)
- 5)Polymer, 37, 3975-3978(1996)