波動歯車装置とは?構造・動作原理とロボットに採用される理由がわかる

ロボットの小型化・高機能化が進む中、関節を駆動する減速機には、高い位置決め精度とトルクに加え、小型・軽量であることが求められています。
本記事では、産業用ロボットや協働ロボットの関節部などに用いられる「波動歯車装置」について、基本構造や動作原理、特徴、適用事例、技術動向をわかりやすく解説します。
目次
1.はじめに
21世紀の産業およびサービス分野において、ロボットは不可欠な存在となりました。従来型の産業用ロボットの多くは、人から隔離された安全柵の中で高速動作を繰り返すものでしたが、現在の協働ロボットやヒューマノイドは、人と同じ空間で、繊細かつ複雑な動きをこなすことが求められています。
この「繊細な動き」を実現するうえで、重要な役割を果たしている要素の一つが高精度な減速機です。中でも、金属の弾性を利用するという独創的な原理に基づいた波動歯車装置(代表的な製品として「ハーモニックドライブ®」)は、ロボットの小型化・高精度化を支えてきた重要な技術の一つです。
2.ロボットの動作を支える3つの要素
ロボットを構成する技術は多岐にわたりますが、本記事では、動作に関わる主要な技術として以下の3要素に整理します(図1)。

【図1 ロボットの動作を支える3つの要素】
- 知能・制御(脳): 認識・判断、センサ情報の統合、軌道計画・制御
- センサ(感覚器): カメラ、位置センサ、力覚センサ、触覚センサ
- アクチュエータ(筋肉): モータ、減速機など
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この中で、ロボットの動作性能を大きく左右するのがアクチュエータです。
モータは高速回転が得意ですが、ロボットの関節には、低速域での大きなトルクと、高い位置決め精度が必要です。そこでモータの回転速度を下げ、出力トルクを高める減速機が重要になります。
波動歯車装置は、精密減速機の中でも、特に高精度かつ小型・軽量であることが求められるロボット関節などに広く採用されています。
3.波動歯車装置とは
波動歯車装置の最大の特徴は、薄肉カップ状の弾性歯車であるフレクスプラインを楕円状にたわませ、その変形を利用して動力を伝達する点にあります。楕円状カムを備えたウェーブ・ジェネレータが回転すると、フレクスプラインとサーキュラ・スプラインのかみ合い位置が周方向に移動します。
金属の弾性変形を利用する波動歯車機構は、米国の発明家C. W. マッサーによって考案されました。マッサーは1955年に同機構に関する特許を出願し、1959年に米国特許が成立しました。
また、日本では、波動歯車装置を用いた製品が「ハーモニックドライブ®」の商品名で広く知られるようになりました。この機構は英語で「strain wave gearing」、日本語では一般に「波動歯車装置」と呼ばれます。
なお、「ハーモニックドライブ®」は、株式会社ハーモニック・ドライブ・システムズの登録商標です。
(1)波動歯車装置の構成要素
波動歯車装置は、図2に示すように、主に3つの基本部品で構成されています。

【図2 波動歯車装置の基本構造】
- ウェーブ・ジェネレータ(Wave Generator、波動発生器):
楕円状カムの外周に薄肉のボールベアリングを組み合わせた部品で、フレクスプラインを楕円状にたわませます。 - フレクスプライン(Flexspline、たわみ歯車):
薄肉カップ状の金属弾性体で、開口部の外周に歯が刻まれています。ウェーブ・ジェネレータによって楕円状にたわめられ、通常はカップ底部側から出力を取り出します。 - サーキュラ・スプライン(Circular Spline、剛性歯車):
内周に歯が刻まれた、剛性の高いリング状の歯車です。典型的な2波型の構成では、フレクスプラインより歯数が2枚多く、この歯数差が高い減速比を生みます。
(2)波動歯車装置の動作原理
楕円状のウェーブ・ジェネレータによってフレクスプラインがたわめられ、楕円の長軸にあたる2か所でサーキュラ・スプラインとかみ合います。一方、短軸部分では、両者の歯は離れています。
サーキュラ・スプラインを固定し、ウェーブ・ジェネレータを入力とした場合、ウェーブ・ジェネレータの回転に伴って、両歯車のかみ合い位置が周方向に移動します。ウェーブ・ジェネレータが1回転すると、フレクスプラインは歯数差に相当する分だけ、入力とは反対方向に回転します。
この原理により、一段で高い減速比を得ることができます。例えば、ハーモニックドライブ®の製品には、一段・同軸で、出力回転速度を入力回転速度の1/30~1/320に減速できるものがあります。
(3)適用事例
- 産業用ロボット: 多関節ロボットの手首部分や、小型ロボットの各関節
- 協働ロボット: 人と同じ空間で作業するロボットの関節駆動部
- 宇宙開発: 火星探査車のロボットアーム、探査機や宇宙観測機器の位置決め機構など(軽量性と高いトルク容量が求められる)
- 医療機器: 手術支援ロボットの微細な操作部
4.平歯車式多段減速機と波動歯車装置の比較
表1に示すように、平歯車を用いた多段減速機と比較すると、波動歯車装置の特徴が明確になります。
【表1 平歯車式多段減速機と波動歯車装置の比較】
| 項目 | 平歯車を用いた多段減速機など | 波動歯車装置 |
| 同時かみ合い歯数 | 1つのかみ合い部で、同時に荷重を分担する歯数は比較的少ない | 多数の歯が同時にかみ合う。 ハーモニックドライブ®では、総歯数の約30%が同時にかみ合うとされる |
| バックラッシ | 通常は歯面間のすきまに起因して発生するが、予圧機構などによって低減できる | 歯面間のバックラッシを極めて小さくできる |
| サイズ・重量 | 高い減速比を得るには多段化が必要となり、大型化しやすい | 1段で高い減速比を得られ、小型・軽量化しやすい |
| 中空構造 | 構造・機種による | 中空構造の製品があり、内部に配線・配管を通すことができる |
一般的な歯車減速機には、方式によって高剛性や耐衝撃性に優れるものがあります。
これに対し、波動歯車装置は、小型・軽量化しやすく、高い減速比と小さいバックラッシを実現しやすいという特長があります。
[※関連記事:インボリュート歯形とバックラッシから理解する歯形設計の基本]
5.波動歯車装置の特徴とロボットへの適用メリット
ロボットに波動歯車装置を採用する主なメリットを、図3に示します。
これらの特長は、ロボットの高精度制御と設計自由度の向上に寄与します。

【図3 波動歯車装置のメリット】
- 1)極めて小さいバックラッシ:
フレクスプラインの弾性変形を利用した独特のかみ合いにより、歯面間のバックラッシを極めて小さくできます。これにより、高い繰り返し位置決め精度が求められる精密作業に適した特性が得られます。 - 2)優れた位置決め精度:
個々の歯のピッチ誤差が平均化され、高い回転精度が得られるため、位置決め精度の向上に寄与します。 - 3)高いトルク密度と軽量化:
同等の減速比やトルク容量を持つ従来型の歯車減速機と比べ、小型・軽量化しやすいという特長があります。これは、ロボット関節の軽量化や慣性モーメントの低減に寄与します。 - 4)同軸・中空構造:
入力軸と出力軸が同軸上にあり、中空構造を採用した機種では、関節内部にケーブルや配管を通すことができます。ロボットの配線・配管設計を簡素化できます。
なお、バックラッシが小さいことと、出力軸の角度誤差がまったく生じないことは同義ではありません。実際の運転では、負荷トルクによる弾性ねじれやヒステリシスロス、角度伝達誤差などが生じます。そのため、精密位置決め用途で選定する際には、バックラッシだけでなく、ねじり剛性、ロストモーション、角度伝達精度なども確認する必要があります。
6.波動歯車装置の技術的進化と他方式との比較
波動歯車装置はその歴史の中で、材料、歯形、潤滑、製造技術などの継続的な改良が重ねられてきました。
- 1)耐久性・信頼性の向上:
フレクスプラインは運転中に繰り返し弾性変形するため、疲労寿命の確保が重要な設計課題です。材料、歯形、熱処理、潤滑、製造精度などの改良により、耐久性と信頼性が向上してきました。 - 2)サイクロイド式精密減速機との比較・使い分け:
一般に、波動歯車装置は、高い減速比、小型・軽量化、低バックラッシが求められる用途で採用される傾向があります。一方、サイクロイド式精密減速機は、高い剛性や耐衝撃性が求められる用途で採用される傾向があります。ただし、具体的な性能は、製品の構造、サイズ、減速比などによって異なります。近年は両方式において、小型化、高剛性化、高精度化、長寿命化に向けた開発が進められています。
7.波動歯車装置の製品開発動向
ロボットの用途拡大に伴い、精密減速機には、さらなる小型・軽量化、高トルク化、高剛性化、長寿命化が求められています。波動歯車装置についても、複数の国内外メーカーが製品を供給し、それぞれが製品性能の向上やラインアップの拡充に取り組んでいます。
製品開発では、薄型・軽量化、高トルク化、大径中空構造の採用などに加え、減速機とモータ、エンコーダを一体化したアクチュエータの展開が進んでいます。こうした一体型製品は、ロボット関節の設計や組み立てを簡素化し、装置全体の小型化にもつながります。
株式会社ハーモニック・ドライブ・システムズも、軽量・扁平タイプや中空構造の減速機、モータとエンコーダを組み合わせたアクチュエータなどを展開しています。
8.まとめ
波動歯車装置は、金属の弾性変形を利用し、一段で高い減速比と小さいバックラッシを実現できる精密減速機です。小型・軽量化しやすく、高い位置決め性能を得られることから、産業用ロボット、協働ロボット、宇宙機器、医療機器など、さまざまな分野で利用されています。
一方、実際の設計・選定においては、フレクスプラインの疲労寿命、ねじり剛性、ヒステリシスロス、潤滑条件、過負荷などを考慮する必要があります。
今後は、材料、歯形、潤滑、製造技術の改良による高性能化・長寿命化に加え、モータ、エンコーダ、各種センサとの一体化が進み、より高機能なアクチュエータやロボット関節モジュールへと発展していくことが期待されます。
(日本アイアール株式会社 特許調査部 H・N)
《引用文献、参考文献》
- 1) U.S. Patent 2,906,143, “Strain Wave Gearing,”
- 2) 株式会社ハーモニック・ドライブ・システムズ(WEBサイト)
https://www.hds.co.jp/



































