光学分割とは?分割方法(種類)、医薬品での利用例等を解説

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光学分割と医薬品

光学分割は、およそ170年前にパスツールによって発見された技術からはじまりました。
現在も、実験室のみならず工業的規模で光学活性な化合物を製造する技術として有効活用されており、医薬、農薬、香料、機能性材料等々の分野で広く用いられています。

今回は、光学分割に関連する技術や医薬品をご紹介いたします。

1.光学分割とは?(光学分割の基礎知識)

光学分割(optical resolution)とは、ラセミ体をそれぞれの鏡像異性体(エナンチオマー*)に分離する操作をいいます。

* エナンチオマー:
互いに鏡豫関係にある異性体で、平面偏光を回転する向きを除く他の物理的性質(融点、沸点、密度、熱伝導度等)及び化学的性質は全く同じです。エナンチオマーの等量混合物を「ラセミ体」といいます。それぞれのエナンチオマーは、DL表記法、(+ )/(一)表記法あるいはRS表記法により区別されます。
[※関連コラム:3分でわかる技術の超キホン「エナンチオマー」とは? はこちら]
 
医薬品製造等において、片方のエナンチオマーのみ必要とする場合、その片方のエナンチオマーのみを合成(不斉合成)できればよいのですが、完全でない場合も多く、片方のエナンチオマーのみを得るひとつの方法として光学分割は重要になってきます。

また、2つのエナンチオマーは、それぞれ異なる生物活性を示すことがあります。
例えば、サリドマイドは1950年代後半に催眠鎮静剤等として広く使用された薬剤ですが、エナンチオマーのS体に催奇性があり妊婦が使用した場合、高い頻度で胎児に異常を引き起こすことがわかり販売が中止されたという経緯があります。(その後、らい性結節性紅斑や多発性骨髄腫等に効果があることがわかり、安全管理のためのガイドラインが作成されるなどして使用されています。)

有用な化合物のみを取り出す(有用でないものを取り除く)ことは、不測の事態を回避できることにもつながることになります。
医薬品では当初はラセミ体を販売し、後に片方のエナンチオマーに切り替えた例がいくつかあります。

なお、ラセミ体を光学分割して得られる光学活性体のうち一方の活性体のみが有用である場合、光学分割後に他方を再利用できれば、生産効率の視点から見てもその実用的価値は極めて高いことになります。
ラセミ体の全てを一方の光学活性体の結晶に変換することを「不斉転換」といいます。

 

光学分割の発見

上述のように、光学分割は、細菌学者ルイ・パスツール(L. Pasteur)によっておよそ170年前に見出されました。1848年にパスツールは、ラセミ体の酒石酸ナトリウムアンモニウム塩を水中で結晶化させたところ、2種類の結晶が得られることに気が付きました。ルーペとピンセットを用いて2種類を分け、それぞれの結晶の旋光能を調べた結果、一方は天然由来の酒石酸と同様に右旋性を示したのに対し、もう一方の結晶は左旋性であることがわかりました。
この発見は、世界で初めての光学分割の成功例であり、キラル化学発展のきっかけとなった極めて重要な発見といえます。

 

2.光学分割の方法(種類)

(1)結晶化法

ジアステレオマーの溶解度の差や結晶性などを利用して分割する方法で、いくつかの方法があります。

 

① 白然分晶法

ラセミ体の過飽和溶液から自然核発生させるだけで、D体とL体が別々の結晶として得られる場合があります。
アミノ酸では、グルタミン酸、グルタミン酸塩酸塩、ス レオニン、プロリンなどが知られています。

 

② ジアステレオマー法

ジアステレオマー法とは、ラセミ体に分割剤を作用させ、得られたジアステレオマーを溶解度差を利用して分別結晶して光学分割する方法です。

分割剤はキラル化合物を用いる方法と、キラルな酸/塩基とジアステレオマー塩を生成させ片方のジアステレオマーだけを優先的に結晶化させる条件を用いるジアステレオマー塩法があります。
ともに再結晶によって純度を上げていきます。最後に分割剤又は塩を外すことにより目的の光学分割体を得ることができます。

酸を光学分割する場合はアルカロイド(キニーネ、ブルシンなど)、塩基を光学分割する際はカルボン酸(酒石酸など)が用いられます。

ジアステレオマー法は、操作が簡単で特別な装置を必要としない、不純物が分離除去し易い、実験室で得られた方法を工業規模生産で再現しやすいなどの利点を有しており、工業的にもよく使われる方法です。ただし、最も効率的な条件を試行錯誤によって決定されているのが現状のようです。

 

③ 優先結晶法

パスツールが用いた酒石酸ナトリウムアンモニウム塩のように、同じキラリティー(S 体ならS 体のみ)を持つ分子同士が集まって一つの結晶を形成する性質のある化合物の場合、S体とR体に分けられる場合があります。結晶化の際、いずれか一方の光学異性体の結晶種(シード)を添加することにより、片方の光学異性体からなる結晶を優先的に析出させることが可能となります。その後、もう一方の結晶種を添加して、もう片方の光学異性体を結晶化させることによって、両方の異性体の結晶を別々に得ることができます。
この方法を「優先結晶法」といいます。ただし、この方法は実験と経験に負うところが大きく、予測することは難しいと思われます。

 

④ 包接錯体法

光学活性な化合物(ホスト分子)が、 キラル(ゲスト)分子の形状の違いを認識し、一方の光学活性体を選択的に取り込み結晶化することが見いだされ、光学分割に利用することができる場合があります。抱接現象を利用することで、これまでの方法では困難であったラセミ体の光学分割の成功例が報告されています。

 

(2)クロマトグラフィ法

ガス(GC)、薄層(TLC)、液体(LC)クロマトグラフィー等によって光学分割することができます。
光学活性な固定相を用いたり、溶離液(移動相)に光学活性物質を添加する方法が知られています。これは両エナンチオマーと固定相の、わずかな相互作用の差異を利用してエナンチオマーを分割する方法です。塩や包摂化合物を利用することなく直接分割することが特徴といえます。

 

(3)酵素法

酵素は、基質に対して特異性を示しますが、光学異性体に対しても特異性を示します。この性質を利用したのが「酵素法」です。
例えば、アミノアシラーゼを用いるアミノ酸の光学分割法が知られています。この方法は、アミノアシラーゼが、DL −N 一アシルアミノ酸のうち、特異的にL体のみを加水分解することに基づいています。アミノアシラーゼは、細菌、酵母、糸状菌などの微生物のみならず、動・植物にも広く分布している酵素であり、この酵素を用いてアミノ酸の光学分割にも利用されています。

 
光学分割にはこの他にも、置換晶出法不斉晶析法液膜による光学分割などが知られています。

 

3.光学分割の利用例

光学分割を用いた医薬品をいくつかご紹介いたします。

 

(1)オフロキサシン-レボフロキサシン

ニューキノロン系経口抗菌製剤で、最初にラセミ体であるオフロキサシンとして1985年9月に販売が開始されました。その後2009年 7月に、光学分割されたS体のみのレボフロキサシンが販売されました。

オフロキサシン-レボフロキサシン

 

(2)メプラゾール-エソメプラゾール

胃潰瘍などに効果のあるプロトンポンプ阻害剤です。ラセミ体のオメプラゾールが2001年 2月に販売開始され、2011年 9月に光学異性体のエソメプラゾールが販売されました。

オメプラゾール-エソメプラゾール

他にも、メデトミジンとデクスメデトミジン、セチリジンとレボセチリジンが有名です。
その他の例としては下記のようなものがあります。

 

(3)フェニレフリン

フェニレフリン

 

(4)メタンフェタミン

メタンフェタミン

 

(5)ジルチアゼム

ニトロベンゼンチオールから得られたエステルを、加水分解し、得られたラセミ体であるカルボン酸をシンコニジンで光学分割して光学活性体としています。

ジルチアゼム

 

(6)エピネフリン

エピネフリン

 

(7)ナプロキセン

ナプロキセン

 

(8)エファビレンツ

エファビレンツ

 

4.光学分割に関する特許・文献の調査

(1)光学分割に関する特許検索

J-PlatPatを用いて、光学分割を検索してみました。(調査日:2023.7.24)
 

  • 全文: 光学分割/TX ⇒ 11504件
  • 請求範囲: 光学分割/CL ⇒ 1159件
  • 全文: 光学分割/TX *A61K/FI ⇒ 4606件
  • 請求範囲: 光学分割/CL *A61K/FI ⇒ 130件
  • FI: C07B57/00/FI (光学活性有機化合物の分離[4]) ⇒ 2452件
  • Fターム: 4H006AC83/FT ⇒ 3503件
    4H006 有機低分子化合物及びその製造 (カテゴリ:有機化)
    AC83・光学活性化合物の分離;光学分割(具体的手段についてはADも付与している)

 

これらの検索結果の中には、「モプロロ-ルの光学分割法」「ジャスモン酸の光学分割方法」「レナリドミドの光学分割方法」など、光学分割を用いた特許が検出されました。

 

(2)光学分割に関する文献調査

J-STAGEを用いて、光学分割を検索してみました。(調査日:2023.7.24)

  • 全文: 光学分割 ⇒ 2509件
  • 全文: 光学分割 and 医薬 ⇒ 798件
  • 抄録: 光学分割 ⇒ 172件
  • 抄録: 光学分割 and 医薬 ⇒ 11件

ざっと内容を見てみると、「光学活性医薬品・関連技術の史的変遷(第1報)―アミノ酸の光学分割史―」「ジルチアゼム塩酸塩合成における脂溶性合成中間体のリパーゼによる光学分割」「第12回日本臨床薬理学会記録 トスフロキサシンの尿中排泄に及ぼす併用薬物の影響およびその光学分割」などの文献が見受けられました。

特許・文献の内容を確認してみたい方は、是非ご自身でデータベースを検索してみてください。

 

ということで今回は「光学分割」の基礎知識についてご紹介しました。

 

(日本アイアール株式会社 特許調査部 S・T)

 

医薬品関連の特許調査なら日本アイアール

 

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