3分でわかる技術の超キホン リチウムイオン電池の正極活物質② ポリアニオン系、リチウム過剰系

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正極活物質の解説

前回説明した実用化されている正極活物質であるコバルト酸リチウム、マンガン酸リチウム系化合物、三元系(Ni,Co,Mn)化合物は、改良されているとはいえ、熱安定性(電池の安全性)の問題を抱えていました。
また、用途によっては、電池容量や放電電位も不足していました。

今回は、熱安定性の問題を大幅に削減するために実用化された「ポリアニオン系正極活物質」と、研究開発が活発な「リチウム過剰層状岩塩型正極活物質」について説明します。

 

1.ポリアニオン系正極活物質(リン酸リチウム)

前回説明した酸化物骨格に代わってポリアニオン骨格を有する、充放電に伴いリチウムイオンを可逆的に脱離挿入可能な正極活物質です。

まず、古くから研究されているオリビン型構造を有するリン酸塩系化合物LiMPO4(M=Fe,Mn,Coなど)、その代表とも言えるリン酸鉄リチウムLiFePO4について説明します。

負極活物質をグラファイトとした電池では、以下の電気化学反応により約3.52Vの起電力(作動電位は3.2~3.4V)が得られます。理論電池容量は170mAh/gです。

FePO4 + LiC6 → LiFePO4+ C6 E0=3.52V (1)
 

ポリアニオン系正極活物質の長所は「安全性」?

最も大きな長所は、リン酸鉄リチウムを使用した電池では安全性が大きく向上することです。
この特徴は、ポリアニオン系正極活物質全般に該当します。
そのリン酸骨格により発火原因となる酸素放出が生じ難いので、コバルト酸リチウムやマンガン酸リチウムと比較して熱安定性が向上するためです(LiFePO4の熱分解温度は約600℃)。
鉄が豊富に存在し安価であることも、大きな長所です。

しかし、開発初期のリン酸鉄リチウムではクーロン効率、充放電サイクル特性、および放電レート特性も満足できるレベルではありませんでした。
クーロン効率などが不足している点については、大まかには電子伝導性が低いことに、さらにサイクル特性については充放電に伴う体積変化にも起因しています。

LiFePO4の電気伝導度は、 10-9S/cm(cf.LiCoO2,10-4;LiMn2O4,10-6)、
拡散係数は、 10-14~10-15cm2/sec(cf.LiCoO2,10-10~10-8; LiMn2O4,10-11~10-9) です。

電子伝導性については、ナノ粒子化、カーボンなどの電子導電性物質による被覆、空隙率や活物質粒子の分布制御による電極構造の最適化による改善が図られました。
体積変化の低減については、FeやP原子の一部を他元素で置換することが有効です。

その結果、充放電サイクル特性および放電レート特性などが改善され、リン酸鉄リチウムを使用したリチウムイオン二次電池は、HEV、PHEVなどで実用化されています。
 

EVには向いてない?ポリアニオン系正極活物質の短所とその改善策

ポリアニオン系正極活物質の短所は、起電力が低く、電池容量も低いため、体積エネルギー密度が低いという点です。高体積エネルギー密度が要求される用途(EVなど)には向いていません。

起電力(作動電位)を上げるため、「リン酸マンガンリチウム」や「リン酸コバルトリチウム」が検討されています。
作動電位はMnで4.0~4.1V、Coで4.7~4.8Vです。理論電池容量はリン酸鉄リチウムと同程度です。
オリビン型のため熱安定性が良好で、マンガンの場合は資源量が比較的豊富で安価な点もプラスになります。

リン酸マンガンリチウム」がリン酸鉄リチウムと比較しても電子伝導性が低いことや体積変化が大きいことによる電池特性のマイナス面については、上記と同様、ナノ粒子化、カーボンなどの電子導電性物質による被覆、他元素による一部置換などの方法で改善が図られています。

放電電位が5Vに近い「リン酸コバルトリチウム」では、通常使用されるカーボネート系有機溶媒やポリオレフィン系セパレータの酸化分解が発生し、サイクル特性が低下します。そこで、電解質やセパレータの最適化が検討されています。

オリビン型リン酸塩LiMPO4(M=Fe,Co,Mnなど)のリン酸アニオンの酸素原子の一部を、より電気陰性度が大きいフッ素原子に置換したフッ化リン酸塩系化合物Li2-xMPO4F(M=Fe,Co;0≦x≦2)でも、作動電位を上げることができます(Li2FePO4Fで約3.7V、Li2CoPO4Fで約4.8V)。
2電子反応の進行による、理論電池容量の増大も期待されています(約284mAh/g)。
しかし、高温での安定性が悪く、期待される電池特性を有する単一結晶相の製造が困難な点が課題です。
類似化合物としてLiVPO4Fも挙げられます。

ケイ酸塩系化合物Li2MSiO4(M=Fe,Mn,Co)も、ポリアニオン系正極活物質として研究開発が進められています。作動電位は、Li2FeSiO4で約3.1V、Li2MnSiO4で約4.2Vです。
リン酸塩より作動電位が低下する理由は、リン原子よりケイ素原子の電気陰性度が小さいため、Fe-O結合のイオン性が減少するためと考えられます。
フッ化物リン酸塩系と同様に、理論電池容量の増大が期待されています(約331mAh/g)。現状での可逆容量は約160mAh/gです。
電子伝導性およびイオン伝導性が低い点が課題とされていますが、Li2Mn1-xFexSiO4など金属置換による活物質組成の最適化、ナノ粒子化やカーボンなどの電子伝導物質による被覆による電極構造の最適化により改善が図られています。

また、ホウ酸塩系化合物LiMBO3(M=Fe,Mn)も知られています。

 

2.リチウム過剰層状岩塩型正極活物質

近年、高可逆容量を与えることから、Li過剰層が存在するLi2MO3(M:遷移金属)とLiMO2から形成される固溶体が注目されています。

例えば、Li2MnO3とLiFeO2 から形成される固溶体 Li1.2Fe0.4Mn0.4O2 での電池容量は191mAh/g(実験値)、380(理論値)であり、Li2TiO3とLiMnO2 から形成される固溶体 Li1.2Ti0.4Mn0.4O2 では300 mAh/g(実験値)、395(理論値)です。

一方、実用化されている LiCoO2 の可逆容量が約148 mAh/g、三元系 LiNi0.33Co0.33Mn0.33O2 で約160、 LiNi0.8Co0.15Al0.05O2 で約199と200 mAh/g以下です。作動電位は、実用化されている正極活物質より少し低い3.4~3.5Vです。

価電子を持たない遷移金属イオンとLi過剰層から構成された物質であれば、組成式 Li2MO3 に限定されないこと(Li3NbO4など)、LiMO2のM-O結合はイオン結合性が高い方が好ましいことが判明しています。

クーロン効率、充放電サイクル特性など不十分な電池特性がありますが、ナノ粒子化など製造方法の改良も含め研究開発が進められています。

 

(日本アイアール株式会社 特許調査部 Y・W)
 


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