LCAのインベントリ分析とは?分析手順・データ収集方法や活用例等を紹介!
「ライフサイクルアセスメント」(LCA:Life Cycle Assessment)は、製品やサービスが環境に与える影響を、原材料の採取から製造、流通、使用、廃棄に至るまでの全過程にわたって評価する手法です。その中心的なプロセスの一つが「インベントリ分析」(LCI:Life Cycle Inventory analysis)です。
本記事では、インベントリ分析とは何か、その意義、手順、課題、そして実務での活用方法等を解説します。
目次
1.インベントリ分析とは?
インベントリ分析は、LCAの中で最も基礎的かつ労力を要するステップです。
(※LCAの基本的な知識についてはこちらをご参照ください)
この段階では、対象となる製品やプロセスのライフサイクル全体にわたって、エネルギーや原材料の投入量、廃棄物の発生量、排出される環境負荷物質(CO₂、NOₓ、SOₓなど)を定量的に収集・整理します。
インベントリ分析が正確でなければ、以降の環境影響評価や解釈も正確なものとはなりません。
そのため、LCAにおける「土台」とも言える重要な役割を担っています。
2.インベントリ分析の基本手順
(1)目標と範囲の定義
インベントリ分析を始める前に、LCAの目標と範囲(Goal and Scope)を明確に設定します。
ここでは、評価の目的(例:製品の環境影響の比較、改善ポイントの特定など)と、評価するシステムの範囲(例:原材料採取から廃棄処理まで)を定義します。
また、機能単位を設定(例:1トンの製品、1個の製品)し、評価対象を明確にします。
(2)フローチャート作成
製品システムを構成するプロセスを洗い出し、それぞれのプロセス間の物質やエネルギーの流れを整理したフローチャートを作成します。
この作業により、どの工程にどの程度のインプットとアウトプットが存在するかを可視化し、漏れなくデータ収集ができるようになります。
【フローチャートの例(イメージ)】
各ステージ間で、エネルギー使用量、原材料投入量、排出物発生量などのフローを具体的に記載し、データ収集の指針とします。
(3)データ収集
フローチャートに基づき、各プロセスについて以下の情報を詳細に収集します。
- 原材料の種類と使用量
- エネルギー源の種類と消費量
- 中間製品、副産物の発生量
- 排出される温室効果ガス、有害物質、廃棄物の種類と量
一次データを優先し、不足する部分は二次データで補完します。
(4)データ整備・統一
収集したデータを共通の単位・基準に統一し、時間的、地理的、技術的代表性を確認します。不確実性が大きい場合には補正や注意喚起を行います。
(5)バランスチェック
物質収支やエネルギーバランスをチェックし、インプットとアウトプットが合理的に一致するかを検証します。不整合が見つかれば修正します。
(6)インベントリ表作成
すべてのプロセスのデータをまとめ、機能単位あたりの環境負荷量として「インベントリ表(LCI表)」に整理します。これが次の環境影響評価(LCIA)ステップの入力となります。
3.インベントリ分析のデータソース
インベントリ分析に必要なデータは多岐にわたるため、以下のようなデータソースを活用します。
- 企業内データ: 製造ラインのエネルギー使用量、原材料投入量、生産量、排出物データなど、現場から直接収集される一次データです。企業の工程管理資料、環境報告書、エネルギー管理記録などが主な情報源となります。
- 産業統計データ: 国や地方自治体、業界団体が公開している統計資料を活用します。たとえば経済産業省や環境省の白書、産業別エネルギー使用統計などがあり、特定の業界や地域における平均的なデータを補完するのに役立ちます。
- LCAデータベース: Ecoinvent、IDEA、Gabi、SimaProなどの専門データベースを利用します。これらには様々な製品・プロセスについて標準化されたインベントリデータが格納されており、国際比較や標準値との比較にも適しています。特に入手困難なプロセスデータを迅速に補完できるメリットがあります。
- >文献・論文: 過去のLCA研究や技術論文、学術雑誌からのデータを活用します。特に新技術や新製品など、データベースに未登録のケースでは、最新の研究成果から推定値を得ることが重要になります。
各データソースを使用する際は、データの出所、取得条件、適用可能範囲を明確にし、品質(時間的代表性、地理的代表性、技術的代表性)を評価することが、信頼性の高いインベントリ分析を行うために不可欠です。
【表1 缶コーヒー1本のインベントリ表(例)】
工程 | 入力(資源・エネルギー) | 出力(排出物・廃棄物など) |
1.アルミ缶製造 | アルミニウム 15g 電力 1.2MJ 水 0.5L |
CO2 1.8kg 廃アルミ粉 0.01kg 排水 0.4L |
2.コーヒー抽出 | 生豆 15g 水 0.2L 電力 0.6MJ |
廃棄豆かす 10g CO2 0.1kg 排水 0.1L |
3.加糖・乳成分添加 | 砂糖 10g 脱脂粉乳 5g |
CO2 0.05kg |
4.飲料充填・加熱殺菌 | 電力 0.4MJ 蒸気 0.3MJ |
CO2 0.1kg 排水 0.05L |
5.輸送(輸送距離: 50km) | 軽油 0.015L | CO2 0.04kg NOx 0.002kg |
6.廃棄(飲用後) | アルミ缶ごみ 15g(回収率60%) CO2 0.02kg |
4.インベントリ分析の課題
インベントリ分析にはいくつかの課題があります。
- データ不足・データギャップ: 特に新興市場や革新的技術に関するデータは未整備であることが多く、推定や仮定を用いる必要が生じます。これにより分析結果に不確実性が増し、意思決定に影響を与えるリスクが高まります。
- データの品質管理: 収集するデータの代表性(対象地域、対象時期)、整合性(インプットとアウトプットのバランス)、完全性(すべての重要な項目が網羅されているか)を確保する必要があります。特に異なる出所のデータを統合する際には、ばらつきや矛盾を調整する手間がかかります。
- システム境界設定の難しさ: 分析対象とする範囲(原材料採取からどこまで含めるか)を適切に設定することは非常に重要ですが、拡大しすぎるとデータ収集と分析作業が煩雑化し、狭すぎると重要な影響を見落とす恐れがあります。判断には明確な基準と説明責任が求められます。
- 時間とコストの負担: 高品質なインベントリ分析を行うには、膨大な時間と労力、場合によっては外部専門家や有償データベースの活用が必要となるため、コストが大きくなることも課題です。
- データ更新の必要性: 技術進歩や市場環境の変化により、過去に収集したデータが陳腐化するリスクがあります。インベントリデータは定期的に見直し、最新の実態を反映させることが重要です。
これらの課題に対応するためには、事前にリスクを把握し、適切なデータ収集計画と品質管理体制を整えることが不可欠です。
5.インベントリ分析の実務での活用例
インベントリ分析は、企業が環境負荷を可視化し、より持続可能な製品・サービスを設計・運用するための有力なツールです。その具体的な活用シーンをいくつかご紹介します。
- 製品の環境負荷低減設計:
例:自動車の軽量化による燃費向上のため、アルミニウムや高強度鋼材を使用する設計改善。 - カーボンフットプリント(CFP)の算定:
例:飲料メーカーがペットボトル製品のCO₂排出量を算定し、製品ラベルに表示。 - サプライチェーンマネジメント:
例:電子機器メーカーがサプライヤーの製造プロセスを評価し、持続可能性基準に合致した取引先を選定。
6.まとめ
上述のようにインベントリ分析は、LCAにおける中核的なステップであり、正確かつ網羅的なインベントリデータの収集・整理が求められます。その難しさゆえに、データベースや専門ソフトウェアの活用が欠かせませんが、最終的には分析者自身の判断と経験が重要な役割を果たします。
環境負荷の定量的評価を通じて、より持続可能な製品・サービスの開発を支えるインベントリ分析。今後もその重要性はさらに高まるものと考えられます。
なお、LCAのインベントリ分析をより実務的・体系的に学びたい方には、専門セミナーの受講をお勧めします。実例に基づく演習や、データ収集・整理に関する実践的なノウハウなどを学ぶことができ、実務対応力の向上に繋がります。当サイトでも様々な関連セミナーを紹介していますので、ぜひチェックしてみてください。
(日本アイアール株式会社 特許調査部 K・T)