《光沢感の技術》ガラスそっくりのプラスチック製グラスと非結晶性コポリエステル(PETG)
落としても割れない、ガラスそっくりのプラスチック製グラスが販売されています。
ガラスのように見えるとはどういうことなのでしょうか、それはどうしたら実現できるのでしょうか?
1.ガラスのように見えるとは?
ガラスのように見えるというのは私たち人間の感覚です。
ガラスのように感じるには艶あるいは光沢(gloss)を感じること、即ち、光沢感が必要なはずです。
では、材料にどういう条件が備われば、その材料は光沢感を持つのでしょうか?
塗膜の光沢感を支配する因子を検討した報告があります1)。
各種塗膜から得られる光沢感を27名の塗装関係者が評価し、その平均をとる手法を用いています。その中で、図1に示すように、塗膜表面の粗さと光沢感の相関関係が報告されています。表面の粗さが小さいほど、即ち平滑なほど光沢感が高くなることが分かります。これは理解しやすいかと思います。
【図1 塗膜表面の粗さと光沢感の相関 ※引用1)】
では表面が平滑でありさえすれば、光沢感は高いのでしょうか?
ポリスチレンの透明樹脂と不透明樹脂との混合比率により透明度を変化させて光沢感を検討した報告があります2)。
この時は光沢評価を専門としない学生80名が被験者であり、45°の角度での光沢感を評価しています。
その結果を図2に示します。
【図2 ポリスチレンの透明度と光沢感との相関 ※引用2)】
図2から、材料表面の平滑性が同程度であっても、不透明度が高ければ光沢感が下がっています。
高い光沢感を得るためには、表面の平滑性に加えて光学的な透明性(均質で濁りのないこと)が必要なことが分かります。
光沢の指標として、人間による光沢感の他に、測定機による光沢度(鏡面光沢度)が知られています。
光沢度は、図3に示すように、正反射する光量を測定するものであり、JIS規格では屈折率1.567であるガラス表面において60°の入射角の場合反射率10%を光沢度100(%)としています。
【図3 光沢度(鏡面光沢度)の測定原理 ※引用3)】
光沢度は人間の光沢感を反映しているのでしょうか?
前述のポリスチレンの光沢感に関する研究者は、図4に示すように、入射角が20°・45°・60°のいずれのケースでも、光沢感と光沢度の間に相関があることを確認しています2)。
よって、光沢度を光沢感の代わりに採用しても問題ないと考えられます。両者の関係についてはこれ以上触れませんが、詳しく知りたい方は成書4)をご参照ください。
【図4 光沢感と光沢度の相関 ※引用2)】
2.どのプラスチックをグラス製造に用いるのか
ガラスにそっくりのプラスチック製グラスの製造するための指標として、そのプラスチックの光沢度が有効なことが確認できました。
では、具体的にどのプラスチックを用いたら良いのでしょうか?
ポリエチレンでは透明性がありません。
すぐに思い浮かぶのがポリエステルであるPET(ポリエチレンテレフタレート)樹脂でしょう。
PETならグラスがつくれるだろうとお考えになるかもしれません。実際PETは、1982年に清涼飲料への使用が厚生省に認可され、現在では飲料のボトル用として大量に使用されています。
従ってPETは候補ではあります。ただし問題があります。PETは比較的透明ですが、ポリエチレンと同様に結晶性のプラスチックであるため、透明度に限界があるのです。
もちろん結晶性であっても、成型加工法の工夫により濁りを低下させることができます。成型加工後に急速冷却すれば結晶化を妨げて非結晶(アモルファス)状態にできるからです。よって、薄膜のPETフィルムならば、非結晶で透明なものが製造できます。
しかし、肉厚のグラスの場合には、急速冷却を試みても、内部の冷却速度が遅くなるために全体を非晶質にするのは困難です。不透明になるのは避けられません。
ではどうすれば良いでしょうか?
そこで登場するのが、PETを非結晶のプラスチックに改質する方法です。
3.非結晶性コポリエステル(PETG)
PETは、テレフタル酸とエチレングリコールの2成分から製造されるポリエステルです。
このエチレングリコールの一部を第3成分であるCHDM(シクロヘキサンジメタノール)に置き換えることにより非結晶性のポリエステルが得られます。
このタイプのプラスチックは非結晶性コポリエステルあるいはPETGと呼ばれています。
市販のプラスチック製グラスの製造に実際に使用されているのは、米国イーストマン・ケミカル社のTRITAN(トライタン)というプラスチックであり、PETGが更に改良され、第4成分が添加されています。
この第4成分が何かは開示されておらず不明です。
【表1 ポリエステルの原料とポリマー物性】
表1はこれらの原料組成とポリマー物性を比較したものです。
光沢度に注目すると、ガラスの100に対して、PETGで108とガラスをしのぎ、TRITANで161とガラスを大きく上回っています。TRITANのこの数値は、ガラスにそっくりなプラスチック製グラスという特性をポリマー物性として裏付けるものです。
またTRITANのガラス転移点は110℃であり、PETの69℃から大きく向上しています。
このため、熱い飲み物にも適用可能で、食器乾燥機も利用できるという長所も備わっています。
今回はガラスにそっくりなプラスチック製グラスの背景にある科学と技術を紹介しました。
(日本アイアール株式会社 特許調査部 N・A)
《引用文献、参考文献》
- 1) 計測自動制御学会論文集, 17(6), 645(1981)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/sicetr1965/17/6/17_6_645/_pdf/-char/ja - 2) 日本色彩学会誌, 20(SUPPLEMENT), 20(1996)
- 3) 一般財団法人化学物質評価研究機構(website)
https://www.cerij.or.jp/service/05_polymer/color_glossiness_02.html - 4) 光沢, コロナ社(1960)