【技術者のための法律講座】製造業エンジニア・研究開発者と法律の関わり
この連載では、製造業に従事する技術者・研究者の方々向けに、技術者の立場で知っておきたい法律の基本的事項の簡単な「まとめ」としてご紹介することを目的としております。
したがって、法律の専門家や企業の法務担当者が身につけている法律知識や詳細な実務知識には踏み込まないつもりですので、気軽に読んでいただければと思います。
技術者(研究者も含む。以下同様)の多くは、いわゆる理系人間ですから、法律や法律文書である契約書には無関心であるか、苦手意識を持っている方も多いのではないでしょうか?
ところが、技術者にとって、日常生活はもちろん、仕事の上でも法律との関りは避けることができません。
技術者であっても最低限の法律的常識は必須のものです。
目次
技術者にも関連する法律
そこで先ず技術者と関係が深い法律について順不同ですが代表的なものの一例を項目だけ挙げてみましょう。
- 知的財産の保護に関わる法律: 特許法、意匠法、実用新案法、商標法(以上、産業財産権法と呼ばれています)、著作権法、不正競争防止法、種苗法、半導体回路配置保護法
- 技術契約に関わる法律: 民法、産業財産権法、不正競争防止法、独占禁止法、労働者派遣法、下請法、派遣法
- 開発・設計・製造上の技術者の責任に関わる法律: 製造物責任法
- 労働、安全衛星に関わる法律: 労働安全衛生法、消費生活用製品安全法、医薬品医療機器等法、食品衛生法、電気用品安全法、(化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律(化審法))
- 各分野の業務に関わる法律: 計量法、建築基準法、建設業法、測量法、電気通信事業法、電気用品安全法、環境基本法、大気汚染防止法、水質汚濁防止法、廃棄物処理法、化学物質審査規制法(化審法)、医薬品医療機器等法(薬機法、旧薬事法)、景品表示法、食品表示法、食品衛生法、農薬取締法、原子力基本法...
ここでは個々の法律の内容には触れませんが、技術者が関わる、あるいは基本知識として概要を把握すべき法律は意外と多いようです。
仮想事例で考えてみると・・(医薬品メーカの研究者Aさんの場合)
以上の法律名では技術者が法律とどのように関わるのか想定しづらいと思います。技術者が関わる具体的な業務を想定した「仮想事例」で法律との関りを検討してみましょう。
Aさんは、薬学系の大学院を卒業後、ある医療用医薬品メーカに入社し、3ヶ月の試用期間経過後、研究部門に配属されました。そこでの業務は新薬の種となる物質の探索的研究です。何万もの化合物のライブラリーから目的とする薬効がありそうな「顔」の物質を選び、先ず培養細胞で活性や毒性の観点から候補物質をスクリーニングします。ここで選んだ候補物質を、さらに動物実験で絞り込みます。Aさんは幸運にも入社1年目で、目的とする薬効Yが高く、毒性の低い物質Xを見つけたので、上司に報告しました・・・。
研究・技術開発の成果を権利化
上司の指示は、先ず権利化できるのかという点でした。ターゲットは医薬品ですので、権利化とは特許権として成立するのかということです。ここでまず「特許法」が関わってきます。
特許として成立するためには、新規性/進歩性を有することが必要です。すなわち、過去の特許情報や文献情報の先行技術調査を行います。この先行技術調査を行う際にも特許法の基礎知識は必須です。
さて先行技術調査の結果、どうやら物質Xは、過去に農薬として開発されたことがあり、ある農薬メーカが特許出願していました。しかし、途中で開発を断念したようで、権利化されていませんでした。また、物質Xが薬効Yを有することは知られていませんでした。そこで、弁理士と相談の結果「物質Xを有効成分とする薬効Yによる疾患Z治療剤」という医薬用途発明の特許出願を行いました。しかし、特許庁による審査の過程で、類似物質X‘が薬効Xを有するという文献が見つかり、審査官による拒絶理由通知を受けましたが、幸い物質Xは毒性が極めて低いというデータも特許出願明細書に記載していたので顕著な効果を有するという主張をし、これが認められて特許を登録することができました。
製造・販売の開始に向けた様々な法規制への対応
Aさん入社5年が経過しました。物質Xは多数の候補物質の中から選ばれて医薬品として本格的に開発するとの会社決定がありました。
非臨床試験(前臨床試験)、臨床試験(初めてヒトに投与し安全性を確認するために行う第Ⅰ相試験、患者における治療効果の探索を主要な目的とする少数の患者を対象とする第Ⅱ相試験、治療上の利益を証明又は確認することを主要な目的とする多数の患者を対象とする第Ⅲ相試験)を経て、Aさん入社10年後、厚生労働省に製造販売承認申請をすることになりました。ここでは「医薬品医療機器等法」が関わってきます。この段階に至ると、すでにAさんの手を離れ、会社の臨床開発部門や医薬品開発業務受託機関(CRO)、さらに申請に薬事部門が担当します。
なお、申請の際には、学術的な公表論文を提出する場合が多々あります。このような論文の執筆者は「著作権法」に配慮する必要があるでしょう。
商品名にも注意?
製造販売承認申請後、約1年で承認が得られ、薬価が認められ、晴れて公的な医療保険が適用され、医療用医薬品として販売が開始されました。
製造販売承認申請の前後には医薬品の商品名を決める必要があります。
商品名については、通常は商標登録をします。ここで、「商標法」が関わります。
医薬品の名称の場合は、さらに製品の取り違え防止するため、既存の医薬品と紛らわしい名称とすることができません。医薬品の名称については、広い意味では「医薬品医療機器等法」が関係しますが、「医薬品類似名称検索システム」を用いて既存の類似名称が無いか調査します。
なお、医療用医薬品の申請の際には、物質Xという化学名のほかに、「医薬品一般的名称」(いわゆる一般名)が必要ですが、この一般名は全ての人が使用できる必要があるため、既存の商標と同一であったり、類似してはなりません。ここでも「商標法」が関わっているといえるでしょう。なお、日本医薬品一般的名称(JAN)は日本医薬品一般的名称データベースで調査することができます。
外部委託先との「契約」注意
一方、非臨床試験が始まる頃に、物質Xの製造委託先を探すことになりました。先ず、候補となる会社数社と秘密保持契約を締結し、物質Xの製造法や性質を開示し、検討の結果、1社に絞り込み、製造委託契約を締結しました。これらの契約には「民法」「不正競争防止法」「独占禁止法」「下請法」が関わってくるでしょう。
なお、臨床試験が始まる頃には、医薬品の容器等の検討も行う必要があります。例えば注射薬であれば、どのような注射器を使用するかを決める必要もあります。もちろん、注射器専門のメーカーの通常の注射器を、そのまま使用できる場合も多いですが、特殊な医薬品の場合は、注射器の形状、材質も検討する必要があり、物質Xの注射薬に適した注射器を新たに開発することもあるでしょう。この段階では先ず注射器に関する他社の特許、実用新案、意匠などを調査します。また、調査の結果、登録性があると判断した場合には、特許、実用新案、意匠の出願を行っておく必要があるでしょう。ここでは、「特許法」の他に「実用新案法」「意匠法」が関わってくるでしょう。
技術ノウハウはどうするのか?
なお、時間は多少遡りますが、最初の特許出願後、効率の良い物質Xの製造法をAさんの同僚が開発しました。
「ノウハウ」として秘匿するという意見もありましたが、特殊な試薬を使用するため、第三者による権利侵害の発見も容易であろうとの結論となり、製法特許を出願しました。
なお、この新たな製法をモニターする試験法も同時に開発されましたが、これは「ノウハウ」として社内で厳重に管理することになりました。この場面では、「不正競争防止法」が関わってきます。
業界ごと・商品ごとに知っておくべき法律知識は異なる
さらに、上記の特殊な試薬が新規物質である場合、「化審法」による届出が必要になるかもしれません(第3条、製造等の届出)。ただし、化審法第55条に基づき、薬機法に規定する医薬品等、化審法と同等の規制が行われている化学物質については、化審法の規定(第3条に規定する製造等の届出等)を適用しないこととしていますので、届出は必要ありません。ここでは「化審法」や「薬機法」が関わる可能性があります。
「技術者」としての責任と倫理が問われます
ここで時間が戻ります。物質Xの販売開始後、臨床試験のデータの統計解析の際、データの改竄が見つかりました。
このようなデータ改竄により、重大な結果が生じれば、医薬品の承認は取り消される可能性があるでしょう。
さらにこれにより健康被害が生じれば、不法行為責任により損害賠償を請求される可能性もあり、場合によっては刑事上の責任も問われることとなります。
ここでは「民法」「刑法」「製造物責任法(PL法)」「医薬品医療機器等法」が関わる可能性があります。
競合企業にヘッドハンティングで移籍!あなたの「法的」な注意点は?
入社25年後、Aさんはライバルメーカから引き抜かれました。Aさんは会社の研究データ(電子情報)を巧妙に持ち出し、ライバルメーカーに渡してしまいました。Aさんは元の会社から、営業秘密(企業秘密)漏洩で訴えられました。
しかし、訴えた会社では、研究データを一般情報と区分せずに、全ての従業員がアクセスできる状態で管理していたため、「営業秘密」として認められる際の重要な要件である「秘密管理性」を満たさないとされ、訴えは認められませんでした。
会社の管理が不十分だったため、ひとまずAさんの法的責任は問われませんでしたが、会社の秘密情報管理が適切だったなら、Aさんのキャリアはどうなったのでしょう?このような場面では「不正競争防止法」、場合によっては「刑法」も関わってくるでしょう。
以上、仮想事例で説明しましたが、実際に起こりうることではないでしょうか?
なお、技術者は必ずしも、関連する法律全ての詳細を知る必要はないと思いますが、どのような法律が関わるか、誰に相談すれば良いか程度の知識は持っている必要があると思います。
(日本アイアール株式会社 A・A)