架橋とは何か?なぜ架橋技術が必要なのか?
ポリマー(高分子)の分野では「架橋」(cross-linking)という技術用語がよく登場します。
この架橋がどういう意味を持ち、どういう役割を果たしているのか、その基本をわかりやすく解説します。
1.架橋とは?
図1は架橋のイメージを示したものです。
「架橋」とは、ポリマー鎖Aとポリマー鎖Bとを化学結合により連結して、分子量を高める操作です。
ポリマー鎖Aとポリマー鎖Bは同一のケースと異種のケースの両者があります。
ポリマー鎖AとB中の官能基部分が化学結合の形成に利用されます。
図1では官能基部分がポリマー鎖の内部にあるケースを示しましたが、ポリマー鎖の末端に存在しても構いません。また化学結合の種類にも制限はありません。ポリマー鎖以外の化学物質(架橋剤)を加えることも可能です。従って、架橋は多種多様な形態を含む操作と言えます。
【図1 架橋のイメージ図】
架橋はポリマーの発展と並行して成長してきた技術であり、既に膨大な蓄積があります。
本解説では個々の架橋法の細部には触れません。
これまでの成果は近刊成書に詳しくまとめられていますので、ご参照ください1)。
架橋する意味
では、そもそも架橋という操作を行うのは一体何故でしょうか?どういう目的で行われているのでしょうか?
架橋はポリマーが持つ特性と密接な関係があります。
ポリマーの強度等の物性が分子量と共に向上することはよく知られています。
一方で、ポリマー分子量の増加に伴って成型加工は困難になります。
どのポリマーもこの強度と成型加工との矛盾からは逃れられません。
図2はこれを示したイメージ図です。実用上は、成型加工が可能で一定の強度を示す分子量のポリマーが使用されます。図2における●周辺が該当します。
【図2 ポリマーの分子量・強度・成型性の関係のイメージ図】
しかし●が強度の限界では満足出来ない用途も当然あります。●の強度が求められるケースです。
ここで架橋が効果を発揮します。
まず●の強度の成型体を形成しておき、その後の二段階目で架橋によって分子量を高めて●の強度を達成するのです。即ち架橋とは分子量と強度を●から●に高める操作となります。
もちろんすべてのケースを図2で説明できる訳ではありません。また架橋による分子量増と、重合度を上げる通常の分子量増とは厳密には異なりますが、●から●への移行が架橋の基本です。
2.架橋の典型例[ポリマー鎖・架橋剤]
架橋反応の原料は、多くの場合、①主材であるポリマー鎖と②架橋剤との2成分系で構成されます。
表1はその典型例をまとめたものです1),2)。
【表1 架橋の典型例】
原料組成 | 特徴 | ||
①ポリマー鎖 | ②架橋剤 | ||
a | ポリイソプレン等 | 硫黄 | ゴム架橋と知られる古典的な例 |
b | ポリオール 又は ポリアミン | ジイソシアネート等 | 低温架橋可能で汎用性が高い |
c | エポキシ樹脂 | ジアミン等 | 架橋生成物の高強度化が可能 |
表1中のaはゴムの例です。ゴムの特徴である弾性は柔軟な構造のポリマー分子を架橋することによって発現します。架橋前の流動性がある状態で成型加工しておき、成型後に架橋します。
図3は硫黄を用いた架橋した際の構造を模式的に示したものです。ポリイソプレン等のポリマー鎖は官能基として機能する二重結合を分子内に多数有しています。ポリマー分子同士がモノスルフィドやジスルフィド等の共有結合を介して架橋します。
【図3 ゴムの架橋反応の模式図】
表1中のbは、イソシアネート基の反応性が非常に高いために、水酸基やアミノ基と常温でも反応することを利用しています。この点に関心のある方は、別記事「3分でわかる ポリウレタンの基礎知識」をご参照下さい。
また表1中のcでは、エポキシ樹脂は分子内のエポキシ基の量(エポキシ当量)の選択の幅が広いために架橋密度の制御が容易なことが活かされています。
[※関連記事:3分でわかる エポキシ樹脂の基礎知識 はこちら ]
架橋剤と硬化剤の違いは?
なお、ポリマー架橋の分野では架橋剤が「硬化剤」と呼ばれることもありますが、実質的に差はありません。
架橋という反応機構に焦点をあてた場合には「架橋剤」、生成物の分子量が高まって硬度が上がることに重点がある場合には「硬化剤」と呼ばれるとご理解下さい。
3.架橋において留意すべき項目
架橋の実施時には、1.で述べた原則に加えて、以下の点にも留意する必要があります2)。
(1)どの物性を重視するか
強度、耐熱性、耐溶剤性等を重視する場合には高分子量化する、即ち架橋を進行させるほど好ましいのですが、例えば他基材への接着性を重視する場合には、高分子量化が逆効果の場合もあります。
(2)架橋時の活性化方法
架橋は通常は高温加熱によって行われますが、原料を成型加工する前の常温保存中に徐々に架橋が進行してしまうこともあります。いわゆる「ポットライフ」の問題です。
その場合には、常温保存中の架橋がほぼゼロになる原料組成にしておき、成型加工後に放射線(紫外線や電子線)を照射して架橋する方法を選択することが出来ます。
以上、今回は架橋技術に関する基礎知識を解説しました。
(日本アイアール株式会社 特許調査部 N・A)
《引用文献、参考文献》
- 1) 中山雍晴, 架橋反応ハンドブック 第2版, 丸善出版(2022)
- 2) 中道敏彦, 架橋剤, 色材65(8), 511-525(1992)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/shikizai1937/65/8/65_511/_pdf