化学分野でのマイクロ波利用が実用化?ケミカルリサイクルへの利用が突破口か
化学分野でのマイクロ波利用に関して、その実用化の可能性が出てきました。
これまでの検討の経緯を振り返ると共に、今後の可能性を考察します。
目次
1.化学分野でのマイクロ波利用の検討
マイクロ波は可視光や赤外線と同じく電磁波の一種です。
図1に示すように波長で、1mmから1m、周波数で300GHzから300MHzの範囲にある電磁波が「マイクロ波」と呼ばれています。
私たちの身近にある電子レンジで使用されているのもマイクロ波です。
【図1 電磁波の中のマイクロ波】
化学の分野においてマイクロ波の利用は以前から検討されています。
大まかな傾向把握目的での簡易的な特許検索*1)の結果ではありますが、参考として化学分野でのマイクロ波利用に関連すると思われる日本公開特許の件数推移を図2で示しました。
*1) 検索条件:マイクロ波,10N,化学/TX [検索日:2022/7/26、DB:J-platpat、期間限定無し]
この分野の検討が1980年頃から開始され、その後に徐々に増加したことがこの図に反映されていると考えられます。2000年以降は公開特許数がほぼ100件/年という水準で推移し、現在に至っています。
【図2 化学分野でのマイクロ波利用にする日本公開特許数の推移】
2.化学分野での検討増加の契機
カナダLaurentian大学のGedyeらによる1986年の論文1)が、この分野の検討増加の契機となったとされています。それ以前にも研究報告はあったのですが、Gedyeらの論文は、同一の化学合成反応において従来型の加熱(反応容器外部の熱媒体を用いて加熱)とマイクロ波加熱を比較評価し、マイクロ波の効果を明確にしたという点で画期的であり、価値があるものでした。Gedyeらの論文中の典型例2点を表1に示します。
【表1 マイクロ波加熱の効果(Laurentian大学のGedyeら)】
表1中の2反応では、どちらも、同水準の収率に達するための時間が大幅に短縮されています。マイクロ波加熱の使用により所要時間は1)で1/6に、2)で1/96となっていることが分かります。
なお、この論文のマイクロ波装置は、厳密な評価が可能なマイクロ波装置ではなく、家庭用電子レンジでした。現在では、この分野の論文投稿は下記の状況にあるとされています2)。
- 1)著名な学術誌では電子レンジを用いた論文は受け付けない。
- 2)マイクロ波による合成時間短縮という内容では、すでにその効果は広く知られているため、論文として採用されない。
3.マイクロ波による加熱はなぜ効率的?
では、マイクロ波による加熱は化学反応でなぜ従来の加熱よりも効率的なのでしょうか。
従来の加熱では伝熱が加熱時の主役ですが、マイクロ波では「誘電加熱」と呼ばれる機構による加熱が主体となります。誘電加熱についてはご存じの方が多いかと思いますが、その基本イメージを図3に示します。
【図3 マイクロ波による誘電加熱のイメージ】
誘電加熱の原理と特徴
誘電体(有機物質や水等の電気不良導体)にマイクロ波を照射した状況を想定してください。
マイクロ波による電界中におかれると、誘電体の分子に分極が起こり双極子が形成されます。マイクロ波による電界の変化に対応して分子の分極も変化しますが、分極の追随が遅れることで電力損失が発生します。
この電力損失が誘電体の内部で熱に変換されます。これが誘電加熱の原理です。
誘電加熱には次の二つの特徴があります。これによりマイクロ波による効率的な加熱が可能になります。
- 1)内部加熱が可能である。
- 2)反応系内に誘電率の異なる複数の誘電体が存在する際には、特定の誘電体を選択的に加熱することが可能になる。
4.実用化の現況と今後
Gedyeらの論文発表以降、マイクロ波による化学反応の効率化・短縮化に関しては数多くの事例が報告されています。マイクロ波の利用により省エネも可能になりますので、マイクロ波は競争力強化の有力なツールとなり得ます。マイクロ波利用の化学反応の全貌を特許の点検で把握するには労力を要しますが、既に成書に分かりやすくまとめられていますので、ご参照ください2)。
その一方で、実用化はあまり進んでいなかったのが実情です。実験室レベルでは有望でも、実用規模での大型化は困難と評価されていました。大型で安定性のあるマイクロ波装置の開発にも困難が伴いました。
しかし、近年、装置メーカの技術的蓄積が進み大型マイクロ波装置が可能になったとされています。その状況で、日本の大手化学メーカーがケミカルリサイクルにおけるマイクロ波利用の検討を開始しています。
大手化学メーカーの動向《ケミカルリサイクルへの利用》
三菱ケミカルは、2021年5月に、アクリル樹脂(PMMA=ポリメチルメタクリレート)のケミカルリサイクルを目指し、マイクロ波化学(株)と共同で、実証設備で検討する計画を発表しました3)。リサイクル製造された MMA(メチルメタクリレート)は従来品と同等の性状であり、製造工程でのCO2排出量を従来比で70%以上削減できる見込みだとしています。
三井化学は、2021年11月に、プロピレンを主成分とする廃プラスチックを直接原料モノマーにケミカルリサイクルする技術の実用化を目指した取り組みを開始しました4)。マイクロ波を利用すると、廃プラスチックをオイルに戻してからモノマー化する油化手法よりもワンステップ少なくプラスチックに戻せるので効率的であると共に、CO2排出量の削減が可能になるとしています。
他の化学メーカーもこの動きに追随するものと予想されます。
ケミカルリサイクルへの利用が、化学分野でのマイクロ波利用実用化の突破口となる可能性があります。
(日本アイアール株式会社 特許調査部 N・A)
《引用文献・参考文献》
- 1)Tetrahedron Letters, 27(3), 279-282(1986)
- 2)マイクロ波化学, 三共出版(2013)
- 3)三菱ケミカル株式会社, 三菱ケミカルメタクリレーツ株式会社
「アクリル樹脂ケミカルリサイクルの事業化に向けた実証設備の建設および実証試験の実施について」 - 4)三井化学株式会社(webサイト)
「マイクロ波を用いた廃プラスチックのダイレクト・モノマー化の取り組み開始について」
https://jp.mitsuichemicals.com/jp/release/2021/2021_1118.htm