バイオ創薬系スタートアップ企業における特許戦略の考え方
近年、医薬品のトレンドは低分子医薬からバイオ医薬へシフトしています。
世界的には医薬品の開発品目数の80%をスタートアップ企業が占めているとされ、スタートアップ企業が創薬の開発主体となっています1)。このような変化のなか、自社でバイオ医薬製品の開発を行う「パイプライン型」のバイオ創薬系スタートアップ企業も増加しつつあります。
本コラムでは、パイプライン型のバイオ創薬系スタートアップ企業を中心とした特許戦略(知財戦略)の一部について紹介します。
目次
1.最終製品を見据えた特許戦略(知財戦略)
パイプライン型のスタートアップ企業では、独自性の高いコア技術を開発するシード期での戦略が極めて重要になります。シード期には資金調達や提携などが重要なイベントとなるため、投資家や提携担当者が重要視する治療効果の実証(Proof of Concept)、知財面ではコア技術の強固かつグローバルな特許の取得に専念する傾向にあります。
従来の低分子医薬では、有効成分や製法の特許の取得に専念すれば十分でしたが、多くの要素技術が関与するバイオ医薬では、より早い段階で最終製品を視野に入れた特許戦略が求められます。
2.バイオ医薬製品の特徴
バイオ医薬の最終製品には多くの要素技術が関与します。
例えば、細胞シートを用いた再生医療製品であれば以下の要素技術が必要となります。
この場合、特定疾患の治療を可能にする分化細胞を得る①の「細胞分化技術」について強固かつグローバルな特許を取得したとしても、他の要素技術を確保できなければ最終製品の上市は困難となります。
特に、他人の特許技術を導入するライセンスインが必須な要素技術について、ライセンス契約を断られた場合、その時点で開発が頓挫してしまいます。
したがって、コア技術に関する特許の取得以外に、なるべく早い段階で最終製品に必要な要素技術を洗い出し、確保する戦略が極めて重要となります2)。
例として、再生医療を挙げましたが、抗体医薬、核酸医薬などの他のバイオ医薬についても同じことが当てはまります。
3.要素技術の確保
要素技術の確保には、(1)自由技術の導入、(2)独自技術の創出、(3)ライセンスイン(他人の特許またはノウハウ管理された技術の導入)、(4)特許化の阻止/無効化が主要な手法として挙げられます。
(1)自由技術の導入
自由技術とは、特許などで保護されていない技術のことです。
バイオ分野で用いられる技術には特許期間が満了しているものが少なくありません。
また、現在は特許で保護されているものの、将来的に要素技術を実施するタイミングでは特許期間が満了する予定の技術も選択肢となり得ます。
さらに、米国や欧州等で特許化されているが、日本では特許化されていない技術も存在します。
開発元と思われる企業のホームページやリサーチツールの販売サイト等になんらかの特許情報が掲載されていることがありますが、詳細な特許調査を行うと、特許期間が満了していたり、日本では特許が成立していないケースは少なくありません。
したがって、自由技術を洗い出すためには要素技術に対応する特許を特定し、その特許内容、特許期間、特許が成立している国などの情報を正確に把握することが重要になります。
(2)独自技術の創出
独自技術の創出には主に2パターンが挙げられます。
① 完全な独自技術の創出
特定の要素技術を自社でゼロから創出することです。このようにして創出した要素技術を特許化やノウハウ管理することで、主力のコア技術のほかに最終製品の優位性を確保できる点で有益です。
しかし、資金や開発力などのリソースを割く必要があるため、コア技術の特許化やノウハウ管理で優位性が十分に確保できているのであれば、シード期にさらなる完全独自の技術を創出するメリットは少ないかもしれません。
② 他人の特許を侵害しない形に変更した技術(迂回技術)の創出
迂回技術とは、特許で保護されている技術と同様の効果を持ちつつ、特許を迂回できる(侵害しない)技術のことです。特許で保護されている技術であっても特許内容を検討すると、微細な変更を加えるだけで特許を迂回できるケースが存在します。このため、迂回技術を創出する際には、要素技術に対応する特許をまず特定し、その特許内容を正確に分析することが重要になります。迂回技術の創出は、比較的少ないリソースで開発できるのが特徴であり、これにより効率的に要素技術を確保することが可能になります。
さらに、迂回技術が元の技術に比べてなんらかの優れた効果等を持つ場合、特許化することも可能となります。
(3)ライセンスイン
最終製品の完成に至るためには、既に効果が実証されている全ての要素技術をライセンスインすることが最も確実です。
しかし、通常ライセンス契約は高額であり、最終製品の原価に影響するため、このような手法は必ずしも有益ではありません。したがって、(1)や(2)が困難な場合に検討することが好ましいです。
ライセンスインする際には複数社との契約を要する場合があり、契約額が極めて高額になる可能性があります。逆に、複数社と契約したものの、詳細に検討してみると特定の特許について契約する必要がなかったというケースもあります。
したがって、導入を予定している要素技術に関連する特許権を全て洗い出し、自社で実施する内容と詳細に比較し、慎重にライセンスインすることが重要です。
なお、要素技術の確保として汎用製品の購入も考えられますが、購入した製品を商用利用する場合、ライセンス契約を要するケースが多いため、本コラムでは詳細を割愛します。
(4)特許化の阻止/無効化
特許権者である企業と対象疾患が重複する場合や、第三者に独占ライセンスを供与している場合など、ライセンスインが困難な場合が少なくありません。
その場合、特許出願段階であれば特許の成立を阻む先行技術の情報提供を特許庁へ行い、特許成立後は異議申立てや無効審判を請求して特許を無効化する手法が考えられます。
4.いずれにしても適切な特許調査が重要
それぞれの手法は、資金や開発力などのリソースの程度、効率性、リスクの回避などの観点で検討し、最適な組み合わせを選択する必要がありますが、いずれの場合も詳細な特許調査が欠かせません。
特にバイオ技術の特許は、権利範囲の判断などが難しいケースも多いため、バイオ関連特許について高度な知見を有する弁理士やスタッフを有する特許調査会社や特許事務所にご相談されることをお勧めします。
当サイトを運営している日本アイアールは特許調査・技術調査をコア業務としており、バイオ医薬関連技術についても専門性の高いサーチャーチームが対応しています。ニーズに応じて最適な調査プランをご提案しますので、お気軽にお問い合わせ下さい。
また当サイトにおいて、バイオ医薬分野に関連する技術セミナー、法律・知財・薬事に関するセミナーも多数ご紹介しております。ご興味がある方は是非チェックしてください。
(日本アイアール株式会社 特許調査部 K・K)
《引用文献、参考文献》
- 1) 中尾朗、世界売上高上位医薬品の創出企業の国籍、政策研ニュース No.64、p.80-95
- 2) 石埜正穂、内山務、再生医療製品における特許戦略、パテント2020、Vol. 73 No. 1、pp12-17
- 3) バイオ医薬品分野における知的財産戦略及び活用の最適化に関する調査研究報告書
(一般財団法人 知的財産研究教育財団 知的財産研究所)