高分子材料(樹脂・ゴム材料)における変色劣化の機構とその防止技術
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本稿ではゴムの再生法について解説します。
燃料として利用するサーマルリサイクルとは異なり、ゴムとして再生利用する技術に関するものです。
ゴムの特徴である弾性は、柔軟な構造のポリマー分子を架橋(cross-linking)することによって発現します。
架橋前の流動性がある状態で成型加工しておき、成型後に架橋します。
図1は架橋剤として硫黄を用いた架橋した際の構造を模式的に示したものです。
【図1 架橋反応の模式図】
ポリマー分子同士がモノスルフィドやジスルフィド等の共有結合を介して架橋します。
再生利用するためには架橋したゴムを再度流動化させる必要がありますが、架橋後のゴムは3次元構造を有していますので、熱可塑性樹脂とは異なり、単純に高温加熱しただけでは流動化しません。流動化に高度の工夫が必要になります。
タイヤの場合、日本のリサイクル率は2022年に合計98%に達していますが、その大半はサーマルリサイクルであり、再生ゴムとしてのリサイクル率は8%にとどまっています1)。
現在採用されているゴム再生法である、架橋点の選択的切断法をまず紹介します。
これは、架橋点のみを選択的に分解して元のポリマー分子を回収して流動性を回復させ、それにより再度成型加工できるようにする方法です。
表1はゴム構造を形成している各種結合の結合エネルギーの値を示したものです。
【表1 ゴム構造の結合エネルギー】
表1に示すようにC-SおよびS-S結合のエネルギーはC-C結合よりも小さいので、理論上はC-SとS-S結合の分解が優先するはずであり、この方法はある程度有効だと言えます。
ただ実際にはC-C結合も一部分解しますので、ポリマー分子が劣化するのを完全には防げません。
ゴム再生の現場では分解装置を図2に示すような構造とし、温度等の条件を最適化することによりポリマー劣化を抑制していると報告されています2)。
【図2 架橋点の選択的切断によるゴム再生装置の一例 ※引用2)】
分解条件の最適化においては、架橋したゴム中に硫黄が実際にどんな形式で結合しているのかを正確に把握することが有用です。しかし、溶剤不溶の3次元架橋体の分析は非常に難しいのが実情です。
そんな中で理化学研究所らが、昨年、硫黄架橋した天然ゴム中に未知の構造が存在することを、高磁場固体NMRを用いて明らかにしたと報告しました3)。
図3に示すように、硫黄原子を含む環状構造が存在するというものです。この知見が架橋点の選択的切断法の進展につながることが期待されます。
【図3 硫黄架橋した天然ゴムの詳細解析の結果 ※引用3)】
別アプローチとして、可逆的な架橋構造にする方法も検討されています。
通常の共有結合よりも弱い結合で架橋構造を形成しておくことにより、常温では結合が維持されてゴム状態を保持しつつ、高温では弱い結合が切れて流動化するように設計するものです。
共有結合は表1にも記載した通り 250-500kJ/mol の結合エネルギーを有しています。
知野圭介氏らは結合エネルギーが 10-40 kJ/mol の水素結合の利用を着想しました。
知野氏らの可逆的架橋用ポリマーTRC-IRの合成法を図4-1に、このポリマーを用いて水素結合により架橋した状態を図4-2に示します4)。
TRC-IRはイソプレンゴム(IR)に無水マレイン酸を付加させ、更にこれを 3一アミノー1,2,4一トリアゾール(ATA) と反応させて得られます。
このATA構造が図4-2における水素結合の発生源として機能し、架橋構造が形成されます。
【図4-1 可逆的架橋ポリマーTRC-IRの合成法 ※引用4)】
【図4-2 可逆的架橋ポリマーTRC-IRにおける水素結合による架橋 ※引用4)】
( は水素結合を表す)
ATA導入量を最適化したTRC-IR架橋体は100%と、300%モジュラス・破断強度・破断伸びにおいて硫黄による架橋体と同等であり、しかも10回の再利用が可能であったと報告されています。
上記TRC-IRに関する報告は2002年のものですが、知野氏らはその後も検討を継続しています。
2021年には、水素結合のみの架橋では圧縮永久歪みが大きいという問題点が、図5に示す水素結合と共有結合のハイブリッド架橋用ポリマーによって解決できること、ハイブリッド架橋でも10回の再利用が可能だったことを報告しています5)。
【図5 水素結合と共有結合のハイブリッド架橋用ポリマー ※引用5)】
この可逆的架橋の検討も実用化に向けて更に進展することが期待されます。
(日本アイアール株式会社 特許調査部 N・A)
《引用文献、参考文献》