液体クロマトグラフ質量分析(LC-MS)の基礎知識|原理,イオン化法,GC-MSとの違い

質量分析を利用した分析法には、GC-MS、LC-MS、ICP-MS、MALDI-TOF-MSなど、目的や試料に応じたさまざまな手法があります。
[※関連記事:質量分析器を用いた分析(主な種類と原理):GC-MS/LC-MS/ICP-MS/GD-MS/SIMS]
当連載の別記事では、ガスクロマトグラフィーと質量分析法を組み合わせた「GC-MS」の基礎知識について解説しました。GC-MSは、揮発性があり、加熱しても分解しにくい低分子有機化合物の同定・定量に有効な分析法です。
一方、熱に不安定な化合物や揮発しにくい化合物は、GCの注入口やカラム内で分解したり、十分に気化できなかったりする場合があります。そのため、このような化合物はGC-MSでは測定が難しいことがあります。このような化合物を含む試料の分析に広く用いられるのが、液体クロマトグラフィーと質量分析法を組み合わせた「LC-MS」です。LC-MSでは、試料を溶液として導入し、液体クロマトグラフィーで成分を分離した後、ESIやAPCIなどの大気圧イオン化法によってイオン化し、質量分析計で検出します。
本記事では、LC-MSの基本原理、装置構成、LCの分離原理、イオン化法、LC-MSデータの見方などについて整理します。
目次
1.LC-MSとは
「液体クロマトグラフ質量分析法」(LC-MS:Liquid Chromatography-Mass Spectrometry)は、液体クロマトグラフィー(LC)と質量分析法(MS)を組み合わせた分析法です。
LCで混合物中の成分を分離し、MSで各成分をイオン化して検出することで、成分の同定や定量に必要な情報を得ます。
LC-MSで得られる主な情報には、保持時間、マススペクトル、検出イオンのm/z、イオン種、クロマトグラムのピーク面積などがあります。また、高分解能質量分析計を使用する場合は精密質量、MS/MS測定を行う場合はフラグメントイオンの情報を得ることができます。
さらに、タンデム質量分析を用いるLC-MS/MSでは、特定成分を高感度かつ高選択的に検出・定量できます。特に医薬品、代謝物、残留農薬、食品成分、生体試料中の微量成分などの分析では、LC-MS/MSが広く利用されています。
2.LC-MSの装置構成と分離原理
(1)装置構成
LC-MS装置は、LC部とMS部から構成されます。
LC部には、ポンプ、試料導入部、LCカラムなどがあります。
MS部は、イオン化部、質量分析部、検出部、データ処理部から構成されます(図1)。

【図1 液体クロマトグラフ質量分析計(LC-MS)の概念図】
(2)LCの分離原理
LC部では、ポンプによって移動相を一定の流量で送液し、移動相とともに試料溶液をカラムへ導入します。
試料中の各成分は、移動相および固定相との相互作用の違いによってカラム内を異なる速度で移動し、異なる保持時間で溶出します(図2)。
LCでよく用いられる分離モードには、逆相クロマトグラフィー、順相クロマトグラフィー、イオン交換クロマトグラフィー、サイズ排除クロマトグラフィーなどがあります。
最も広く使われるのは逆相クロマトグラフィーです。
- 逆相クロマトグラフィー:
疎水性の固定相と、水およびメタノールやアセトニトリルなどの極性有機溶媒を含む移動相を用います。一般に、疎水性の高い成分ほど固定相との相互作用が強く、保持時間が長くなります。一方、極性の高い成分は固定相との相互作用が弱く、早く溶出しやすくなります。 - 順相クロマトグラフィー:
極性の高い固定相と、比較的非極性の移動相を用います。極性の高い成分ほど固定相との相互作用が強くなり、遅く溶出します。 - イオン交換クロマトグラフィー:
成分の電荷の違いを利用して分離します。アミノ酸、ペプチド、タンパク質、無機イオンなどの分離に用いられます。(※イオン交換クロマトグラフィーの基礎知識はこちら) - サイズ排除クロマトグラフィー:
分子の大きさの違いを利用して分離します。一般に、大きな分子ほどカラム内部の細孔に入りにくいため早く溶出し、小さな分子ほど遅く溶出します。高分子の分子量分布や、タンパク質の凝集体の確認などに利用されます。

【図2 LC-MSにおける成分分離と検出のイメージ】
LC-MSでは、LCカラムから溶出した成分と移動相が連続的にイオン源へ導入されます。そのため、移動相にはMSおよびイオン化法に適した溶媒や添加剤を選ぶ必要があります。
たとえば、不揮発性塩を多く含む移動相は、イオン化を抑制したり、イオン源やMS内部を汚染したりする原因になります。
LC-MSでは、ギ酸や酢酸などの揮発性酸、アンモニアなどの揮発性塩基、ギ酸アンモニウムや酢酸アンモニウムなどの揮発性塩を用いた移動相が一般的です。
3.イオン化法:ESIとAPCI
LC-MSで代表的に用いられるのが、ESIやAPCIなどの比較的ソフトな大気圧イオン化法です。これらの方法では、[M+H]⁺や[M−H]⁻など、分子量の推定に利用できるイオンが観測されやすいという特徴があります。ESIでは、[M+Na]⁺などの付加イオンが観測されることもあります。
[※関連記事:質量分析法とは?イオン化法の種類など要点解説]
(1)エレクトロスプレーイオン化(ESI)
「エレクトロスプレーイオン化」(ESI:Electrospray Ionization)は、LC-MSで最も広く用いられるイオン化法の一つです。
試料溶液に高電圧を印加し、微細な帯電液滴を発生させます。その後、溶媒の蒸発と帯電液滴の微細化を経て、最終的に気相イオンが生成します。
ESIは非常にソフトなイオン化法であり、フラグメンテーションが起こりにくいことが特徴です。そのため、分子量の推定に利用できるイオンが観測されやすく、分子量の推定に役立ちます。
正イオンモードでは、[M+H]⁺や[M+Na]⁺などが観測されることがあります。負イオンモードでは、[M−H]⁻などが観測されます。どのイオン種として検出されるかは、化合物の構造、官能基、溶媒、添加剤、測定条件によって異なります。ESI法では多価イオンが生成しやすいです。
ESIは極性化合物、医薬品、代謝物、ペプチド、タンパク質、核酸などの分析に適しています。
一方で、塩、緩衝液、界面活性剤、共存成分の影響を受けやすく、イオン化抑制*1)が起こることがあります。
*1) イオン化抑制とは、試料中の共存成分や移動相成分によって目的成分のイオン化効率が低下し、感度が下がる現象です。特に生体試料、食品試料、環境試料のようにマトリックスが複雑な試料では注意が必要です。
(2)大気圧化学イオン化(APCI)
「大気圧化学イオン化」(APCI:Atmospheric Pressure Chemical Ionization)は、LCから導入された試料溶液を加熱・噴霧し、溶媒を気化させた後、コロナ放電によって反応イオンを生成し、その反応イオンを介して試料分子をイオン化する方法です。
APCIは、ESIに比べて比較的低分子で、ある程度の揮発性と熱安定性を持つ、やや低極性の化合物に適しています。たとえば、一部の脂質、ステロイド、農薬、一部の医薬品、環境汚染物質などで有効な場合があります。
ESIではイオン化しにくい化合物でも、APCIでは良好に検出できることがあります。一方で、熱に非常に弱い化合物や、高分子量化合物には適さない場合があります。
(3)ESIとAPCIの使い分け
一般に、ESIは極性化合物やイオン性化合物、生体関連分子に向いています。
一方、APCIは比較的低分子で、やや疎水性の高い化合物に向いています。
| 項目 | ESI | APCI |
| イオン化原理 | 帯電液滴から気相イオンを生成 | コロナ放電で生成した反応イオンを介して試料分子をイオン化 |
| 適した化合物 | 極性化合物、イオン性化合物、ペプチド、タンパク質 | 比較的低分子、やや低極性化合物 |
| 観測イオン | [M+H]⁺、[M−H]⁻、多価イオンなど | [M+H]⁺、[M−H]⁻など |
| 特徴 | ソフトイオン化、多価イオンが出やすい | ESIで難しい低極性化合物に有効な場合がある |
| 注意点 | 塩やマトリックスによるイオン化抑制 | 熱に弱い化合物には不向きな場合がある |
【表1.ESIとAPCIのイオン化法の比較】
なお、MALDIやFABなども質量分析で用いられるイオン化法ですが、一般的なLC-MSではESIやAPCIが中心になります。
4.LC-MSの測定データ:TIC、EIC、マススペクトル
LC-MSの測定結果は、クロマトグラムとマススペクトルの両方として表示されます。
クロマトグラムでは、横軸に保持時間、縦軸に信号強度を示します。
マススペクトルでは、横軸にm/z、縦軸に相対強度またはイオン強度を示します。
(1)TIC
代表的な表示方法が、全イオンクロマトグラム(TIC:Total Ion Chromatogram)です。
TICでは、各時間に設定したm/z範囲内で検出されたすべてのイオン強度の合計を示します。TICを見ることで、試料中の成分がどの時間帯で溶出したかを確認できます。
(2)EIC
特定のm/z、または設定したm/z範囲のイオン信号を抽出して表示したクロマトグラムを、抽出イオンクロマトグラム(EIC:Extracted Ion Chromatogram)と呼びます。
EICでは、目的成分に対応するm/zのイオン信号を選択的に追跡できるため、複雑な試料中で特定成分を確認する場合に有効です(図3)。

【図3 LC-MS測定結果:TIC、マススペクトル、EICのイメージ】
LC-MSでマススペクトルを読むときは、まずどのイオン種として観測されているかを確認することが重要です。ESIやAPCIでは、EIで見られるような分子ラジカルカチオンよりも、プロトン付加イオン、脱プロトン化イオン、ナトリウム付加イオンなどが観測されることが一般的です。
ペプチドやタンパク質では、多価イオンが観測されることがあります。多価イオンでは、1分子が複数の電荷を持つため、一価イオンの場合よりも低いm/z領域にピークが現れます。
正イオンモードでn個のプロトンが付加した多価イオンの場合、m/zは式1で表されます。
m/z = (M + nH) ÷ n ・・・式1
[M:中性分子の質量、 n:価数(付加したプロトンの数)、 H:プロトンの質量(1.0073 Da)]
《多価イオンの見分け方法》
- 同位体ピークのm/z間隔が1/n(nは価数)になる
- 同じ分子に由来する異なる価数のピークが系列として現れ、価数が大きくなるほどピーク間のm/z差は小さくなる
5.LC-MS/MSとは:MRM、SRMの基礎
LC-MSでは、LCで分離した成分をMSで検出します。さらに高い選択性や感度が必要な場合には、LC-MS/MSが用いられます。
「LC-MS/MS」(液体クロマトグラフィー・タンデム質量分析法)とは、試料溶液を液体クロマトグラフ(LC)で分離し、特定のイオンを選択し、フラグメント化した後、生成したイオンを再び質量分析する方法です。
代表的な三連四重極型LC-MS/MSでは、まず前段の質量分析部で目的成分に由来するイオンを選択します。この選択されたイオンは、「プリカーサーイオン」、または「親イオン」と呼ばれます。次に、衝突セルでアルゴンや窒素などのガスと衝突させ、フラグメントイオンを生成します。最後に、後段の質量分析部で生成したフラグメントイオンを検出します。
特定の「プリカーサーイオン → プロダクトイオン」の組み合わせを監視する方法は、「SRM」(Selected Reaction Monitoring)または「MRM」(Multiple Reaction Monitoring)と呼ばれます。SRMは、特定のプリカーサーイオンから特定のプロダクトイオンへの遷移を監視する測定法です。複数のイオン遷移を監視する場合は、MRMと呼ばれることがあります。実際の分析では、両者は近い意味で使われることもあります。
LC-MS/MSの大きな利点は、選択性が高いことです。複雑な試料中に多くの成分が含まれていても、目的成分に特有のイオンの組み合わせを追跡することで、目的成分を高い選択性で検出できます。
また、LC-MS/MSは高感度な定量分析にも適しています。医薬品の血中濃度測定、代謝物分析、残留農薬分析、食品中の微量成分分析、環境汚染物質の分析などで広く利用されています。
ただし、LC-MS/MSでも、測定条件の最適化は重要です。プリカーサーイオンの選択、衝突エネルギー、プロダクトイオンの選択、移動相条件、試料前処理、内部標準物質の選定などが、分析結果の信頼性に大きく影響します。
6.LC-MSに適した分析対象と注意点
LC-MSは、GC-MSでは測定しにくい多くの化合物に対応できる分析法です。特に、熱に不安定な化合物、揮発しにくい化合物、極性化合物、イオン性化合物、生体関連物質などに適しています。
たとえば、医薬品分析では、有効成分、代謝物、分解生成物、不純物の確認に用いられます。食品分析では、残留農薬、添加物、機能性成分、毒素などの分析に利用されます。生体試料分析では、血液や尿中の薬物、代謝物、ホルモンなどの測定に用いられます。
一方で、LC-MSにも苦手な試料があります。たとえば、非常に揮発性が高い化合物は、GC-MSの方が適している場合があります。また、非常に低極性でイオン化しにくい化合物や、移動相への溶解性が低い化合物では、十分な感度が得られないことがあります。
無機塩や不揮発性緩衝液を多く含む試料も注意が必要です。これらはイオン化を妨げたり、MSのイオン源を汚染したりすることがあります。また、生体試料や食品試料のようにマトリックスが複雑な試料では、イオン化抑制やイオン化促進が起こり、定量値に影響する場合があります。
そのため、LC-MSでは試料前処理が重要です。ろ過、希釈、固相抽出、タンパク質除去、脱塩などを行い、測定に適した状態にしてから分析します。また、必要に応じて内部標準物質を添加し、マトリックス効果や測定のばらつきを補正します。
7.GC-MSとLC-MSの違い
GC-MSとLC-MSは、どちらもクロマトグラフィーと質量分析法を組み合わせた分析法です。ただし、分離方法、試料導入、適した試料、主なイオン化法、得られやすい情報が大きく異なります(表2)。
GC-MSでは、試料を気化させ、気体状態でGCカラム中を移動させて分離します。そのため、揮発性があり、加熱しても分解しにくい低分子化合物に適しています。
主なイオン化法としてはEIやCIが用いられます。特にEIでは再現性の高いフラグメントパターンが得られるため、ライブラリ検索による化合物推定に強いことが特徴です。
[※関連記事:ガスクロマトグラフ質量分析(GC-MS)の基礎知識|原理・特徴・データの見方を解説]
一方、LC-MSでは、試料を溶液として液体クロマトグラフィーで分離します。熱に不安定な化合物、極性化合物、医薬品、代謝物、ペプチド、タンパク質などに適しています。LC-MSでは、ESIやAPCIなどの大気圧イオン化法がよく用いられます。
| 項目 | GC-MS | LC-MS |
| 分離方法 | 気体中で分離 | 液体中で分離 |
| 主な対象 | 揮発性・熱安定性のある低分子 | 極性化合物、熱不安定化合物、医薬品、代謝物、ペプチド |
| 主なイオン化法 | EI、CI | ESI、APCI |
| 得られる情報 | フラグメントパターン、ライブラリ検索 | 分子量情報、高分解能MSでは精密質量、MS/MS情報 |
| 強み | EIスペクトルの再現性が高く、ライブラリ検索に強い | 熱に弱い化合物や極性化合物を測定しやすい |
| 注意点 | 難揮発性・熱不安定化合物は苦手 | イオン化抑制や移動相条件の影響を受けやすい |
| 主な用途 | VOC、香料、残留溶媒、異臭、農薬、環境分析 | 医薬品、代謝物、食品、生体試料、残留農薬、環境分析 |
【表2.GC-MSとLC-MSの比較】
GC-MSとLC-MSは、競合する分析法というよりも、対象試料によって使い分ける補完的な分析法です。
揮発性・熱安定性のある低分子化合物にはGC-MSが向いています。
一方、熱に弱い化合物、揮発しにくい化合物、極性化合物、生体関連物質にはLC-MSが向いています。
また、同じ分析対象でも、目的によって使い分ける場合があります。
たとえば、農薬分析では、揮発性や熱安定性のある成分はGC-MSで測定されることがあり、極性が高い成分や熱に不安定な成分はLC-MSで測定されることがあります。
このように、分析法を選ぶときは、単に「GC-MSかLC-MSか」ではなく、試料の性質、目的成分の構造、必要な感度、定量性、ライブラリ検索の必要性、前処理のしやすさなどを総合して判断することが重要です。
8.まとめ
LC-MSは、液体クロマトグラフィーによる分離と、質量分析法による検出を組み合わせた分析法です。試料を溶液として導入できるため、GC-MSでは測定しにくい熱不安定化合物、難揮発性化合物、極性化合物、医薬品、代謝物、ペプチドなどの分析に適しています。
LC-MSでは、ESIやAPCIなどの大気圧イオン化法がよく用いられます。特にESIはソフトイオン化法であり、プロトン付加イオン、脱プロトン化イオン、多価イオンなどを観測しやすいため、生体関連物質や極性化合物の分析に広く利用されています。また、LC-MS/MSを用いることで、目的成分に由来するイオンを選択的に検出でき、微量成分の高感度・高選択的な定量が可能になります。
一方で、LC-MSは移動相、塩、緩衝液、共存成分の影響を受けやすく、イオン化抑制にも注意が必要です。信頼性の高い分析を行うためには、適切なLC条件、イオン化条件、試料前処理、内部標準物質の利用が重要になります。
GC-MSとLC-MSは、互いに補完し合う分析法です。分析対象の性質を理解し、適切な分析法を選ぶことが、適切な成分推定・同定や信頼性の高い定量分析につながります。
(日本アイアール株式会社 特許調査部 H・L)

































