デジタルヘルスの要素技術③ ポイントオブケア検査技術編

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デジタルヘルスの要素技術③《ポイントオブケア検査技術編》

今回は、生体センシング技術の一分野として、「ポイントオブケア検査」を取り上げたいと思います。

1.ポイントオブケア検査(POCT)とは何か?

「ポイントオブケア検査」という言葉について、初めてお聞きになる方もいらっしゃるとおもいます。

ポイントオブケア検査(POCT:Point of Care Testing)は、これまで病院の臨床検査室や臨床検査会社に委託して試験されてきた血液検査や尿検査などの生体試料の検査を、診察室やベッドサイドまたは患者さんの自宅など、治療(Care)が行われる場所(Point)で行う検査技術の総称です。

以前は、皆さんが病院や診療所でお医者さんから診断を受けるために採血しても、結果が出るのが数日後という経験をしたこともあったかと思います。
これは採取した血液を検査するために大型の機械を使って遠心分離など前処理を行ったり試薬と混ぜたりするなど、検査には専門の技術者の手間や時間が掛かっていたからなのです。

それに対してPOCTでは、診療室のデスク上に置いたり、簡単に移動したりすることができる小型の機械と使い捨てカートリッジを用いて、血液などの検体を数十分以内という短時間で検査できるという特長があります。

 

2.POCTは一滴の血液でさまざまな病気を診断できる

POCTでは、抗原と抗体との結合反応を利用した免疫測定法やPCRなど高感度な検出方法を利用して、タンパク質やホルモンなど血液に含まれる微量の成分から様々な病気を診断することができます。

現在POCTで実用化されている検査項目には下記のようなものがあります。

  • 血糖値測定
  • 電解質測定
  • 心疾患マーカー
  • 妊娠検査
  • 血液凝固検査
  • 動脈血液ガス分析
  • 感染症検査

 

手のひらサイズの実験室?「μTAS」とは

POCT装置の一部では、半導体集積回路の製造に用いられる微細加工技術を応用してガラスやプラスチックの基板上に微小な流路や空間を形成する、μTASmicro-total analysis systems)という技術を使用しています。

このμTASは、一つのチップ上で血液中の血球の分離や試薬との混合・反応および検出を完結することができる、まさに「手のひらサイズの実験室」と呼ばれるもので、Lab-on-a-chipLOC)とも呼ばれます。

このμTASを応用すると、POCT装置の小型化ができるだけでなく、微小な空間で試薬を混合して反応させるために、試薬の拡散が効率良く進み検査にかかる時間を短縮することが可能になります。
また、小さなチップでは検体の量が少なくても済むので、指先から採取した一滴の血液でも測定することができるという利点もあります。

例えば、新型コロナウイルスの検査で有名になったPCR検査ですが、専門のPCR検査会社に鼻咽頭ぬぐい液か唾液などの検体を送付し、検査だけでも数時間かかりました。さらに結果が返却されるのには1〜3日程度かかり、その間、検査結果が仮に陰性だったとしても外出を自粛しないといけなといったことがありました。

しかし、杏林製薬の「GeneSoC® mini」では、底面の直径が約10 cm、高さが約15cm、重さが650gという手のひらサイズの装置でありながら、μTAS技術を応用することで、遺伝子の増幅サイクルを1サイクル11秒という短い時間で効率良く行うことができ、短時間(5-15分)で遺伝子を定量することができます1)

このようにPCR装置が小型になってすぐに検査結果が出るようになったことで、病院の外来で検査して直ちに感染症の治療が始められることから「GeneSoC® mini」を採用する病院も増えてきています。

 
※μTAS技術を応用したPCR検査装置の仕組みやプロトコール例の詳細は、杏林製薬株式会社「GeneSoC®」のWEBサイト1)をご参照ください

 

3.排泄物を利用したPOCT装置の開発例

最近は、技術の進歩によりPOCT装置の小型化が急速に進んでいることもあり、病院内だけでなく患者さん自身が扱えるPOCT装置も開発されてきています。

この場合、検体としては、なるべく患者さん自身の検体採取の工程に痛みなど負担の少ない物が理想です。そのため、汗や尿、呼気といったいわゆる「排泄物」を検体として利用することが研究されています。

 

(1)汗センシング

米国マサチューセッツ工科大学(MIT)のスピンオフ企業であるEmpatica社は、汗の量の変化を皮膚電位の変化として測定することにより、ユーザーのてんかん発作を探知することが可能な手首装着型ウェアラブルデバイス「Embrace2」を販売しています2)
同製品は、医療機器として米国FDAの認可を受けており、医師の処方箋によって使用することができます。

また、汗に含まれるグルコースなどの成分を分析することにより、糖尿病の検査を簡単に行うことができる装置の開発も米国カリフォルニア大学サンディエゴ校(UCSD)などで進められています3)

 

(2)尿センシング

尿は、健康診断などでも検査対象に含まれる代表的な排泄物ですが、POCT装置も世界中で研究が進められています。特に、トイレと組み合わせることで、尿を排泄したその場で成分を測定して健康チェックをすることができる「スマートトイレ」は最近注目されています。

米国スタンフォード大学の研究者らは、陶磁器製の便器に装着する温水洗浄便座タイプの「スマートトイレ」4)を開発しており、カメラを用いて尿や便の動画撮影をして状態を確認できるだけでなく、白血球や特定のタンパク質など健康状態を反映するバイオマーカーの測定が可能になっています。

さらにこのスマートトイレは、カメラで撮影した肛門のしわなどの形状を判別して、複数の人が同じトイレを共用している場合でも個人認証を行う機能が搭載されていることが特長として挙げられています。

温水洗浄便座「ウォシュレット®」の販売で有名なTOTO株式会社も、トイレを使用するだけで様々な健康指標をモニタリングして健康状態に応じたリコメンドをスマートフォンアプリに送信する「ウェルネストイレ」の開発を表明しています5)

スマートトイレが実用化された場合には、温水洗浄便座に続く画期的な商品になるかもしれませんね。

 

(3)呼気センシング

呼吸で吐いた息(呼気)を測定する検査装置といえば、アルコール検知器などがよく知られています。
医療の現場でも呼気を測定するPOCT検査装置の開発が進められています。

CureApp社のニコチン依存症治療アプリ「CureApp SC」は、付属品として一酸化炭素(CO)チェッカーが付属しており、喫煙者の呼気に増加する一酸化炭素を測定するこができます。
もし禁煙者が喫煙してしまったことを正直に答えられない場合でも、呼気に含まれる一酸化炭素を測定することで客観的に喫煙を把握することが可能になります6)

最近の興味深い呼気センシング技術開発の一例として、東京大学の竹内昌治教授らの研究チームによって蚊の触角に存在する嗅覚受容体を利用した、呼気中に微量に含まれる肝臓がんのバイオマーカー「オクテノール」を検出可能な匂いセンサが開発7)されました。その他にも新しい呼気センシング技術を応用した診断・治療技術が発展することが期待されています。

 

4.POCTはこれからも技術の発展が期待される

近い将来、POCT装置は、今よりもより小型に、検査時間もより短時間になって、医療機関だけではなく私たちの身近に普及することが予想されます。

特に、スマートフォンなどの通信技術と組み合わされた場合には、いつでもどこでも時間や場所を選ばず健康管理ができることになり、健康長寿社会を実現するための基盤技術になることが期待されます。

 

(アイアール技術者教育研究所 A・S)

 


≪参考文献・引用文献≫

  • 1)杏林製薬株式会社 「GeneSoC®」WEBサイト
    https://genesoc.jp/about/
  • 2)Empatica社 WEBサイト
    https://www.empatica.com/embrace2/
  • 3)糖尿病ネットワークニュース記事(2021年6月7日)
    https://dm-net.co.jp/calendar/2021/035891.php
  • 4)スタンフォード大学ニュース記事(2020年4月6日)
    https://med.stanford.edu/news/all-news/2020/04/smart-toilet-monitors-for-signs-of-disease.html
  • 5)TOTO株式会社ニュースリリース(2021年1月12日)
    https://jp.toto.com/company/press/company/international/2021_01_12_011027/
  • 6)株式会社CureApp 「CureApp SC」WEBサイト
    https://sc.cureapp.com/d/
  • 7)東京大学生産技術研究所ニュースリリース(2021年1月14日)
    https://www.iis.u-tokyo.ac.jp/ja/news/3457/

 

 

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