【中国特許分析】有機EL関連技術の特許出願動向は?
有機EL装置は、高発光率、高輝度、高コントラストな次世代ディスプレイとして活用が進んでおり、その特許出願動向について注視しておく必要があります。
今回は、中国における主要な特許検索データベースの一つである“Incopat”を利用して、有機EL分野の中国特許出願の動向について分析しました。
目次
1.世界各国における出願件数推移(日本/米国/中国/韓国/欧州)
下図に中国(CN)、米国(US)、日本(JP)、韓国(KR)、欧州(EP)の最近10年間の出願状況を示しました。(公開年ベース)
かつては日本がリード役として牽引してきたが、2016年頃から、中国や韓国などの市場規模が急速に成長し、特に中国特許の出願件数のボリュームが圧倒的に増加していることがわかります。
【図1 主要国・地域の有機EL関連特許出願推移(公開件数)】
2.中国の特許・実用新案出願状況
【図2 有機ELに関する中国特許・実用新案の件数】
2011年~2020年の10年間における状況(図2)から見ると、特許出願が増加していることは当然として、実用新案も年々無視できないレベルの件数に増えてきています。
3.有機ELに関する中国特許出願人の国別割合
有機ELに関する出願人国籍別中国特許出願件数比率を下図に示しました。
出願人国籍別(図3)に見ると、中国籍出願人が全体の65.74%と6割以上を占めています。2011年以降については、中国籍出願人の割合はさらに増加し、7割以上となっています。(図4)
【図3 有機ELに関する中国特許出願人の国籍別比率】
【図4 2011年以後の有機ELに関する中国特許出願人の国籍別比率】
また、外国籍出願人をみてみると、総件数としては日本国籍出願人の出願件数が一番多く14.03%で、次は韓国籍出願人の13.81%となっています。
しかし、2011年以降については、韓国籍出願人の出願件数が日本を追い抜き2位になっています。
4.有機EL分野の中国特許の出願人ランキング
中国特許の出願人別件数上位ランキングを表1に示しました。
上位10社のうち、中国現地企業が一番多く5社であり、日本と韓国企業がそれぞれ2社、台湾の企業が1社となっています。
なお、上位10社の業種としては、ディスプレイを扱うメーカーが大半です。
10位以内に入っている5社の中国現地企業のうち、ディスプレイメーカーが4社(BOEが1位、TCL華興が3位、昆山国顕が6位、雲谷テクノロジー10位)、照明メーカー1社(オーシャンキングが5位)であり、ディスプレイと照明領域に関する研究開発に注力していることが分かります。
企業名 | 出願件数 | 出願人国 | |
1位 | BOEテクノロジーグループ株式会社 BOE Technology Group Co., Ltd. |
6339 | 中国 |
2位 | サムスンディスプレイ株式会社 | 4899 | 韓国 |
3位 | TCL華興オプトエレクトロニクス技術株式会社 TCL China Star Optoelectronics Technology Co Ltd. |
4055 | 中国 |
4位 | LGディスプレイ株式会社 | 3271 | 韓国 |
5位 | オーシャンキング照明テクノロジー株式会社 Ocean’s King Lighting Science & Technology Co., Ltd. |
2207 | 中国 |
6位 | 昆山国顕光電株式会社 Kunshan Guoxian Optoelectronics Co., Ltd. |
1424 | 中国 (2012年設立) |
7位 | 株式会社半導体エネルギー研究所 | 1368 | 日本 |
8位 | セイコーエプソン株式会社 | 912 | 日本 |
9位 | 友達光電股份有限公司 AU Optronics Corp. |
783 | 台湾 |
10位 | 雲谷(固安)テクノロジー株式会社 Yungu (Guan) Technology Co., Ltd. |
776 | 中国 (2016年設立) |
【表1 有機ELに関する中国特許出願人ランキング】
5.注目されている課題・効果
有機ELに関する中国特許では、どのような技術効果や課題に注力しているものが多いのでしょうか?
incoPatによる技術効果・課題に関する分類別の出願件数推移を図5に示しました。
効率性向上、製法の複雑性低減、安定性向上、コスト削減、長寿命化に関するものが多いことが分かります。
【図5 課題・技術効果ごと公開件数推移】
6.有機ELに関する中国特許出願のIPC分類状況
下図に有機ELに関する中国特許出願のIPC分類の付与状況を示しました。(公開年ベース)
IPC分類のサブクラス単位で見ると、現在、有機EL分野の中国特許出願は主にH01L51、H01L27、C09K11に集中しています。(図6)
そのうち、H01L51(有機材料を用いる装置)が最も多く、全体の約3割を占めています。また、H01L27(半導体構成部品)とC09K11(発光材料)の公開件数がほぼ同じで、約2割となっています。
素子構造と素子用の材料は有機ELのコア基本技術であり、将来的に有機ELは大型化の方向に発展していくと考えられます。そうした中で、材料開発に関する基礎研究が技術的なボトルネックとされており、克服していくべき大きなテーマとなっています。
したがって、素子用材料に関する研究は、有機EL分野の研究における最重要ポイントであり、これに対応する多くの特許出願があります。
【図6 中国特許出願のIPC大分類別公開件数】
IPC分類 (サブグループ) |
分類の内容 |
H01L51 | 能動部分として有機材料を用い,または能動部分として有機材料と他の材 料との組み合わせを用いる固体装置;このような装置またはその部品の製造または処理に特に適用される方法または装置 |
H01L27 | 1つの共通基板内または上に形成された複数の半導体構成部品または他の固体構成部品からなる装置 |
C09K11 | 発光性物質,例.電気発光性物質;化学発光性物質 |
H05B33 | エレクトロルミネッセンス光源 |
G09G3 | 陰極線管以外の可視的表示器にのみ関連した,制御装置または回路 |
G01N21 | 光学的手段,すなわち,赤外線,可視光線または紫外線を使用することによる材料の調査または分析 |
G09F9 | 情報が個々の要素の選択または組合せによって支持体上に形成される可変情報用の指示装置 |
H01L21 | 半導体装置または固体装置またはそれらの部品の製造または処理に特に適用される方法または装置 |
G02F1 | 独立の光源から到達する光の強度,色,位相,偏光または方向の制御のための装置または配置 |
C07D209 | 異項原子として1個の窒素原子のみを含有し,他の環と縮合している5員環からなる複素環式化合物 |
【表2 IPC分類付与件数上位の内容】
IPC付与状況の推移
2011年~2020年の10年間における、有機ELに関する中国特許出願についてIPC分類(サブグループ)別の公開件数を図7に示します。
H01L51(有機材料を用いる装置)とH01L27(半導体構成部品)に対応する技術分野の特許出願の公開件数が最も増加し、出願のボリュームは高水準で維持されています。
また、発光性材料の開発(C09K11)の件数が増えている点にも注目です。
有機材料技術の飛躍的進歩が、有機EL産業の発展を推進してきました。
【図7 最近10年間有機ELに関する中国特許出願のIPC大分類別公開公報件数推移】
さらに、現在の大型サイズ向けの有機ELの開発に伴い、素子装置と材料開発以外では、エレクトロルミネッセンス光源とパネル駆動が主要な研究分野となり、H05B33とG09G3の対応する技術分野における特許出願の件数も増加し、今後の展望も期待されている。
7.中国現地企業上位3社の特許出願分析
有機ELに関する中国特許出願人ランキング(表1)をみると、中国籍出願人の上位3社は、BOEテクノロジーグループ、とTCL華興オプトエレクトロニクス技術、とオーシャンキング照明テクノロジーとなっています。
この3社について、企業の概要と有機ELに関する中国特許出願状況をさらに調べました。
(1)BOEテクノロジーグループ
BOEテクノロジーグループ株式会社(http://www.boe.com/)は、1993年に北京で設立された電子製品メーカーです。(略称:BOE)
ディスプレイ製造分野で世界屈指の規模を誇り、最も影響力のある企業の1つです。
同社の主な事業分野は、ディスプレイデバイス、携帯電話のディスプレイ、表示パネル、テレビディスプレイ、VR / AR、自動車用ディスプレイ、医療用ディスプレイ、ホームディスプレイ、ミニ/マイクロLED、センサー装置、医療画像処理、バイオアッセイ、スマートウィンドウ、指紋認識、テレビ、モニター、電子ホワイトボード、広告プレーヤー、および大型ディスプレイ端末などとされています。
BOEは2010年代以降、液晶ディスプレイメーカーとして急速な成長を見せました。
同社は、北京市、内モンゴル自治区オルドス市、四川省成都市、武漢市など国内に複数の製造拠点を持ち、米国、ドイツ、英国、フランス、スイス、日本、韓国、シンガポール、インド、ロシア、ブラジル、アラブ首長国連邦を含む19の国と地域に子会社があります。
現在、世界のディスプレイパネルの4分の1以上をBOEが製造しているとされ、その超高精細、柔軟性、およびマイクロディスプレイソリューションは、国内外の有名ブランドで広く使用されています。
中国の調査会社Sigmaintellによると、2019年、BOEのLCDスクリーンは、スマートフォン、タブレット、ラップトップ、モニター、テレビの5つの主要分野で市場シェアの点で世界第1位にランクされ、OLEDディスプレイの出荷台数は前年比で7倍であり、フレキシブルOLEDは国内市場の86.7%で1位にランクされたということです。
2019年、BOEは9655件の新規特許を出願し、そのうち90%以上が発明特許であり、使用可能な特許の累積数は70,000件を超え、米国、ヨーロッパ、日本、韓国、その他の国と地域をカバーしています。
有機ELに関する公開された特許出願6339件のうち、有効特許が2925件で、審査中2887件、ほか527件が失効となっています。
有機EL領域で高い技術競争力を有し、この分野での今後の展望も期待されています。
(2)TCL華興オプトエレクトロニクス技術
TCL華興オプトエレクトロニクス技術株式会社(http://www.szcsot.com/)は、2009年11月に設立され、半導体ディスプレイの分野に焦点を当てた革新的なテクノロジー企業です。(略称:TCL華興)
現在、TCL華興はLCDパネル分野で、深センと恵州の大型テレビパネルとモジュール生産拠点、武漢の中小型パネルとモジュール生産拠点、インドのモジュール生産拠点などの生産ラインを有しています。
TCL華興は、Mini-LED、Micro-LED、OLED、印刷ディスプレイなどの高度なディスプレイ技術を積極的に展開しています。同社の主な製品は、大、中、小サイズのパネルとタッチモジュール、電子ホワイトボード、スプライシングウォール、自動車、eスポーツなどのハイエンドディスプレイ応用分野をカバーし、世界のパネル業界でコアコンピタンスを構築しています。
TCL華興の有機ELに関する公開された特許出願は4055件あり、有効特許が1253件、審査中が2308件、失効が494件となっています。
(3)オーシャンキング照明テクノロジー
3位のオーシャンキング照明テクノロジー株式会社(http://www.haiyangwang.com/)は、1995年8月に設立され、さまざまなプロ用照明器具を独自に開発、製造、販売し、様々な照明エンジニアリングプロジェクトを実施する民間の合資ハイテク企業です。
1995年の設立以来、特殊な環境照明機器の研究開発、製造、販売、サービスを行っており、主な製品は、固定照明器具、移動照明器具、携帯照明器具の3つのシリーズをカバーしています。
オーシャンキングの有機ELに関する公開された特許出願は2207件あり、有効特許が215件、審査中0件、ほか1992件の法律状態は全て失効になっています。失効のうち、出願公開後の(みなし)取下げが中心で、1853件占めています。
【図8 中国現地企業上位3社の公開件数推移】
中国企業名 | 全分類の出願件数 | 有機EL分類の出願件数 | 有機ELの出願割合 | 有機ELに関する特許出願の法律状態 | |||
有効 | 審査中 | 失効 | 失効出願の詳細 | ||||
BOE | 40121 | 6339 | 16% | 2925 | 2887 | 527 | 拒絶441件 出願公開後の取下げ17件 放棄67件 特許料未納1件 存続期間満了1件 |
TCL華興 | 21565 | 4055 | 19% | 1253 | 2308 | 494 | 拒絶337件 出願公開後の取下げ155件 放棄1件 特許料未納1件 |
オーシャンキング | 9178 | 2207 | 24% | 215 | 0 | 1992 | 拒絶41件 出願公開後の取下げ1853件 放棄1件 特許料未納97件 |
【表3 中国籍出願人上位3社の特許出願状況】
存在感が高まる台湾企業の出願動向にも注目
上記の特許出願人ランキングに上位10社の出願人には、台湾の企業友達光電股份有限公司(AU Optronics)も含まれており、783件の特許を出願して9位にランクインしました。
現在、台湾にはOLEDの研究と大量生産を行っている関連メーカーは10社以上あるとされています。台湾の液晶業界は確固たる基盤を有しており、有機ELに関する運営条件も比較的良好であるため、今後は特許出願でも存在感が高まっていく可能性があります。台湾企業の有機EL関連出願動向には注目しておく必要があるでしょう。
8.参考:分析対象とした母集団(検索式)
今回の調査は、中国における特許出願動向を俯瞰することを目的としているため、粗めのキーワードとIPC検索を中心とした簡易的な検索による分析結果に過ぎません。
より高精度な特許情報分析のためには、対象分類と中国語キーワード(技術用語の網羅とシソーラスの確認)を十分に精査したうえでの、本格的な検索が必要となります。
No. | 検索式 | 件数 | 式の意味 |
1 | IPC=(H01L51/5 OR H01L27/32 OR C09K11/06) | 404317 | IPC分類(OLED、有機発光ダイオードを使用したフラットパネル・ディスプレイ、有機発光性物質を含むもの) |
2 | IPC=(F21 OR G09G3/ OR H05B33) | 1853489 | IPC分類(照明、エレクトロルミネッセンス光源、エレクトロルミネッセントパネルを用いるもの) |
3 | TIAB=(有机电致发光 or 聚合物电致发光 or 有机EL or 聚合物EL or “OLED” or “PLED” OR “OEL” or 有机发光二极管 or 有机发光) | 252773 | 名称要約=(有機EL or OLED) |
4 | 1 or (2 and 3) | 437827 | |
5 | PNC=(JP or US or EP or CN or KR or WO) and PD=[20100101 TO 20201231] | 53413490 | 出願国=(日本 or 米国 or 欧州 or 中国 or 韓国 or PCT出願) and 公開日=[20100101 TO 20201231] |
6 | 4 and 5 | 284656 | |
7 | PNC=CN | 35806450 | 出願国=中国 |
8 | 4 and 7 | 95077 |
有機EL事業の推進には中国の技術情報調査が不可欠
ということで今回は、中国における有機EL分野の技術動向について、特許出願情報を基に簡単にまとめてみました。
有機ELは大型化、フレキシブル、高解像度機能への開発が進展しており、関連技術の応用に向けて新たな時代の到来を告げるでしょう。有機EL業界は、世界市場、特に中国市場において良好な見通しがあります。
そのため、有機ELに携わる企業は、中国の特許情報をはじめとした様々な技術情報や権利行使状況等を的確に調査し、自社の研究・技術開発、そして事業の推進をサポートしていくための戦略を継続的に検討していくことが不可欠と言えるでしょう。
(日本アイアール株式会社 特許調査部 J・X)
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