バイオ医薬分野における「コンセプト特許」の重要性と事例

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コンセプト特許

バイオテクノロジー分野における特許は、新たな生物学的メカニズムの発見を基に、概念的な取得が可能となっています。この種の概念的なものに基づく特許(以下、本コラムでは「コンセプト特許」と呼びます)は、近年の医薬品開発動向の変化とともに、その重要性を増しています。

本コラムでは、コンセプト特許とは何か?
近年の動向、コンセプト特許取得に際して留意すべきポイントなどについて探っていきたいと思います。

1.コンセプト特許とは?

バイオテクノロジー分野におけるコンセプト特許は、特定分子の新たな機能や、疾患治療の新規ターゲット分子といった新たな治療コンセプト等をもたらす生物学的メカニズムの発見に基づく発明で認められる傾向にあります。

例えば、X分子を阻害すると糖尿病の治療効果があることを見出した場合、具体的な抗体や核酸の構造・配列等を特定せずに「X分子阻害剤を含む糖尿病治療剤」というコンセプト特許を取得できます。これは、具体的な化合物の構造等を特定する必要がある従来の低分子医薬分野の特許と大きく異なる特徴です。

 

2.コンセプト特許の代表例

コンセプト特許の代表例として、小野薬品工業の「オプジーボ」に関連する基本特許、特許第5159730号が挙げられます。

[※関連記事:3分でわかる技術の超キホン「オプジーボ」とは?

 

特許第5159730号(オブジーボに関する特許)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
PD-1抗体を有効成分として含み、インビボにおいて癌細胞の増殖を抑制する作用を有する癌治療剤(但し、メラノーマ治療剤を除く。)。

(なお、メラノーマ治療剤については別途特許第4409430号で権利化されています。)

 
この特許は、PD-L1 等のリガンドが発現したがん細胞が、PD-1受容体を発現した免疫細胞による攻撃を逃れており、PD-1とPD-L1 等の相互作用を阻害することで免疫細胞によるがん細胞への攻撃が活性化され、がん治療効果があるとの発見に基づく発明に関するものです。

この特許の権利範囲は、大まかに言えば「PD-1抗体を含む癌治療剤」であり、PD-1抗体の具体的な構造(例えば、CDR領域のアミノ酸配列など)に限定されない、広い権利範囲を有しています。このことから、「癌治療においてPD-1受容体を標的とする」というコンセプト自体に特許が与えられていることが分かります。

 

3.医薬品開発動向の変化とコンセプト特許の重要性

近年、バイオ医薬品の普及とそれに伴うビジネス戦略の変化の中で、コンセプト特許の取得は医薬品ビジネスを進める上で非常に重要となっています。

バイオ医薬品は、特定のターゲットを標的とした新たな治療コンセプトが一度確立されると、そのターゲットを標的とした類似医薬品の開発が比較的容易という特性があります。このバイオ医薬品の特性も影響し、近年のバイオ医薬市場では、先行するバイオ医薬品の特許切れを待たずに、同一疾患に対し、同一のターゲットを標的とした、異なる構造を持つ先行医薬品が開発され、上市されるケースが増えています。
さらに、後発バイオ医薬品(バイオシミラー)の承認に際して、先行バイオ医薬品と構造が同一であることは要求されていません。
このため、バイオ医薬の分野では、単に構造等で特定した特許では競合他社の市場参入を阻止するのが難しい傾向にあり、より広範な権利を持つコンセプト特許の取得が重要となります。

ところで、上述のPD-1抗体特許は、2012年に登録されたものです。近年、このようなコンセプト特許が認められにくくなっているとの意見も一部で聞かれます。そこで、2018年以降に日本特許庁に登録されたコンセプト特許について調査を行いましたので、以下に2つの特許を紹介します。

 

4.近年のコンセプト特許の例

 

(1)特許6537092(2019年6月14日登録)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
mTORインヒビターを含む、眼の症状、障害または疾患を予防または治療するための組成物であって、該症状、障害または疾患は、フックス角膜内皮ジストロフィである、組成物。

この特許の権利範囲は、大まかに言えば「mTORインヒビターを含むフックス角膜内皮ジストロフィ予防・治療用組成物」であり、mTORインビターが、どのような核酸医薬、ペプチド、ひいては低分子化合物であるかを問わない広い権利範囲を有しています。したがって、「フックス角膜内皮ジストロフィの予防・治療としてmTORを標的とする」というコンセプトに特許が認められていることが分かります。

なお、詳細は割愛しますが、本特許に対応する米国特許11433090号では疾患等が「フックス角膜内皮ジストロフィ」に代えて「TGF-βに起因する角膜内皮の症状・・」で権利化されていることから、より広い範囲の特許が成立しています。現時点(執筆日:2023年10月2日)では欧州、中国、韓国などでは未だ審査段階です。

 

(2)特許6964364(2021年10月21日登録)

【特許請求の範囲】
【請求項1】

CLEC4Aタンパク質の細胞外領域に結合するCLEC4A機能阻害抗体を含む、免疫チェックポイント阻害剤。

この特許の権利範囲は、大まかに言えば「CLEC4A機能阻害抗体を含む免疫チェックポイント阻害剤」であり、対象疾患や抗体の配列を問わない広範な権利範囲を有しています。したがって、「CLEC4Aを機能阻害することで免疫チェックポイントの阻害をする」というコンセプトに特許が認められていることが分かります。
なお、現在時点では本特許に対応する外国への移行は確認されていません。

これらの特許に代表されるようにコンセプト特許は、現状でも日本特許庁において十分に取得できることが分かります。
外国での傾向として、欧州では日本と同じく比較的コンセプト特許が認められやすい傾向にあります。一方で中国では認められにくく、米国では審査官によるバラつきがあるものの全体としては認められにくく、近年は無効化されるケースも増えているようです。

 

5.コンセプト特許はどのような発明に認められるか?

特許を取得するためには、新規性や進歩性などの要件を満たす必要があります。これらを簡単に言えば、新規性は「先行技術で発明が知られていないか?」を満たす必要があり、進歩性は先行技術から①「発明が思いつかないか?」、②「予測外の効果かあるか?」 のいずれかを満たす必要があります。

例えば、仮に上述のPD-1抗体特許(特許第5159730)の特許出願前に、先行技術として特定の低分子化合物で免疫細胞のPD-1受容体を阻害すると、がん治療効果があることが既に知られていた場合、コンセプトベースでの特許は認められていなかった可能性が高いでしょう。
なぜならば、低分子化合物の代わりにPD-1抗体を使うことについて新規性はありますが、進歩性の①や②を満たさないからです。
仮にPD-1抗体が、先行技術の低分子化合物よりも予測外の高いがん治療効果を示し、進歩性の②が認められる場合であっても、効果が示された特定の配列等に限定したPD-1抗体でしか認められない傾向にあります。

このように、コンセプト特許を戦略的に取得するためには、先行技術の正確な把握が重要となります。

もっとも新規性、進歩性以外の要件としてサポート要件、つまりそのコンセプトをどこまで実証し(どのようなデータをどこまで拡充させ)記載するか、という点も極めて重要であり、やはり先行技術の正確な把握が不可欠となりますが、この点については本コラムでは割愛し、別のコラムで紹介するかもしれません。

 

6.先行技術調査の重要性

このようにバイオテクノロジー分野におけるコンセプト特許の取得には、先行技術調査が不可欠です。

これまでのバイオテクノロジー分野における基礎的な発見は、主に大学や研究機関などのアカデミアで行われ、その成果は科学論文として発表されてきました。
しかし、近年、イノベーションを促進する考え方が広まる中で、国内外の研究者は特許出願を先行させ、場合によっては特許が公開された後に論文を発表するという手法が増えてきました。特に、イノベーションにつながる可能性のある先駆的な発見において、このような手法が採用されることは珍しくありません。

この背景を踏まえ、戦略的にコンセプト特許を取得するためには、論文調査だけでなく、各国の特許データベースを含む幅広い特許調査がより不可欠となっています。

当サイトを運営している日本アイアールは国内外の特許調査・技術調査をコア業務としており、バイオ医薬関連技術についても専門性の高いサーチャーチームが対応しています。ニーズに応じて最適な調査プランをご提案しますので、お気軽にお問い合わせ下さい。

また当サイトにおいて、バイオ医薬分野に関連する技術セミナー、法律・知財・薬事に関するセミナーも多数ご紹介しております。ご興味がある方は是非チェックしてください。

 

(日本アイアール株式会社 特許調査部 K・K)

 


《引用文献、参考文献》

  • 1) 森田裕、バイオ医薬等の新しい医薬モダリティを保護するための実践的特許戦略の考察、日本知財学会誌2019、Vol. 16 No. 1、p31-40
  • 2) 石埜正穂、医療系アカデミアにおける知財戦略と必要な知財教育、日本知財学会誌2019、Vol. 16 No. 1、p65-72
  • 3) 矢野恵美子、体医薬と特許、日本知財学会誌2019、Vol. 16 No. 1、p5-19
  • 4) Mark A. Lemley & Jacob S. Sherkow (2022), The Antibody Patent Paradox, The Yale Law Journal, Vol. 132 No. 4、p910-1212
  • 5) バイオ医薬品分野における知的財産戦略及び活用の最適化に関する調査研究報告書、国内ヒアリング調査(一般財団法人 知的財産研究教育財団 知的財産研究所)

 

 

医薬品関連の特許調査なら日本アイアール

 

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