3分でわかる技術の超キホン バクテリオシンとは?作用機序や分類などを解説
1.バクテリオシンとは?
「バクテリオシン」とは、細菌が産生する抗菌ペプチド・タンパク質の総称です。
1925年にアンドレ・グラチアらが、大腸菌から同種の菌に対して抑制効果のある物質を発見し、この物質は後に「コリシン」と命名されました。この物質が最初に発見されたバクテリオシンです。
現在では、サルモネラ、緑膿菌、赤痢菌、エルビニア、ブドウ球菌、バチルス、及び放線菌など様々な細菌がバクテリオシンを生産することが報告されています。
2.バクテリオシンの作用機序
バクテリオシンの主要な作用機序は、標的細胞の膜に孔を形成するものです。
例えば、代表的なバクテリオシンであるナイシンは、ペプチドグリカン合成の前駆体である細胞膜構成成分のlipidⅡに結合することで、孔を形成して抗菌活性を示します。
一方で、特定分子を介さずに細菌膜に大きな孔を形成し、細胞内からイオンやATP、タンパク質などを流出させることで、強力な抗菌活性を示すラクティシンQなども知られています。
この他、コリシンのDNase活性、RNase活性、及びムレイン合成の阻害、ピオシンによる細胞質膜の脱分極、ロイコサイクリシンQのマルトーストランスポーターやハロシンのNa+/H+交換輸送体への関与など、バクテリオシンの作用機序は多種多様です。
3.乳酸菌由来バクテリオシン
乳酸菌はグルコースを代謝して乳酸を生成する細菌類の総称で、私たちの生活と密接な関係にある細菌の1つです。乳酸菌は様々な発酵食品に利用されているほか、ヒトでは消化管内などに常在し、宿主の健康に重要な役割を果たしています。
この乳酸菌からも様々なバクテリオシンが発見されおり、その代表がナイシンAです。
「ナイシンA」は、乳酸菌Lactococcus lactisが生産する34個のアミノ酸からなるペプチドで、Bacillus属やClostridium属などのグラム陽性菌に対して抗菌活性を有しています。
ナイシン製剤は、米国において一般に安全と認められる物質GRAS(Generally Recognized as Safe)に認定されており、現在、50ヵ国以上で乳製品や缶詰などの保存料として使用されています。
【図1 ナイアシンAの構造】
このように私たちに身近で、長年に亘って食品利用の実績のある乳酸菌が生産するパクテリオシンは、生物由来で人体に無害な抗菌性物質(バイオプリザパティブ)として、それを利用した食品保存技術(バイオプリザベーション)の分野で注目されています。
4.バクテリオシンの分類
バクテリオシンは、構成アミノ酸、分子量、及び活性特性などの観点からⅠ~Ⅳの4つのクラスに分類されています。さらに、クラスⅡはⅡa~Ⅱdの4つのサブクラスで構成されています。
【表1 バクテリオシンの分類】
クラス (サブクラス) |
特徴 | 代表例 |
Ⅰ | 異常アミノ酸を含む、ランチビオティック*1と総称される 5kDa以下の低分子ペプチド、耐酸性・耐熱性 |
ナイシンA,Z,Q ラクティシン481 エンテロシンW |
Ⅱ | 異常アミノ酸を含まない10kDa以下の低分子ペプチド、 耐酸性・耐熱性 |
- |
Ⅱa | 抗リステリア活性、N末端にYGNGVXCの保存配列を持つ | ペディオシンPA-1 ムンジチシン |
Ⅱb | 2成分による相互作用によって抗菌活性を示す | ラクトコッシンQ エンテロシンX |
Ⅱc | N末端とC末端がペプチド結合で連結した環状構造を有する | ラクトサイクリシンQ ロイコサイクリシンQ |
Ⅱd | その他のクラスⅡバクテリオシン | ラクティシンQ,Z ガルビエシンQ エンテロシンB |
Ⅲ | 熱感受性の30kDa以上の高分子タンパク質 | ヘルペチシンJ アシドフィルシンA |
Ⅳ | 糖質や脂質と複合体を形成して抗菌活性を示す | プランタリシンS ロイコノシンS ラクトシン27 ペディオシンSJ-1 |
*1)ランチビオティック: 翻訳後修飾によって生じる不飽和アミノ酸であるデヒドロアラニンやモノスルフィド結合を有するランチオニンなどの異常アミノ酸をもつペプチドの総称
5.バクテリオシンに関する特許情報
特許情報プラットフォーム「J-PlatPat」を使用して、キーワード「バクテリオシン」が「発明の名称」「要約/抄録」「請求の範囲」に含まれる日本特許を検索してみると、288件が検出されました(検索日2022/11/1)。
公開特許数の推移(2014年以降)を見ますと、2020年の16件が最多で、2019年(12件)と2016年(11件)以外は10件未満で、近年の出願数は増えていないようです。
【図2 J-PlatPat 検索結果の表示ページ上段】
ここでは項目「FI別」において付与件数の多い分類にフォーカスし、俯瞰的に考察してみます。
上位は、医薬品に係わる分類A61(157件)、生化学に関するC12(145件)、食品に関するA23(128件)、及び有機化学のC07(87件)となっています。
分類下層のメイングループでその内訳を見ると、C12においては、微生物に関するC12N1(98件)と、遺伝子工学に関するC12N15(87件)が主要となっています。また、C07では当然ながらペプチドに関する分類C07K14が71件と最多です。
これらの分類に該当するものとして、例えば、遺伝子導入・組み換えなどの遺伝子工学技術による、バクテリオシンを生産する新規な形質転換体(細菌)の作製に関する発明や、その細菌によって生産される高活性・広域スペクトルの新規バクテリオシン、並びにその効率的な製造方法に関する発明などが考えられます。
次に、A61に関しては、抗菌剤に関するA61P31(81件)とペプチド含有医薬製剤に関するA61K38(80件)が主要で、バクテリオシンの医薬用途に関する発明と推測されます。
最後にA23については、食品の保存(例として、食品に適した殺菌・減菌)に関するA23L3が55件と最も多くなっています。
今回は、キーワード検索で特徴語「バクテリオシン」が特定項目に出現する特許を抽出しています。他方でバクテリオシンと記載のないバクテリオシンに関する特許もあり、ノイズが含まれることも考慮すると参考まで留まります。とはいえ、バクテリオシンの用途は本来の生理活性に基づいた医薬関連や、バイオプリザパティブ(生物由来の抗菌性物質)としてのバイオプリザベーション(食品保存技術)であることは認識されます。
いずれにせよ、乳酸菌などの細菌は、今後も私たちの生活をより一層豊かにしてくれることでしょう。
(日本アイアール株式会社 特許調査部 K・H)