【必須微量元素】「セレン」の基礎知識・要点まとめ解説

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セレン

必須微量元素の一つである「セレン」(Se)は、1950年代の終わりには、セレンが動物にとって必須元素であることが示され、欠乏すると心血管疾患、発がん、神経変性性疾患、周産期における異常などのリスク因子となる可能性のあることが多くの疫学研究で示唆されてきました。

今回は、必須微量元素としてのセレンについて取り上げてみたいと思います。

1.生体内でのセレンの役割・主な生理機能

セレンは1817年にスウェーデンの化学者であるBerzeliusらによって見いだされ、その後多くの研究がされています。
セレンの生理作用としては、主にセレンタンパク質の働きによって発揮される抗酸化作用抗がん作用抗老化作用免疫システムなどが知られています。

また、セレンはヒ素、水銀、カドミウム、銀など重金属と親和性が高く、その毒性を軽減させる作用があり、特に水銀化合物の毒性軽減作用については研究が進められています。
さらに、セレンは、癌、糖尿病等と関連性があると考えられていたり、セレンの欠乏が免疫系の機能損傷と関係していたり、ある種のウィルス感染症の毒性や進行を増強すると考えられているなど、セレンの生理作用は多岐に渡ります。

《セレンの主な生理作用》

  • 抗酸化作用
  • 抗がん作用
  • 抗老化
  • 精子の運動能
  • 免疫システム

 

2.セレンの主な関連酵素・関連物質

ヒト組織中のセレンは、ほとんどがタンパク質の構成分として存在(セレンタンパク質)しており、システインの硫黄がセレンで置き換わった構造をもつセレノシステイン(Sec)というアミノ酸の形で含まれています。
2019年時点で、ヒトでは25種類(真核生物全体では39種類)のセレンタンパク質が見いだされているとの報告があります。

セレンは、他の必須微量元素がアポタンパクが合成された後にアミノ酸に配位して結合するのとは異なるという特徴があります。

主なセレンタンパク質としては以下のようなものがあります。

 

(1)抗酸化酵素グルタチオンペルオキシダーゼ(GPx)

グルタチオン(GSH)を介して過酸化水素や脂質過酸化物を還元して無害化する抗酸化酵素で、5種類のGPxが確認されています。

心疾患、脳虚血モデル動物に対するGPxの保護作用が示されており、降圧剤であるニフェジピンの作用機序として脂質過酸化物の低下、ミトコンドリア内のGPxの上昇によるものであるとの報告もされております。
また、GPxを上昇させる物質は種々の酸化ストレス関連疾患の治療薬になる可能性があると考えられています。

 

(2)チオレドキシン還元酵素(TXNRD)

チオレドキシン(Trx)は、酸化型の標的タンパク質を還元し、自らは酸化型になるタンパク質ですが、この酸化型チオレドキシン(Trx)をNADPH存在下、還元するのがチオレドキシン還元酵素(TXNRD)です。

この他にもチオレドキシン還元酵素は、過酸化水素などの低分子やタンパク質の還元も行うことで細胞増殖やDNA修復などにも関与していると考えられており、特にTXNRD1 は多くのがん細胞やがん組織において高発現していることから、創薬標的分子になっています。

 

(3)セレノリン酸合成酵素(SEPHS2)

セレンタンパク質の生合成に必要な活性型セレン(モノセレノリン酸(MSP))を生成する酵素です。
セレン化合物とATPからMSPを合成します。MSPはセレノシステインの合成に必要なセレン供給体になります。

 

3.セレンの摂取基準量

日本人の平均セレン摂取量は、成人1人あたり100μg/日前後であり、世界的にみれば多い方であるといわれています。
また、セレンの1日の推奨量は18歳以上の男性で30㎍、18歳以上の女性で25㎍で、一般の日本人は通常の食生活で十分なセレンを摂取していることが分かります。
一方で、セレンの許容摂取上限量は350〜450μ g/日であり、ほかの必須微量元素と比べて、その必要量と中毒量との差が小さいという特徴があります。
「セレン欠乏症の診断指針2016」によると、血清セレン値は、年齢によって異なるものの、19歳以上では、≦10.0μg/dLとなっています。

 

4.セレンを多く含む食品

セレンを多く含む食品としては、魚介類や、肉類、卵、種実類、きのこ類などが挙げられます。
このうち、肉類や魚介類についてはおおよそ0.1~0.5μg/g程度のセレン含量が認められています。
北米産硬質およびデュラム小麦を原料とするパンやパスタ類には魚介類や肉類と同程度のセレン含量(0.1~0.5μg/g)が期待できるとされている一方で、日本産のコメやダイズ、小麦のセレン含量はほとんどが0.05μg/g以下と少ない状況となっています。

土壌中のセレン含量は地球的規模でばらつきがあることが知られており、わが国の草地の土壌に含まれる水溶性セレン含量は3~32ng/gと少なく、日本は「低セレン地域」に近いといえます。
実際、北海道において国産の牧草のみで飼育したウシやウマにセレン欠乏症である”whitemuscle disease”が発生しているという報告もあります。
ちなみに、低セレン土壌地域としては、ニュージーランド、北欧、米国北東部および北西海岸、中国北東部、高セレン土壌地域としては北米大陸中央部、中国北西部、ベネズエラなどが知られています。

セレンは比較的吸収が良く、通常の食事では欠乏症になることは少ないとされています。上述の通りわが国のセレン摂取量は充分といえますが、これは輸入穀物と魚介類への依存が大きいためと考えられます。
食品中のセレンの化学形態は様々で、化学分析値と栄養としての有効性は必ずしも一致しないようです。ダイズ中のセレンは亜セレン酸と同程度の有効性を示すものの、魚肉中のセレンは有効性が低いことが報告されています。

ちなみに、朝鮮人参の薬効成分は土壌中高セレン地区で生育した人参中のセレンであるという説があり、土壌中のセレン濃度の低い日本で栽培した朝鮮人参には同様の薬効が認められないのではないかとの話もあるようです。

 

5.セレンの吸収・分布・代謝・排泄

(1)吸収

通常ヒトの場合では、食物のタンパク質中に含まれるセレノメチオニン(Se-Met)やセレノシステイン(Sec)、またはセレン酸や亜セレン酸の形で小腸で吸収されて血液へと流れていきます。

セレノシステインは、セレノシステインリアーゼにより直ちにセレンとアラニンに分解され、生じたセレンはセレニドに変換されます。

セレノメチオニンは、Cys合成経路でセレノシステインに変換されるとされています。食事中のセレンの中では、セレノメチオニンが最も速やかに吸収されるとされています。

また、亜セレン酸は、赤血球に取り込まれ、GSHの作用を受けてセレニドに還元されます。遊離のセレニドは毒性を示すため、アルブミンなどのチオール基に結合した形で各組織に運搬されると考えられています。セレニドはセレノリン酸合成酵素によりセレノリン酸となり、セレンタンパク質生合成の中間体として利用されるとされています。

 

(2)分布

セレンは生体内に広く分布しているとされていますが、中でも肝臓、腎臓、甲状腺等における含有量は多いとされています。
日本人の血漿(清)セレン濃度は100~150ng/ml、赤血球セレン濃度は200~350ng/mlの範囲にあるとされています。

 

(3)代謝

過剰なセレニドは、糖との結合によりセレン糖となるか、メチル化されてトリメチルセレノニウムに変換され、尿中へ排泄されるとされています。

 

(4)排泄

利用されなかった過剰のセレンは、メチル化され、モノメチルセレノール(CH3SeH)として、尿から主に排出されます。
セレン中毒時には、さらにメチル化が進み、呼気中にジメチルセレニド(ニンニク集の原因)、尿中にトリメチルセレノニウムイオンとして排泄されるとされています。

 

6.セレンの欠乏症と過剰症

(1)セレンの欠乏

セレン欠乏として、克山(ケシャン)病やカシンベック病が知られています。

克山病は、中国の風土病で、1970年代にセレン欠乏を主因とする疾病であることが明らかにされました。特に若い女性や子供がかかる心筋症とされています。
原因としては、地域の土壌中のセレン含量が低いことが知られており、この地域の植物や家畜のセレン含量も低く、これにより食事からのセレン摂取量が低くなるためとされています。
血清中セレン濃度が低い人ほど心筋梗塞の発症率が高いことが明らかにされており、セレンの抗酸化作用が虚血性心疾患の発症に抑制的に働くものと考えられています。

カシンベック病は、東部シベリア、中国東北地方、日本でも報告されている慢性関節性疾患で、5~13歳の子供がかかる関節の奇形と矮小化を起こすとされています(骨関節症)。
原因の一つとしてセレン欠乏が挙げられていますが、特定されてはいないようです。

その他、ヒトにおけるセレン欠乏は発ガン、動脈硬化症、虚血性心疾患、心筋障害、腎不全、瑞息等に関係するとされています。

 

(2)セレンの過剰摂取

セレンを過剰に摂取した場合の中毒症状としては、爪の変形や脱毛、嘔吐、吐き気等の胃腸障害、歩行障害、神経障害、心筋梗塞等が見られるとされています。

 

7.セレンの毒性

セレンは気道を刺激し、吸入すると咽頭痛、咳、鼻汁、嗅覚損失、頭痛を生じ、セレン化水素は気道を刺激し、吸入すると灼熱感、咳、吐き気等々を生じ、肺炎を起こすことがあります。
亜セレン酸や二酸化セレン、三酸化セレンは眼、皮膚、気道に対して腐食性を示し、吸入すると灼熱感、咳、等々を生じ、肺水腫を引き起こすことがあるとされています。
亜セレン酸ナトリウムは眼、皮膚、気道を刺激し、吸入すると胃痙攣、咳、下痢等を生じるとされています。

一般に、無機セレン化合物のほうが、有機セレン化合物よりも毒性が高いとされています。
なお、疫学的にはセレンがヒトで発がんを起こす証拠はないとされています。

 

8.セレンの発がん抑制作用

種々の疫学調査結果から、セレンが抗がん因子である可能性を示唆する多くの報告が出されており、また、実験動物を用いる様々な化学発がんモデルにおいても、セレンががんを抑制する作用を示すことが報告されていることから、セレンの新しい生理作用として発がん抑制作用が注目されるようになっています。

セレンのがん抑制作用は細胞増殖を減少させ、アポトーシスという細胞死を増加させ、またはこの両方が何かに働きかけると想定されていたりしますが、まだ、セレンによる発がん抑制作用の機序は解明されていないようです。

 

9.セレンを含む医薬品

  • 亜セレン酸ナトリウム(Sodium Selenite)(JAN)
    低セレン血症
    食事等により十分にセレンを摂取できない患者に使用すること。

亜セレン酸ナトリウム

 

10.必須微量元素としてのセレンに関する特許・文献の調査

(1)セレンに関する特許検索

j-Platpatを用いてセレンに関する特許を調査してみました。(調査日:2023.7.18)

  • セレン/CL ⇒ 14925件
  • セレン/CL*A61K/FI ⇒ 1768件

この1768件の内容をざっとみたところ、亜セレン酸化多糖類を含む抗がん剤や酸化ストレス低減や発がん抑制が期待した有機セレン化合物などの出願がありました。公開年別に件数を見てみると次のようになりました。

 

年代別グラフ (2001年以降)

 

年代別グラフ (2001年以降)

分野別にみてみると、やはり医薬分野が多い結果となりました。

分野(FI) 件数
A61 1005
C07 297
A23 200
C12 104
G01 35
C08 33

 

(2)セレンに関する文献調査

J-STAGEを用いて文献調査を行ってみました。

  • 全文検索: 「セレン」 ⇒ 15952件
  • 抄録検索: 「セレン」 ⇒ 835件
  • 抄録検索: 「セレン* 医薬品」 ⇒ 4件
  • 抄録検索: 「セレン* がん」 ⇒ 11件

この中には「必須微量元素セレンの生理作用と代謝」「有機セレン化合物の抗腫瘍活性評価」などの文献が見られました。

 

以上、今回は必須微量元素としての「セレン」に関する基礎知識をご紹介しました。

 

(日本アイアール株式会社 特許調査部 S・T)


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