3分でわかる技術の超キホン 核酸とは①(医薬編)
目次
1.核酸とは?
核酸については、ほとんどの方は高校か中学校で教わっていることと思いますので、まずはザックリ、基本中の基本だけを復習しておきましょう。
(1)核酸とDNAとRNA
核酸とはDNA(デオキシリボ核酸)とRNA(リボ核酸)の総称です。
いずれもヌクレオチド(核酸塩基+糖+リン酸)という基本単位が多数連なった高分子化合物(ポリヌクレオチド)です。なお、ヌクレオチドからリン酸を除いた物質をヌクレオシド(核酸塩基+糖)と呼びます。
- 核酸塩基:DNAはアデニン(A)、グアニン(G)、シトシン(C)、チミン(T)の4種類、RNAはアデニン(A)、グアニン(G)、シトシン(C)、ウラシル(U)の4種類、*A,Gはプリン環を基本骨格とするのでプリン塩基、C, T ,Uはピリミジン環を基本骨格とするのでピリミジン塩基とも呼ばれます。プリン塩基もピリミジン塩基も含窒素複素環化合物です。
- 糖:DNAはデオキシリボース、RNAはリボース(いずれも5個の炭素からなる五炭糖で、リボースの2′位水酸(ヒドロキシル)基が水素に置換したものがデオキシリボース)
- 構造:DNAは二本鎖(二重らせん構造)、RNAは(基本的には)一本鎖となっています。
(2)核酸塩基の相補性
核酸の二本鎖では塩基は必ず決まった相手と対になり、二本鎖の塩基の並びは互いに相補的です。すなわち、AとT(またはU)、GとCが水素を介した弱い結合(水素結合)によって特異的に対合します。遺伝子の複製・転写・翻訳・組み換えなどはすべてこれに基づいて行われます。
(3)DNAと遺伝子とゲノム
「ゲノム」や「遺伝子」は概念的な用語であるのに対し、「DNA」はそれらを形作る物質的実体と言えます。ゲノムとは、ある生物が持つ遺伝情報全体を表す用語であり、その中に多数の遺伝情報が書き込まれ、その最小単位を遺伝子と呼びます。
例えば、タンパク質には、それぞれ対応する遺伝子が存在します。生物のタンパク質の一次構造(アミノ酸の配列)は、DNAの塩基配列(4種類の核酸塩基の組み合わせ)によって規定されます。
(4)セントラルドグマ
遺伝情報は、原則として DNA → <複製(Replication)> → DNA → <転写(Transcription)> → mRNA(伝令 RNA) → <翻訳(Translation)> →タンパク質というふうに一方向に写されます。この原則をセントラルドグマ(central dogma;中心命題)と呼びます。
具体的には、真核生物の場合、核内で、DNAの一部が二本にほどけて、そのうちの一本の情報がRNAに相補塩基として写し取られます。このようにDNAの情報がRNAに写し取られることを転写と呼びます。
mRNAの塩基3個の配列が、1つのアミノ酸を指定し、この塩基3個の配列をコドン(codon)と呼び、mRNAの配列で定義されます。遺伝暗号(genetic code)はほとんどの生物で共通です。このように、mRNAの塩基配列にもとづいてアミノ酸が合成される過程を翻訳といいます。
2.核酸の利用(医療・医薬品用途)
以上「核酸」の基本を分子生物学、生化学の常識的知識によって復習しましたが、実生活ではどのように利用されているのでしょうか?
やはり医療、医薬品としての研究・活用が最も進んでおり、周辺分野である遺伝子検査や食品への利用も多いようです。そこで今回は、医療・医薬品関係への利用についてまとめてみましょう。
(1)核酸医薬(オリゴヌクレオチド)
現在最も期待され、研究も行われているのは、核酸医薬です。
核酸医薬について平成28年3月に公表された特許庁資料を見てみましょう。この資料では以下のように核酸医薬が説明されています。
「核酸医薬」は、核酸が直鎖状に結合(数個~百個程度)したオリゴ核酸(オリゴヌクレオチド)を薬効の主体として含む医薬品のことであり、蛋白質の発現を介さずに核酸が直接標的に作用するものをいう。
「核酸医薬」には、「ア ンチセンス」、「siRNA」、「microRNA」、「アプタマー」、「デコイ」、「リボザイム」、「CpG オリ ゴ」等があり、それぞれ異なる「作用原理」で機能する。核酸医薬は、がんや感染症など 様々な疾患の予防・治療薬としての利用が期待されている。
(出典:平成27年度 特許出願技術動向調査報告書(概要) 核酸医薬平成28年3月 特 許 庁)
※URL: https://www.jpo.go.jp/shiryou/pdf/gidou-houkoku/h27/27_11.pdf
なお、核酸医薬は現在盛んに研究されていますが、上市されているのは「Vetravene」(エイズのサイトメガロウイルス性網膜炎症の治療薬)、「Mipomersen」(家族性コレステロール血症治療薬)、「Macugen」(加齢黄斑変性症の治療薬)だけのようです。
(2)ヌクレオシド、ヌクレオチド、核酸塩基(低分子核酸関連物質)
いわゆる「核酸医薬」はオリゴ核酸(オリゴヌクレオチド)ですが、これとは異なり、修飾されたヌクレオシド、ヌクレオチドや核酸塩基の医薬品への利用も半世紀以上の歴史があります。これらは主に抗癌剤や抗ウイルス剤として利用されています。
このような抗癌剤は、代謝拮抗剤(代謝阻害薬)と言われ、癌細胞が分裂・増殖する際に、核酸の材料となる物質と化学的構造が似ている物質でDNAの合成を妨げ、細胞の代謝を阻害して、癌細胞の増殖を抑制します。代謝拮抗剤を大別すると以下の通りです。
- 塩基アナログ
- プリンアナログ
- ピリミジンアナログ
- ヌクレオシドアナログ
- ヌクレオ塩基を変更したヌクレオシド
- 糖成分を変更したヌクレオシド(シタラビン等)
- ヌクレオチドアナログ
- 抗葉酸剤
また、抗ウイルス剤としては、AIDSの治療に使用されている核酸系逆転写酵素阻害剤が代表として挙げられます。核酸系逆転写酵素阻害剤(Nucleoside Analogue Reverse Transcriptase Inhibitor)は、最初に実用化された抗HIV-1薬剤クラスであり、現在以下の12種類が使用されています。
《核酸系逆転写酵素阻害剤(Nucleoside analogue RT Inhibitor:NRTI)》
一般名、別名 | 略号 | 商品名 | 承認年 |
ジドブジン、アジドチミジン | AZT | レトロビル | 1987 |
ジダノシン | ddI | ヴァイデックス | 1992 |
ザルシタビン | ddC | ハイビッド | 1996 |
サニルブジン | d4T | ゼリット | 1997 |
ラミブジン | 3TC | エピビル | 1997 |
ジドブジン/ラミブジン | AZT/3TC | コンビビル | 1999 |
アバカビル | ABC | ザイアジェン | 1999 |
ジダノシン | ddI-EC | ヴァイデックスEC | 2001 |
テノホビル | TDF | ビリアード | 2004 |
エムトリシタビン | FTC | エムトリバ | 2005 |
アバカビル/ラミブジン | ABC/3TC | エプジコム | 2005 |
テノホビル/エムトリシタビン | TDF/FTC | ツルバダ | 2005 |
また、核酸系逆転写酵素阻害剤EFdAの開発も行われている様子です。
EFdA(4′-C-Ethynyl-2-fluoro-2′-deoxyadenosine)
出典:化学と生物 55(12): 833-840 (2017)
https://katosei.jsbba.or.jp/view_html.php?aid=899
3.核酸(医療、医薬品)の特許を調べてみる
核酸(医療、医薬品)に関する特許調査をするなら、以下のような分類(FI)をチェックしてみましょう。
核酸(ヌクレオシド、ヌクレオチドを含む)に関する主なFIのみを用いて検索した結果は以下の通りです(2018年4月27日現在。J-PlatPatによる)
FI | ドット | 件数 | 説明 |
A61K31/7042 | 2 | 9,797件 | 糖類基と複素環とを持つ化合物/炭水化物;糖;その誘導体(A61K31/70・)の下位 |
A61K31/7052 | 3 | 6,167件 | 環構成異種原子として窒素を持つもの,例.ヌクレオシド,ヌクレオチド |
A61K31/7088 | 2 | 11,374件 | 3個以上のヌクレオシドまたはヌクレオチドを持つ化合物 |
C07H19/00 | 0 | 5,420件 | 1個の異項原子を糖類基と共有する複素環を含有する化合物;ヌクレオシド;モノヌクレチド;それらのアンヒドロ誘導体[2,4]/関連A61K31/70 |
C07H21/00 | 0 | 5,550件 | ヌクレオシドの糖類基が結合しているリン酸またはポリリン酸エステルを,それぞれ別々に有する2個以上のモノヌクレオチド単位を含有する化合物,例.核酸[2] |
C12N15/00@F | 1 | 4,044件 | DNAチップ、マイクロアレイ |
C12N15/00@G | 1 | 3,974件 | 遺伝子の発現を調節する非コード核酸、例.アンチセンスオリゴヌクレオチド |
C12N15/00@H | 1 | 803件 | アプタマー、すなわち、ハイブリダイズ以外の手段で、特異的にかつ高親和性で標的分子に結合する核酸 |
C12N15/00@J | 1 | 265件 | 免疫調節性を有する核酸、例.CpGモチーフを含む核酸 |
C12P19/30 | 3 | 1,748件 | ヌクレオチド[3]/糖類基を含む化合物の製造/糖類基を含む化合物の製造(C12P19/00)の下位/発酵または酵素を使用して所望の化学物質もしくは組成物を合成する方法(C12P) |
C12P19/38 | 3 | 561件 | ヌクレオシド[3]/糖類基を含む化合物の製造(C12P19/00)の下位/発酵または酵素を使用して所望の化学物質もしくは組成物を合成する方法(C12P) |
やはり、医薬品関連(A61K)が多いようです。医薬品関係の中での薬効別の内訳の詳細は分かりませんが、抗ウイルス剤(A61P31/12)と抗腫瘍剤(A61P35/00)の件数の傾向を見るために、便宜的にFI同士を掛け合わせて件数を確認してみましょう。
《抗ウイルス剤の検索》
- ヌクレオシド、ヌクレオチド:[[A61K31/7052] +[C07H19/00/FI]]*[A61P31/12/FI]⇒ヒット件数 1,753件
- オリゴヌクレオチド、ポリヌクレオチド:[[A61K31/7088/FI]+ [C07H21/00/FI]]*[A61P31/12/FI]⇒ヒット件数 2,328件
- アンチセンスオリゴヌクレオチド:[C12N15/00@G/FI]*[A61P31/12/FI]⇒ヒット件数 475件
- アプタマー:[C12N15/00@H/FI]*[A61P31/12/FI]⇒ヒット件数 72件
- 免疫調節性を有する核酸、例.CpGモチーフを含む核酸:[C12N15/00@J/FI]*[A61P31/12/FI]⇒ヒット件数 86件
《抗腫瘍剤の検索》
- ヌクレオシド、ヌクレオチド:[ [A61K31/7052] + [C07H19/00/FI]]*[A61P35/00/FI]⇒ヒット件数 2,652件
- オリゴヌクレオチド、ポリヌクレオチド:[[A61K31/7088/FI]+[C07H21/00/FI]]*[A61P35/00/FI]⇒ヒット件数 6,014件
- アンチセンスオリゴヌクレオチド:[C12N15/00@G/FI]*[A61P35/00/FI]⇒ヒット件数 1,732件
- アプタマー:[C12N15/00@H/FI]*[A61P35/00/FI]⇒ヒット件数 245件
- 免疫調節性を有する核酸、例.CpGモチーフを含む核酸:[C12N15/00@J/FI]*[A61P35/00/FI]⇒ヒット件数 125件
ということで、核酸の医薬品用途に関して簡単に見てみました。
上記は傾向把握目的で分類(FI)だけで簡易的に調べた結果にすぎませんので、あくまで参考情報としてご覧下さい。
(日本アイアール株式会社 特許調査部 A・A)
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